マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、全米自動車労組のストライキについて解説していただきます。
UAW(全米自動車労組)と3大自動車メーカー(GM=ゼネラル・モーターズ、フォード、ステランティス※)の4年間の労使協定が終了した9月15日、UAWはストライキに踏み切りました。
※オランダに本社を置く多国籍自動車メーカー。傘下にクライスラーやジープのほか、オペル、プジョー、シトロエン、アルファロメオなどを抱える。
UAWはこれまで、3大メーカーのうちターゲットを1社に絞って交渉し、その結果を他のメーカーとの交渉に利用するのを常としてきました、しかし、今回は初めて3社に対して各1工場でストライキに入りました。UAW組合員約15万人のうち1.3万人が対象。なお、UAWの最後のストライキは2019年にGMに対して行ったもので、過去50年超で最長の40日間でした。フォードに対しては76年が最後。ステランティス(旧クライスラー)に対しては85年と2007年に実行されています。
UAWは、交渉で好ましい進展が見られなければ、ストライキを拡大すると警告しています。9月22日午前中(日本時間23日深夜)にも新たな動きが出そうです。一方、3大メーカーは、職場放棄をしていなくてもストライキの余波を受ける組合員のレイオフ(一時解雇)を発表しています。
UAWの「大胆な」要求
UAWは3大メーカーに対して、フェイン委員長自らが「大胆」と表現する強い要求を突き付けています。それらは、(1)4年間で40%の賃上げ(のちに36%に引き下げ)、(2)週32時間労働、(3)確定給付年金の復活、(4)新旧従業員の待遇格差縮小、(5)報酬のインフレ調整(COLA)の再導入などです。3大自動車メーカーは、リーマンショック後に破たん、あるいは破たんの危機に際して、雇用コストの大幅な削減を進めました。今回の要求の多くはそれらをリーマンショック前に戻せということのようです。また、過去4年間には自動車メーカーが高収益を叩き出し、経営陣が巨額の報酬を得たのに対して、従業員の賃上げが小幅にとどまったことも大きな背景となっているようです。
ストライキの影響
2019年にUAWがGMに対して40日間のストライキを実施した際には、36億ドルの減収要因になったとされています。また、15万人の全組合員がストライキを決行すれば、10日間で経済損失が56億ドルになるとの分析もあるようです。直接的には、在庫不足による自動車販売の減少(景気の下押し要因)、需給のひっ迫や雇用コストの上昇を反映した自動車価格の上昇(インフレ要因)などの影響が出そうです。労働所得への悪影響もありそうです。職場放棄した、あるいはレイオフされた組合員にはUAWから週500ドルが支給されます。しかし、周辺産業でトバッチリを受けた労働者の所得補償はないはずです。
今後、ストライキが拡大・長期化すれば、マクロ経済的にもその影響を観測することができるかもしれません。まず、新規失業保険申請件数や雇用統計(※)、工業生産などに影響が出てきそうです。今後の経済データにどのような形で出てくるのか、大変興味深いところです。
※雇用統計のNFP(非農業部門雇用者数)は、毎月12日を含む1週間分として支給された給料の数をカウントするため、10月6日に発表される9月分に9月15日開始のストライキやレイオフはほとんど反映されないかもしれません。家計調査の失業率も同様です。ただ、週平均労働時間や時間当たり賃金(自動車業界の時給は他に比べて高い)、とくに製造業のそれらは相応に影響を受けそうです。
大統領選挙にも影響か
大統領選挙の投票日は24年11月5日ですが、民主党や共和党の予備選は年明け早々にも始まります。その意味で選挙キャンペーンはすでに始まっていると言えます。バイデン大統領はUAWと3大メーカーが歩み寄るように見守ってきました。交渉を仲介すべくスー労働長官代行とスパーリング大統領顧問のデトロイトへの派遣を検討していますが、まだ実現していない模様です。
一方、トランプ前大統領は、ストライキを行っている組合員を支援すべく9月27日にデトロイトを訪問する予定です。しかし、UAWのフェイン委員長は富裕層を敵視しており、トランプ氏の訪問を歓迎しない声明を発表しています。UAWと3大メーカーとの交渉の行方、そこにどう関わったかが大統領選挙にも影響する可能性があります。