大塚製薬は、2023年9月22日・23日にオンラインにて「第1回 健康経営バーチャルイベント by 健康社長」を開催した。「健康経営」に先進的に取り組んでいる自治体や企業・団体の事例を、仮想空間で学べるイベントで、昨今の健康経営への関心の高まりを反映したものだ。

「健康経営」とは、従業員の健康保持・増進の取り組みが将来的に収益性等を高める「投資」であるとの考えのもと、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践することを指す。金融機関や投資家、従業員・就職希望者、消費者からの信頼や評価につながることから、健康経営は今後の経営戦略の基盤として注目されている。

基調講演では、4名の登壇者が健康経営の必要性や効果、健康経営の取り組み事例などを紹介した。

企業の利益創出と従業員の健康確保を両立する「健康経営」

NPO法人健康経営研究会 理事長の岡田邦夫氏は、「健康経営とは~その基本的な考え方~」をテーマに、健康経営の重要性や心構えについて語った。

  • NPO法人健康経営研究会 理事長 岡田邦夫氏

中小企業の廃業急増による雇用喪失や団塊世代の高齢化が起きる「2025年問題」や、1.5人の現役世代が1人の高齢世代を支える「2040年問題」など、これから起きる社会の激動に企業が巻き込まれることは避けられない。そんな中で、企業の利益創出と従業員の健康確保を両立するソリューションのひとつが「健康経営」だという。

健康経営に取り組む企業は離職率が低いことや、従業員の健康習慣と企業の成長率には関係があることがわかっている。とりわけ、「喫煙対策」「睡眠確保」「運動習慣」は統計的にも明らかな企業成長因子であり、企業の利益創出のためにも、経営者には「従業員の健康に投資する」という決断が求められている。

ところが、現状では健康診断有初見率の上昇や精神障害の労災申請件数の増加、働き盛りの自殺の増加など、日本の企業はさまざまな課題を抱えている。睡眠不足による日本の経済的損失は年間1380億ドルにのぼると言われており、企業戦略としての従業員の健康への投資が急務と言える。

岡田氏は、健康経営推進の3本の柱として「経営者」「管理監督者」「従業員」を挙げる。経営者の生活習慣や健康への意識は従業員にも伝染するため、経営者自らがヘルスリテラシーを高めていくことに加え、中間管理職にあたる「管理監督者」の育成がきわめて重要なポイントになるという。

企業の持続的な発展・成長のためには、健康経営が「今」と「未来」への投資であると認識し、経営者・管理職がサーバントリーダーとして健康経営に取り組んでいくことが求められている。

77%の学生が「健康経営企業に就職したい」

「中小企業の健康経営によるリクルート効果」のセッションでは、山野美容芸術短期大学 新井卓二教授が、健康経営の投資効果やリクルート効果を紹介した。

  • 山野美容芸術短期大学 新井卓二教授

経済産業省によると、健康経営の効果として「企業への効果」「社会への効果」の2つがあるという。人的資本に投資することにより従業員の活力が向上し、優秀な人材の獲得や定着率向上につながることで、企業のポテンシャルが高まった結果、イノベーションが起きて業績や企業価値が向上することを「企業への効果」としている。

新井氏の研究では、日本における健康経営の効果は、投資額の5倍以上になるそうだ。健康経営に取り組むと、短期的には企業が負担する医療費は増加するものの、イメージアップ効果やリクルート効果、離職率の低下などが期待できることから、健康経営は「コスト」を上回る「投資」なのである。

新井氏の調査では、「健康経営」に対する大学生の認知度は14%と低いものの、「ホワイト企業」や「ブラック企業」の認知度は100%であり、「健康経営」と説明するよりも、「ホワイト企業」と認識(イメージ)させることがポイントになる。「ホワイト企業」と認識させるには、福利厚生の充実はもちろん、有給休暇取得率の向上や残業時間の削減、産休育休制度の充実など、従業員の働き方や健康への配慮が不可欠だ。

また、企業が実際に「健康経営」に取り組んでいるかの状況分析をする「健康経営度フィードバックシート」を知っている大学生の割合は9%と低いものの、「健康経営度フィードバックシートが就職の参考になる」と回答した学生は40%、「健康経営企業に就職したいと答えた」学生は77%にのぼっており、「健康経営」を学生に響くようにうまく説明・アピールすることで、就職希望者が増えると考えられる。

転職に満足している人は「健康で多様な働き方の職場」に転職している傾向があることから、従業員の働き方や健康への配慮は、大学生だけでなく、転職者も重視する要素であることがわかっている。人材獲得競争の激化が予想される中、今後は「採用戦略」としての健康経営がさらなる注目を集めそうだ。

人口構造の変化で求められる「働き方のルール」変更

ワーク・ライフバランス 取締役 大塚万紀子氏は、「健康経営を促進するワーク・ライフバランスの実践方法」のセッションにおいて、よくあるワーク・ライフバランスについての誤解を紹介しつつ、「働き方のルール」を変える必要性を説いた。

  • ワーク・ライフバランス 取締役 大塚万紀子氏

大塚氏は、「ワーク・ライフバランスには多くの誤解がある」という。「ワーク・ライフバランスは育児中の女性に必要で、働き盛りの若手社員や男性には関係ない」と考える人もいるが、対象が育児・介護者に限られる「ワーク・ファミリーバランス」と違って、「ワーク・ライフバランス」の対象は全従業員であり、家庭の有無は関係ない。

