離島・山間部の携帯エリア整備や災害対策、そして2024年中には衛星とスマートフォンの直接通信サービスの実現を目指すなど、KDDIは米スペースXの衛星ブロードバンド「Starlink」の活用を進めています。
その新たな取り組みとして、世界自然遺産・西表島でスマートフォンアプリ「Biome」を使った外来種調査が行われました。調査現場に同行し、携帯電話の電波は届かない大自然の中でのStarlinkの活躍ぶりを見てきました。
ゲーム感覚で動植物を探して記録・共有できる、いきものAI図鑑「Biome」
西表島には絶滅危惧種のイリオモテヤマネコをはじめ、多くの固有種を含む独自の生態系が築かれています。外来種の侵入による固有種への影響が懸念されており、自治体や環境省などでは、専門家による現地調査や定点カメラによる調査を継続的に行っています。
今回の調査は「おきなわ自然保護プロジェクト」の一環として、環境省沖縄奄美自然保護事務所、沖縄県環境部自然保護課、沖縄県八重山郡竹富町の協力を得たもので、収集したデータは関係各所に共有されますが、実際に調査に向かったのはKDDIと沖縄セルラー電話、そしてアプリを開発したバイオーム社の社員です。動植物の専門家による調査でなくとも、有益なデータを得られる理由は「Biome」アプリにあります。
Biomeは「日本の動植物はほぼ全部」という約10万種に対応する生物名前判定AIを搭載したスマートフォンアプリです。写真を撮ってアップロードするだけで種類を判定してくれるので詳しい知識がなくても参加でき、ゲーム感覚で続けられるクエストなども用意されています。写真と撮影地が地図上に記録されていき、自分1人ではなくアプリユーザー全員で図鑑を完成させていく楽しみもあります。
今回の活用事例でいえば、外来種の侵入・定着状況を知ることが目的ですから、島のどこにどれぐらい生息しているかという詳細に踏み込んだ調査までは至らずとも、まずは「外来種を見つけた!」という証拠を残せるだけでも意義があるというわけです。そのためには、専門家でなくても多くの人の目を使って生物を探せるBiomeの特徴が活きてきます。
ジャングルの奥でもStarlinkはちゃんと使える?
西表島の面積は289.62平方キロメートルで石垣島より少し大きく、人口は2,373人(2023年3月時点)。南側の大原港、北側の上原港のそれぞれを中心に集落が形成されており、それらを結ぶように島の外周の東半分ほどに県道が通っています。内陸部に向かう道路はなく、山林に入っていくには船が主なアクセス手段となります。
今回の調査地は、沖縄県内で最長の河川だという浦内川を上っていったところ。マングローブに囲まれた川幅の広い河口部から、岩がちな地形に変わってきたところで下船。いざ、Biomeアプリを開いて探検開始です。
もちろん、ここは通常の携帯電話では圏外の場所ですから、見つけた生き物をその場で判定するための通信はStarlinkの出番です。直接通信サービス発表時に「空が見えれば、どこでもつながる」というキャッチコピーが掲げられていたように、衛星通信の性質上、アンテナの設置には上空を見通せる場所を確保する必要があります。
細かく言えば真上が見えれば良いというわけではなく、日本の場合、北向きに開けた設置場所が必要になります。これほどの森の中では空が見えないのでは?と思いきや、川辺の岩場にアンテナを設置する荒業で解決されていました。Starlinkのアンテナもケーブル(プラグ)も防水性に考慮されているので、こんなこともできてしまいます。
アンテナの向きを合わせる作業は自動で行われるため、ユーザーが方角を調べて調整する必要はありません。電源が入るとアンテナが一旦真上を向き、衛星のある方角に自動で回転します。
なお、Starlinkのキットに含まれる機器はアンテナと室内機で構成されており、それらを1本の専用ケーブルで繋ぐだけで通信とアンテナへの電源供給が同時に完結するようになっています。室内機にはWi-Fiルーターが内蔵されているので、家庭などで「アンテナを外に置いて、ケーブルを引き込んで室内機を家の中に設置する」といった一般的な利用シーンでは、非常にシンプルな機器構成で済むのですが、屋外で使う場合は少し注意が必要です。
というのも、Starlink標準のWi-Fi機能は今のところ5GHz帯をオフにする設定がないため、日本国内での屋外利用には電波法上の問題があります。このため、今回はイーサネットアダプターを通じて適切な別のWi-Fiルーターを使う運用となっていました。今後この問題がクリアされれば、Starlinkのアンテナ+室内機+ポータブル電源の3点セットのみで運用できるようになり、より機動力が増すでしょう。
Starlinkには住宅向けの「レジデンシャル」、持ち運び用の「ローム」(旧:RV)、海上用の「マリタイム」などのプランがあり、通信速度や混雑時の接続優先度が異なります。今回利用した機材は法人向けの「Starlink Business」契約で、下り最大220Mbps/上り最大25Mbps(ベストエフォート)のもの。現地では下り130Mbps/上り12Mbpsほど出ており、調査に使ったアプリの利用には十分な通信環境を実現できていました。
「Biome」「Starlink」それぞれに感じた可能性
一連の取材を通じて、BiomeとStarlinkのそれぞれに西表島のような自然とともに生きる島で活躍する可能性を感じました。
まずBiomeに関しては今回の調査のように、専門家でなくても多くの人が利用すればするほど、気軽に遊び・学びながら、生態系を把握し生物多様性を保っていくうえでの小さな手がかりを無数に蓄積していけるポテンシャルがあります。
調査の前日、西表島南部にある大原小学校でBiomeを用いた特別授業を見学しました。そこで驚かされたのは、島の子どもたちはイリオモテヤマネコに限らず島の固有種の生き物たちをよく知っていて、非常に関心が高いことです。今回の調査地のような険しい場所には行けないにせよ、集落の生活圏内でBiomeを使って遊んでくれるだけでも、少数の専門家だけでは手が回りにくい部分で草の根的な良いデータ収集になるのではないでしょうか。
Starlinkに関しては、どこでも地上網とほぼ変わらない速度の通信環境が手に入る衛星ブロードバンドの威力を改めて実感しました。
低軌道衛星コンステレーションによる通信サービスそのものは古くからありますが、Starlinkのように高速低遅延のデータ通信ができて、さらに一般ユーザーが手を出せる料金というサービスは他に類を見ないものです。
KDDI自身も、前身の一社であるKDD(国際電信電話)の時代から衛星通信技術に注力してきた会社ですが、それだけにStarlinkの価値を評価し連携を深めていることにも頷けます。
離島や山小屋など特殊な環境下でのau基地局のバックホール回線、災害対策基地局への採用などといった現在行われている活用法以外でもさまざまなシーンで解決策となり得るでしょうし、スマートフォンとの直接通信サービスの開始も控え、今後さらに価値が増していくことでしょう。