日本将棋連盟は2023年9月1日、『将棋世界2023年10月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)を発売した。
八冠挑戦なる!語り継がれる大勝負がいよいよ始まる
10月号のトピックは藤井聡太竜王・名人の八冠挑戦。8月31日に開幕した第71期王座戦五番勝負は9月、10月と全国各地を転戦する。シリーズ観戦のお伴として特別企画「空前の八冠に挑む! 藤井聡太2023ドキュメント」をお届けする。
(以下抜粋)
藤井と永瀬拓矢王座の五番勝負に目を向けてみよう。両者が長年の研究会(1対1のいわゆるVS)仲間であることは藤井が語っている通りだ。「藤井が新四段のときからずっと二人の研究会は続いている。東京ではよく知りませんが、名古屋だけでも10回以上はやっている」と杉本昌隆八段。藤井自身が言うように、永瀬は藤井にとって貴重な研究パートナーなのだ。ただし、両者の研究のやり方は全く違う。 関東と関西、双方の研究会事情に詳しい村山慈明八段はこう言っている。
「コロナ禍の中で一時、対面の研究会は減りましたが、最近はまた復活しています。私も、関西で月に5、6回は研究会をやっています。研究会との接し方は棋士によって3通りに分かれる。①対局日以外はほとんど研究会をやる。相手も10人以上。②月に5、6回研究会をして、その将棋をAIにかける。AI研究と研究会を併用する。③AIに向き合って、人間との研究会は重視しない。この3つです。自分は②のタイプで、①の代表が永瀬王座。③の代表が豊島将之九段だと思います。藤井七冠は永瀬さんとしか研究会をやっていないと思うので、タイプとしては③に近い。どのやり方がいいというのではなく、そこは棋士との相性でしょう。最近の若手は、関東でも関西でも①の研究会目いっぱいタイプが多い。永瀬さんが主だった若手を、どんどん研究会に誘っているようなので、その影響もあるのだと思います。情報量を増やす意味で、若手同士がたくさん研究会をやるのは確かにメリットがある。これは個人的な意見ですが、永瀬王座は他の人との研究会の中で、藤井七冠対策を考えることができる。一方、永瀬王座としか研究会をやっていない藤井七冠は、自分で永瀬王座対策を考えるしかない。仮に、藤井七冠が豊島将之九段と研究会をやったら、また違った知見を得られるのではないでしょうか。まあ、そんなことをしなくても七冠なのだから、私がどうこう言う話ではありませんが(笑)
(鈴木宏彦「空前の八冠に挑む! 藤井聡太2023ドキュメント」より)
この世のものとは思えない震え 師弟 鈴木大介九段×梶浦宏孝七段
9月号で好評を博した「師弟」鈴木大介九段×梶浦宏孝七段は10月号も熱い。いつの時代も厳しい三段リーグだが、鈴木九段もまたその洗礼を浴びている。普通に生きているとなかなか経験することのない「この世のものとは思えない震え」とは何なのか。
(以下抜粋)
第14回奨励会三段リーグで、七節目を終えた鈴木は12勝2敗で首位を独走していた。残り4戦で1勝するか、競争相手の窪田義行(現七段)が1敗でもすれば昇段が決まる。
「もうプロになったつもりで、先輩棋士に給料のこととか税金のこととかを聞いていました。自分が4連敗するなんて考えられないし、相手が残りを全勝するとも思えなかった」
しかし、気の緩みからラス前の例会で2連敗する。1局目に負けた相手は近藤正和(現七段)だった。感想戦のあとに近藤に言われた。
「ここで負けたってどうせ上がるんだから、ご馳走してよ」
ライバルたちも鈴木の昇段を疑っていなかった。
「負けたうえに食事をおごらされて。自分も最終日には上がれると思っていたので、バカですよねぇ……」
最終日、鈴木は第1局に負けた。このとき、この世のものとは思えない震えに襲われる。2局目は矢倉規広(現七段)を相手に必勝の局面を築くも、まさかの逆転負けを喫した。呆然としていると、幹事の先生に「まだ昇段の目があるから待っていなさい」と言われる。窪田の対戦相手は木村一基で、まだ対局が続いていた。残されたということは木村のほうが優勢なのかもしれないと思い、エレベーター脇のベンチに座った。いろいろな考えが浮かんで、意識がぐちゃぐちゃになってくる。
どうやら対局が終わったらしいが、鈴木に声をかけてくれる者は誰もいない。それがこの世界のしきたりであることはわかっていたし、自分が昇段できなかったことも悟った。誰かが「窪田君が上がった」と言っているのが聞こえた。そのあとに事務室のほうに書類を持っていく窪田の姿が見えた。
新宿駅の公衆電話から自宅に電話を入れる。出たのは父親だった。負けて上がれなかったことを伝えると、わかっていたような雰囲気だった。
「今日は帰れない。このまま消えて無くなりたいから、死のうと思う」
自分の口からそんな言葉が出るとは思ってもいなかった。家族の声を聞いて心の堰が決壊した。父親の第一声は「じゃあ俺も死ぬからそこで待っていろ」だった。その言葉が自分を引き留めたように思う。しばらくして再び家に電話を入れて「これから帰ります」と告げた。
これは自分の人生じゃないと信じたかった。身体さえも自分のものには思えなかった。夢遊病者のように家に戻ると、一人で研究部屋のベッドで眠った。
翌日の昼頃、家の前のグランドで“カーン”という野球の打球音が響き、目が覚めた。窓から外をのぞくと、子どもの頃から遊んできた場所で、今日も草野球の試合が行われていた。
「自分が死のうかと思っているときでも、ほかの人たちの日常は何も変わらないんだな」
(野澤亘伸〈師弟Vol.11後編 鈴木大介九段×梶浦宏孝七段『コンフォートゾーンを脱せよ』〉より)
10月号は話題が満載
棋界最高峰の竜王戦では新たなヒーローが誕生した。伊藤匠七段は藤井竜王より数ヵ月若く、現在20歳。21歳と20歳、合計年齢41歳のタイトル戦は最年少記録。 ほかにも飯島栄治八段が語る王位戦第3局、豊川孝弘七段が語る第4局、などのタイトル戦、黒田尭之五段、大島綾華女流初段のインタビュー、相矢倉をテーマにした戦術特集など、充実の内容だ。
『将棋世界2023年10月号』
発売日:2023年9月1日
価格:870円(本体価格791円+税10%)
判型:A5判244ページ
発行:日本将棋連盟