日本橋に展開する企業各社がSDGsの取り組みを発信する「第3回 日本橋サステナブルサミット」が9月28日、日本橋の室町三井ホール&カンファレンスにて開催された。基調講演には世界陸上のメダリストであり元オリンピアン、現在は経営者としても活躍している為末大さんが登壇して「人を育てるコミュニケーション」をテーマに思いを語った。
日本は「安定」していたが……
第3回を迎えた今年のテーマは、AI時代を生き抜く『人づくり・組織づくり』。為末大さんの基調講演のほか、にんべん代表取締役社長の高津伊兵衛氏が若手ビジネスパーソン向けにトークセッションを実施。また新生インパクト投資代表取締役の高塚清佳氏がウェルビーイング経営に関するパネルディスカッションにのぞみ、ライフイズテック取締役の讃井康智氏が「企業発の次世代教育」を語っている。
現在、自身も経営者として社員を指導する立場にある為末さん。これまでのアスリート人生で経験したこと、また最近の会社経営で気づいたことなどを振り返りながら『人づくり・組織づくり』にフォーカスした話題を提供した。
その冒頭、為末さんは従来の日本社会における大きな特徴は「安定していること」だった、と語る。一所懸命に考えれば、未来に何が起きるか予測できるくらいには安定していた。そんな前提があったので、スポーツやビジネスの現場で何かにチャレンジして失敗したときに「お前、何でうまくいかなかったんだ。ちゃんと事前に考えたのか?」という叱責が成り立っていた、とする。
ところが現在はAIが発達し、ChatGPTのような技術が出てくるようになった。「専門家でさえ、この10年でAIがここまで発達すると予測した人は少なかったようです。ここで私が言いたいのは、いまどんな情報をかき集めても、どうもこの先の未来は容易に想像できそうにないぞ、ということ。外部環境があまりにも激しく変化する世の中となりました」。
周りに変化がない時代であれば『安定』は強い戦略になり得たものの、このようなご時世では「安定していたらフィットしなくなる」と為末さん。それは日本の社会全体にも言えることであり、働くビジネスパーソン1人ひとりにも言えることだとして、ひとつの例え話を披露する。
「アスリートが競技を引退して社会人として第2の人生を歩むときに起こりがちなんですが、それまでの競争環境にフィットしすぎていると、次の人生で不具合を起こすんです。長らく『オリンピックに出場できるのは1人だけ』『やるかやられるか』という環境で暮らしていると、どうしてもcompetitive(競争心が旺盛)な性格になってしまう。ところが社会に出てみると、蹴落とす蹴落とされるの場面ってそこまで多くない。むしろ協調すれば、1席しかなかったものが2席にも3席にも増えることだってあります。でも自らのクセを抜くのって、本当に苦労するんです」。そんな例を踏まえて、人も企業も周囲に合わせて自らを変化させていかないと、どんどん不利な状況に陥ってしまう、と解説する。
遊び続けることが大事
では、これからの予測不可能な未来を生き抜くためには? そんな問いかけには「明日にも変化するかも知れないというマインドで生活すること」、その実践のために「日常的に何らかの余白をつくって、そのなかで遊び続けること」が重要であると説く。
「ホイジンガーは著書『ホモ・ルーデンス』のなかで“遊び”について、何の目的も持たない無意味なものである、ただ楽しいから行うものである、と定義しています。でも社内で上司に『遊びたいんです』と言っても、何のメリットがあるのか、と怒られるだけで受け入れてもらえませんね。ここで先ほどの話に戻るんですが、未来が見越せないのであれば、いま意味がないようにみえる取り組みでも、数年後には意味をもたらすかも知れない。でも残念ながら、現在を生きる私たちにはそれが判断できない。結局、いま私たちにできることといえば、意味をもたらさないかも知れないものに”チップ”を貼っていくことなんだろうと思います。大きな企業であれば、本業に9割を割いて、1割で遊ぶ。もしかしたら近い将来、その会社はテクノロジーの進化により本丸の事業が潰されてしまうかも知れない。そんなとき、逃げ込む先の船となるのが1割で始めた事業となります。いま『ちょっとよく分からないけど面白いんじゃないか』というものを始めておいて、チップを貼っておくことをお薦めします」。イノベーションは、いつも意図しないところから棚からぼたもちのようにやってくる、と為末さん。
「私は毎月配信しているメルマガのなかで先日『日本全体が、何かあったらどうするんだ症候群にかかっているのではないか』と書きました。何かに挑戦しようと思ったときに、何かあったらどうするんだと横槍が入って、遊びやチャレンジが行えない状態になっている。結果として、社会全体が萎縮している。またゼロリスク信仰により、予めリスクはゼロに抑えておきたい、という思いが強まっている。でも人類の歴史を見ても、同じ状態のまま維持を望むものは衰退するのが常なんですね。持続可能であること、とはその都度、変化に対応して形を変えていくことだろうと思います。だからサステナビリティを考えたとき、次の形に変わるための種を日々探す作業が求められる。短期的にみれば無意味と思われる遊びも、長期的にみればとても重要なことになるんです」。
では、遊びを促していくために必要なことは。これに対し為末さんは「私が言うと少し変なんですが、ハードルを下げる、ということが大事かなと思います。大きな企業になると、ちょっとした挑戦でも何千万円の投資と大真面目なコミットが求められてしまう。もっとハードルを下げて、うまくいかない前提で気軽に始めてみては? それによって大損はしない、というものをたくさん作っていくんです。100回やって1回うまくいけば良いというお金のかけかたにする。もっとマインドを変えていく必要があると思います」と解説。大企業であっても、スタートアップ企業の機動力、実験思考、学習スピードの速さが参考になるとした。
どうやって叱るか
続いて、組織におけるコミュニケーション方法について。為末さんはコーチと選手の関係になぞらえて、次のように説明していく。「選手のチャレンジがうまくいかなかったときに、コーチとしてはどう声をかけたら良いでしょうか。最悪なケース、ここでは昭和1.0とでも呼びましょうか、そんなコーチは『お前、バカヤロウ、なんで失敗したんだ』とどなります。良いところが1つもありません。昭和2.0になると『なんで失敗したか考えてみろ』となり、選手に考えさせるだけマシになります。平成になると対応も変わり『どこがマズかったのか、みんなで考えろ』というわけですね。これは結構、学習効果が上がるでしょう。これが現代的になると『今回のことから何を学びましたか』となります。失敗だったのか、学習の機会だったのか、どの角度から見るかでそれは変わりますし、ラーニングの機会を集団でシェアすることには大きな意義があります。みんなの前で『今回はこういうことで失敗しました。おそらく原因は、こういうことだったんだろうと思います。次はこうしたいと思います』と発表すれば、そこまでがワンセットの学習になる。スモールプロジェクト、失敗前提のチャレンジでは、失敗体験談をみんなでシェアするまでが大事。この積み重ねで、集団の学ぶスピードがどんどん速くなります」。
そして最後には「未来を生き抜くためには遊びの余白が大事。遊びがたくさんある社会は、失敗に寛容な社会。寛容なうえにみんなで失敗をシェアできるようになれば、これから変化があったときにもみんなが個別にチャレンジして、そこで得た学びを集団でシェアできるようになる。そうなれば、この先どんな変化が訪れてもその都度、対応できるようになる。とにかく言えるのは”閉じない”こと。それが重要じゃないか、と思います」とまとめた。