よく噛めない、食事でむせる、口の老化現象によって起きる症状は、高齢者の話だと思っていないでしょうか。

でもよくよく、思いだしてみてください。ステーキ、砂肝などの硬いもの、根菜などの食物繊維が豊富なものを食べているときに、なんだかあごが疲れているときありませんか? これも口の老化の兆候の1つです。

日本歯科医師会が行った「歯科医療に関する一般生活者意識調査」(2022年)でも、20代、30代も60代などと同様に口の老化が進んでいるのではと疑われる結果が出ています。

本稿では歯学博士である照山裕子氏の著書『口の強化書』(アスコム)を一部抜粋、再編集して、「若年層の口の老化問題」について説明していきます。

口の老化は全身の老化のはじまり

全国の15~79歳の男女1万人を対象に実施した同調査によると、「滑舌が悪くなることがある」と回答した10代はなんと30.3%で、これは60代に匹敵する数値です

また、20代も26.5%と、50代とほぼ同じ数値でした。さらに、ふだんの食事について聞いたところ、「食事で噛んでいるとあごが疲れることがある」という項目では、20代、30代の割合の方が、60代、70代の方より多いという結果が出ています。

  • 意外と多い、口の衰えの疑いがある症状の経験 書籍『口の強化書』より

口の老化は、単に食事が食べづらいというだけではありません。

口が老化すると、弾力のある肉類や、繊維質の根菜類や葉物類の野菜などが食べづらくなって避けるようになり、たんぱく質やビタミン類といった栄養素をうまく摂ることができず、栄養バランスが崩れます。

こうした衰えが、口から体全体へとつながっていき、全身の機能が弱っていく「フレイル」にいたる恐れがあります。つまり、口の老化は、全身の老化のはじまりといえるのです。

また、舌の筋肉が弱ると、会話をするときに、言葉の滑舌が悪くなるといった変化もあります。

戦前と比べ噛む回数は半減

なぜ、このような調査結果が出ているかというと、時代とともに食べ物が変化してきたのが理由の1つです。かつて、ウェストン・プライス博士という、むし歯がなぜ世界中で増えたのかを調べた歯科医がいました。

彼は世界各地のさまざまな食生活や栄養について研究し、特に小麦や砂糖、加工植物油脂類をはじめとする、いわゆる西洋式の食生活が栄養不足を引き起こし、多くの歯の問題の原因になっていると主張しました。

彼の研究には賛否両論もありますが、彼が行った調査をもとにして、歯科や栄養学について議論されるようになっていきました。

日本でも、食べ物と「噛む」ことに関するさまざまな調査があり、なかには興味深い報告もあります。

例えば、齋藤滋しげる著『よく噛んで食べる 忘れられた究極の健康法』(NHK出版)によると、日本の各時代の復元食と噛む回数や時間を調べた結果、戦前の食事は、1食につき1,420回噛み、約22分かけていたのに対し、現代では620回噛んで約11分になっているそうです。

たった数十年の間に、噛む回数や食事時間が約半分に減ったわけですね。つまり、食べる意識の問題というよりも、「食事内容」の変化によって噛む回数などが減り、口腔機能が変化してきたと見ることができるのです。

端的にいえば、戦前に比べると、パンやハンバーグ、オムレツをはじめとする、あまり噛まなくても食べられる西洋式の食事が増えたことで、現在はどうしても歯や「舌の力」、口まわりの筋肉が衰えてしまう傾向にあるようです。

そして、あまり噛まないことが、結果的に早食いにもつながっていることを示しています。

ものを食べるときは、「ひと口につき30回は噛みましょう」と推奨されることがあります。もちろん、時間をかけて食べられるときは、ゆっくりたくさん噛むに越したことはありません。

ただ、わたしは、ひと口で噛む回数ばかりに、こだわりすぎなくてもいいと考えています。回数を数えながら食べるというのは、大変です。

そこで、できるだけ多く噛むということを意識してもらいながらですが、もっと楽しみながら、噛む回数を少しでもプラスできる体操をしたほうが続けやすいのではないかと考え、編み出したのが、グミという食べやすい食べ物を使い1日で100回程度、噛む回数が増やせる「かみかみリズム体操」です。

歯学博士考案の「かみかみリズム体操」

では、「かみかみリズム体操」の具体的なやり方です。まずは、舌の力をつける「舌ポジリセット」を行います。

1.好みのかたさのグミを口に含み、舌の上にのせます。
2.舌を使って、グミを歯ぐきの裏側にぐっと押し付け、その状態を10秒キープします。

次に行うのが「3・3・7拍子がみ」です。

1.「舌ポジリセット」のグミを舌で左側の歯に持っていき、3・3・7拍子のリズムで噛みます。
2.次に下で右側の歯にグミを持っていき、右側の歯でも3・3・7拍子のリズムで噛みます。
3.さらに左側で同様に噛みます。飲み込めるくらいまで、2~3を繰り返して、飲み込みます。新しいグミで、「舌ポジリセット」と「3・3・7拍子がみ」をもう1度繰り返します。

最後に仕上げの毒出しうがいです。

1.上の歯をきれいにする
30ml程度の水(口のなかで水をかき回してみて、全体に水が回るくらい)を口に含み、口を閉じます。そのまま口に含んだ水を上の歯に向けて、クチュクチュとできるだけ大きな音になるように強く速くぶつけます。10回ぶつけたら、水を吐き出します。
2.下の歯をきれいにする
同じように口に水を含み、その水を舌の歯に向けて、1と同じように強く速くぶつけます。10回ぶつけたら、水を吐き出します。
3.左の奥歯をきれいにする
同じように口に水を含み、その水を左の歯に向けて、強く速くぶつけます。10回ぶつけたら、水を吐き出します。
4.右の奥歯をきれいにする
同じように口に水を含み、その水を右の歯に向けて、強く速くぶつけます。10回ぶつけたら、水を吐き出します。

これを、1日に2回行うことで、噛む回数を増やし、噛む力をつけると同時に、口の老化の1つである舌の力の衰えも予防することができます。

食事のひと工夫で噛む力UP

もう1つ噛む力をつけるための工夫を挙げるならば、ふだんの食事に、「しっかり噛まなければ食べられないもの」を加えることです。

例えば、私は、野菜サラダに、必ずクルトンやナッツを砕いて加えるようにしています。かたくて細かいものが不安な人は、海藻サラダでも構いません。海藻は種類によってそれぞれ噛みごたえが異なるので、食べるだけで自然としっかり口を使うことができます。

また、子どもが大好きなやわらかいハンバーグなら、ソースをエリンギやまいたけを使ったきのこソースに変えてみるといいでしょう。

きのこ類は健康にいいのはもちろんのこと、しっかり噛まなければ飲み込めないので、わたしもよく活用しています。また、ハンバーグなどは、なかにレンコンなどかための食材を混ぜる工夫もできるので、ぜひ一度試してみてください。

執筆者プロフィール:照山裕子(てるやま・ゆうこ)

歯学博士。
東京医科歯科大学非常勤講師(顎顔面補綴外来)。
日本大学歯学部卒業、同大学院歯学研究科にて博士号取得。大学病院及び全国の歯科クリニックにて診療を続ける傍ら、テレビ・ラジオなどのメディアにも多数出演。