マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米国経済の状況について解説していただきます。
米国がリセッション(景気後退)入りするのでは? と言われて久しいですが、その懸念は今のところ現実になっていません。
アトランタ連銀の予測
アトランタ連銀のGDPNow(短期予測モデル)によれば、9月6日時点で7-9月期GDPは前期比年率+5.6%と、びっくりするぐらい高い経済成長が予測されています。ただ、これから8-9月分の経済統計が投入されたら予測値は徐々に下方修正されるかもしれません。あるいは10-12月期に大きな反動が出るでしょうか。
ISM非製造業景況指数
8月のISM非製造業景況指数は54.5と、拡大と縮小の境界である50を8カ月連続で上回り、7月の52.7から上昇。5月の50.3をボトムに徐々に改善しているようにみえます。それでもISM(供給管理協会)によれば、8月の水準が続くと仮定したら、GDP+1.6%と整合的とのこと。上述のGDPNowに比べてかなり控えめな数字です。
地区連銀経済報告
また、最新のベージュブック(地区連銀経済報告)によれば、「7-8月の経済活動はわずかな増加にとどまった」とのこと。個人消費は、旅行・観光こそ好調なものの、コロナ禍での貯蓄が取り崩されており、ローンに頼りつつあるとされています。製造業は新規受注が横ばい、ないし減少。住宅部門も在庫補充のための建築は活発ながら、住宅ローン金利の上昇により販売は鈍化しています。雇用も全米で増加ペースが鈍ったとのこと。
潜在的なリスク要因
昨年春から1年半近くかけて利上げした累積効果は今後、米国経済にボディブローのように効いてくるでしょう。米国経済の先行きに楽観は禁物であり、これから潜在的なリスク要因が顕在化する可能性にも要注意でしょう。
UAWのストライキ
まず、UAW(全米自動車労組)がストライキに踏み切る可能性があります。UAWは4年間で46%の賃上げや、新旧組合員の給与体系を同一にすること、確定給付年金の復活などを要求しています。要は、3大メーカーがリーマンショック時に破たんし、あるいは破たんの危機に際し、再建策のしわ寄せを受けた組合員の待遇を改善せよということです。ただ、雇用コストの大幅な増大につながるUAWの要求を、3大メーカーも簡単には受け入れられないでしょう。UAWは、9月14日の交渉期限までに妥結できなければ、3大メーカーに対してストライキを実施すると表明しています。自動車産業は、製造業雇用全体の約8%。また、関連産業も含めれば、GDPの約3%に影響を与えるとされています。
政府機関の閉鎖
次に、シャットダウン(政府機関の一部閉鎖)の可能性があります。10月1日に始まる24年度の政府予算について議会での交渉が難航しています。民主党は福祉などの支出を厚くしたい意向で、共和党は歳出削減を強く求めています。両党は今春のデットシーリング(債務上限)の引き上げ問題に関して揉めに揉めて禍根を残しており、今回も着地点は見えていません。最低でも短期間の継続予算で合意しなければ、新年度開始と同時にシャットダウンもありえます。
学生ローンの返済
そして、10月には学生ローンの返済が再開されます。コロナ対策の一環として導入された学生ローンの返済猶予措置が8月末で失効しました。バイデン政権はこれに代わる減免措置を打ち出しましたが、最高裁の違憲判断により頓挫しました。そのため、学生ローンの返済は再開され、消費者の財布を圧迫することになりそうです。
UAWのストライキやシャットダウンは実現しない可能性の方が高そうです。学生ローンの返済再開の影響を受ける家計はごく一部でしょう。いずれも影響はさほど大きくないかもしれません。ただし、米国経済が必ずしも頑健と言えないなかで、上記のリスク要因が顕在化した場合、「らくだの背骨を折る最後のわら一本(※)」になる可能性は否定できません。
※限界まで重荷を背負わされたラクダの背骨がわら1本で折れること。限界状態ではほんの小さな力でも大きな変化が起こることのたとえ。