「ワーク・ライフバランスは福利厚生(コスト)」だという誤解も多いが、ワーク・ライフバランスが取れていない人は、仕事のパフォーマンスが低下するのに対して、ワーク・ライフバランスを実践している人は、インプットの機会を増やすことでプロのビジネスパーソンとして活躍できる。

また、メンタルヘルス休業率が高い企業は利益率が下がる傾向にあり、ワーク・ライフバランスの推進は福利厚生(コスト)ではなく、経営戦略・未来への投資であり、人事部だけでなく、経営者や現場のメンバーも一緒になって取り組む必要がある。

なぜ今、ワーク・ライフバランスが必要なのかというと、「人口構造の変化により、ビジネスで成果を出すための『働き方のルール』を変えることが求められるようになったから」だと大塚氏は語る。

日本の人口ボーナス期は60年~90年代に終わり、すでに人口構造が経済の重荷になる「人口オーナス期」に入っている。人口オーナス期においては、人口ボーナス期の政策や企業戦略はむしろ逆効果になるため、いかに「働き方のルール」を転換できるかが企業の成長のカギになる。

人口ボーナス期・オーナス期の働き方の違い

人口ボーナス期

  1. なるべく男性が働く(重工業の比率が高いため、筋肉量の多い男性が有利)
  2. なるべく長時間働く(時間と成果が比例するため)
  3. なるべく同じ条件の人を揃える(均一なサービスの大量提供で市場ニーズを満たす)

人口オーナス期

  1. なるべく男女ともに働く(知的労働比率が高く、性別は関係ないため)
  2. なるべく短時間働く(時間あたりの人件費高騰で、短時間で成果を出す必要があるため)
  3. なるべく違う条件の人を揃える(消費者は均一なモノやサービスに飽きており、組織に多様性がないと新しい価値、新しい商品やサービスが生み出しにくいため)

人口構造の変化を背景に「勝てる職場」の形も変化しており、人口オーナス期に合ったルールへの変革が急務になっている。

大塚氏は「ワークとライフはシナジーを生み出すもの、相乗効果をもたらすもの」だという。これからの日本企業は、「ライフが充実すれば、人脈・アイデア・スキルが得られて結果的にワークの質と効率も高まる」との考えのもと、ワーク・ライフバランスに組織一丸となって取り組んでいく必要がある。

元祖健康都市・愛知県大府市の健康経営

「大府市の健康経営の取り組みについて」のセッションでは、愛知県大府市の岡村秀人市長が、健康都市のトップランナーとしての取り組みを紹介した。

  • 愛知県 大府市 岡村秀人市長

愛知県西部、知多半島に位置する大府市は50年以上の歴史を誇る「元祖健康都市」で、2021年には健康都市連合国際大会で世界保健機関(WHO)のベストプラクティス賞を受賞した。 そんな大府市の健康経営の取り組みには、「市内事業所の健康経営支援」と「市役所としての健康経営」の2軸がある。

市内事業所の健康経営支援

大府市では、企画部門(健康都市スポーツ推進課)、保健部門(健康増進課)、産業部門(商工業ウェルネスバレー推進課)が役割を分担し、密に連携を取りながら市内事業所のサポートにあたっている。

健康都市スポーツ推進課は商工会議所や保険者、保険会社との連携を進めるなど、総合的な企画調整機能や健康経営の普及啓発を担当。健康増進課は、健康経営に取り組み始めた事業所に対して、保健師や管理栄養士による出前講座などの支援メニューを提供している。そして、継続して健康経営を実践している事業所に対しては、商工業ウェルネスバレー推進課が「大府市働きやすい企業表彰」を実施し、事業所が健康経営の取り組みをPRできる機会を設けている。

加えて、大府商工会議所および協会けんぽ愛知支部との連携により、健康経営セミナーや健康経営実践企業交流会といった健康経営に取り組む事業所をサポートするためのイベントも開催している。

具体的な取り組みのひとつが、2017年から実施している働く世代をメインターゲットにしたウォーキング事業「大府市健康プログラム」だ。複数名でのチームでの参加を条件とすることで、運動関心層が無関心層をチームに誘う仕組みで、仲間と一緒に身体を動かす楽しさを知ってもらい、行動変容を促す狙いがあるという。今年度からは、複数の民間企業との連携により、働く世代の睡眠改善に向けた実証事業も開始した。

こうした施策により、大府市では健康経営に取り組む企業が増え、市内の健康経営優良法人認定企業数は直近3年間で2倍以上に増加している。

いち事業所である市役所としての健康経営

大府市では、「健康経営優良法人2023」の認定を取得するなど、いち事業所として市役所の健康経営にも注力している。

40歳以上の職員を対象とした脳ドック受診費用の一部補助、メンタル不調者の早期発見を目的とした初回カウンセリング代の負担など、職員の健康維持のための施策のほか、20時以降のパソコンの画面ロックの導入など、時間労働削減のための業務改善・改革も順次行ってきた。

地道な取り組みの成果は数字にも表れており、健康診断の受診率100%、ストレスチェック受検率100%、年次有給休暇の年間平均取得日数は15.3日(2022年)となっている。

大府市は、今後もメンタルヘルス対策の拡充や、職員自らが積極的に健康づくりを意識する風土の醸成等により、市内事業者と切磋琢磨しながらともに健康経営に取り組むことにより、日本一元気な健康都市を目指していくという。

立場の異なる4名の登壇者の講演からわかるのは、健康経営は「コスト」や「福利厚生」ではなく、企業の未来に向けた「投資」であるということだ。健康経営は、一朝一夕に成果の出るものではないが、企業の持続的な発展のために、もはや待ったなしの取り組みと言えるだろう。