こんにちは。弁護士の林 孝匡です。宇宙イチ分かりやすい法律解説を目指しています。今回は、妊娠した女性が降格処分を受けた事件を解説します。概要は次のとおりです。
Xさん:「妊娠したので負担の少ない仕事に変えてもらえませんか?」
病院:「副主任から降格になります」
Xさん:「(え……)」
妊娠したXさん。仕事の変更を希望したらまさかの降格処分。しかし、それをしぶしぶ受け入れたXさんは、産休・育休を経て復帰します。ですが、その後も病院はXさんを副主任に戻しませんでした。
そのため、Xさんが訴訟を提起。主張は「軽い仕事に変えてほしいとお願いしたことで副主任を外されました。損害賠償請求します」というもの。
大まかな概要は次のとおりです。
地裁: Xさんの負け
高裁: 再びXさんの負け
最高裁: 一筋の光が!
差戻高裁: Xさんの勝訴!
では、ここから逆転劇の内容を詳しくお話していきます(広島中央保健生協(C生協病院)事件:最高裁 H26.10.23)。なお、本記事では争いを一部抜粋して簡略化。また、判決の本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています。
■どんな事件なの?
まずは登場人物と会社のプロフィールについて確認しましょう。
【プロフィール】
・会社プロフィール
病院などを運営する協同組合の会社
・Xさんプロフィール
理学療法士であり、リハビリ科の副主任
妊娠を機に副主任から外されてしまったというXさん。その経緯とは?
▼ 副主任に昇格
理学療法士として勤めはじめて約10年が経ったころ、Xさんは副主任に昇格しました。このころ、Xさんは第1子を妊娠します。
▼ 現場から離れたが1度は戻れた
Xさんは、第1子妊娠の際は産前産後の休業・育児休業を取得し、その後、現場に復帰。このときは副主任として復帰できたのです。
▼ 第2子を妊娠
それから約2年後。Xさんは第2子を妊娠します。このとき、Xさんの仕事は肉体的にキツかったのでしょう。病院に対して「負担の少ない仕事に変えていただけませんか」とお願いをしました。次の条文に基づくお願いです。
労働基準法 第65条3項
使用者は、妊娠中の女性が請求した場合においては、他の軽易な業務に転換させなければならない。
妊娠中の女性が希望をすれば、会社は必ずその人にあった負担の少ない仕事などに変更する必要があります。病院は、このときXさんの希望を受け入れました。ここからは推測ですが、このXさんのお願いに病院サイドがイラっとしたのかもしれません。
▼ 副主任を外されてしまう…
問題はココです。病院は副主任を辞めさせる旨の辞令を出したのです。つまり、降格です。Xさんは管理職ではない地位になってしまいました。副主任手当「9,500円/月」がなくなるので金銭的にもキツイですね。ですが、その辞令をこのときはしぶしぶ受け入れ、約1年間、Xさんは産前産後の休業・育児休業をとりました。
▼ 職場復帰するものの…
休業を経て、Xさんは職場復帰。ですが、病院は彼女を副主任の地位には戻しませんでした。
■どんな提訴をしたの?
この病院の対応に納得できず、Xさんが訴訟を提起。Xさんの主張は「副主任を辞めさせたことは雇用機会均等法第9条3項に違反する」「副主任手当:9,500円/月や慰謝料などを払ってください」というものです。
ここで、次の条文を見ておきましょう。
雇用機会均等法 第9条3項
事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
法律は「女性を不利益に取り扱ってはいけません!」と言っています。具体的には「妊娠、出産、産前休業の請求、産前産後の休業などを理由として不利益に取り扱ってはならない」という内容です。軽易な業務に転換したことを理由とする不利益取り扱いも、もちろん禁止されています(施行規則2条の2第6号)。
■裁判所のジャッジはいかに!?
▼ 前半戦は無念の敗訴
なんと、地裁と高裁ではXさんが負けてしまいました。地裁高裁の判断はザックリ次のとおり。
・降格についてはXさんの同意を得ていた
・人事配置上、そうせざるを得ない必要性があった
・病院の裁量権の範囲内である
・「軽い仕事へ変えてください」というお願いだけを理由に副主任を辞めさせたわけではない
これに対し、Xさんはあきらめず上告!
▼ 最高裁の判決は…?
最高裁はXさんを勝訴させました(細かく言えば差戻高裁で勝訴)。ザックリ言うと「副主任から外す理由や必要性をもっかいきちんと検討してよ」です。最高裁の判示はザッと次のとおり。
・副主任から外すことでXさんの業務上の負担が減ったのかなど明らかではない
・有利な影響の内容や程度が明らかにされていない
・他方、不利な影響を受けている(管理職という地位と月額手当を失った)
・不利な影響に関して説明がなかった(あくまでもXさんはしぶしぶ受け入れたにすぎない)
・副主任から外す必要性の有無なども明らかではない
最高裁は「こういう細かいところを検討せずに判断しちゃダメ。もっかい検討しなさい」と高裁に指示を出しました。
▼ Victory!
再び高裁で審理。結果、高裁はXさんを勝訴させ、約175万円の賠償を病院側に命じました。副主任手当や精神的苦痛による慰謝料も含めて、ほぼXさんの請求通りとなったのです。
Xさんの場合は、無事勝訴となりました。ですが、似たような悩みを抱えていても、すぐ弁護士に相談するというのは難しいかもしれません。ですので、そんな人は労働局雇用均等室に申し入れてみてください(相談無料・解決依頼も無料)。
■知っているものだけが救われる
ココ大事です。今回、Xさんが「軽い仕事にしてくれませんか」とお願いしたときの根拠条文を、もう一度見てみましょう。
労働基準法 第65条3項
使用者は、妊娠中の女性が請求した場合においては、他の軽易な業務に転換させなければならない。
会社が女性を軽い仕事に転換させねばならないのは、女性が「請求した場合」だけなんです。なんでやねん!
女性従業員からの請求がなくても、妊娠をした際など仕事量や内容について一度、相談や提案をするべきだと思います。だって「この条文を知らない女性はどうなるのよ? 請求できないやん」だからです。
ここで格言を1つ。
「法律は弱いもんの味方をするんやない。知ってるもんだけに味方するんや」
『ミナミの帝王』の主人公・萬田銀次郎の名言です。この格言は私が弁護士になってから痛感していることです。法律を知らない人は泣きを見て、搾取され続ける。これが世知辛い世の中です。
なので私は発信を続けています。これからも働く方に向けて情報をお届けします。「こんなこと知りたいな。解説して~」があればお伝えくださいね。また次の記事でお会いしましょう!