マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米ドルの近況について解説していただきます。


米ドルが改めて強調展開となっています。米ドルは8月14日に145円を越えて、昨年11月以来の高値をつけました。米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)が利上げを続けるか、少なくとも高金利を維持するとみられる一方で、日銀は金融緩和を続ける意向を明確にしています。また、米ドル円との連動性の強い米長期金利(10年物国債利回り)は上昇基調にあり、8月15日に昨年10月以来となる4.27%を一時つけました。米ドルはこのまま上昇基調を維持するでしょうか。

米ドルが150円に達する、あるいは90年以降の高値となった昨年10月の151.95を越える、そのためには4つの壁を越える必要がありそうです。

(1)政府・日銀による円買い介入

まず喫緊の壁は、政府・日銀による為替介入でしょう。昨年9月には米ドル=145円のレベルで24年ぶりの円買い介入が実施されました。米ドルが反落したのは、10月に過去最大の円買い介入が実施されたからです。鈴木財務相は8月15日の会見で、「(為替相場を)高い緊張感を持って注視する」、「行き過ぎた動きに対しては適切に対応する」などと述べ、為替介入の可能性に言及しました。

もっとも、鈴木財務相は、「(為替介入の是非は)絶対水準ではなく、ボラティリティの問題だ」とも発言しています。つまり円安のスピードです。昨年の為替介入に至るプロセスを参考にすれば、円安が1カ月10円程度のペースで進めば、対応が必要な「急激な」円安と言えるかもしれません。直近の米ドルのボトムは7月14日の137.24円。したがって、足もとで米ドルが147円を越えてくれば、あるいはボトムから1カ月半後の8月末に152円(≒昨年10月の高値)を越えてくれば、為替介入が実施されても不思議ではありません。

(2)日銀の金融緩和修正

米ドルが対円で大幅に上昇してきた背景は、FRBが利上げを続けてきたことと、日銀が金融緩和を続けてきたことです。日銀が現在の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」という大規模緩和を縮小すれば、円には上昇圧力が加わるはずです。日銀は7月28日にYCC(イールドカーブ・コントロール=長短金利操作)を修正し、長期金利(10年物国債利回り)の許容変動幅の上限0.5%を「目途(めど)」に変え、そこからのある程度の上振れを容認することとしました。

ただし、植田日銀総裁は、YCC修正は「政策の正常化へ歩み出す動きではなく、YCCの持続性を高める動き」と説明しました。一方で、日銀内部でも「YCCはいつまでも続けられない」との考えがある模様です。また、日本のインフレ率(消費者物価指数の前年比上昇率)が米国のそれを上回るにいたった現在、政策金利がいつまでもマイナスで良いのか、との議論も高まりそうです。

(3)米国の景気が失速

米国では昨夏以降、短期金利が長期金利を上回っています。この、いわゆる「イールドカーブの逆転」はリセッション(景気後退)の前兆とされています。米国の景気が失速すれば、株価の下落なども伴って米ドルに下押し圧力となりそうです。

今のところ米国の景気は大丈夫なようです。今年1—3月の実質GDP(国内総生産)は前期比年率2.0%増、4-6月期は同2.4%増と比較的堅調に推移。また、アトランタ連邦準備銀行(中央銀行の一部)のGDPNow(短期予測モデル)によれば、7-9月期は5.8%と予測されています。今後のデータ次第で予測値が大幅に下方修正される可能性はあるし、10-12月期以降については不透明です。ただし、失業率は7月で3.5%と歴史的低水準に貼り付いています。経済の7割を占めるのが個人消費。所得の主な源泉ともいえる労働市場が堅調を続けるならば、景気の大幅な鈍化は避けられるかもしれません。

(4)FRBのピボット

FRBは昨年3月に利上げを開始し、今年7月までに政策金利を11回、計5.25%引き上げました。インフレのピークアウト感が出るなかで、追加利上げはないとの見方が有力になっています。いわゆる打ち止めです。金融市場は早ければ、来年早々にも利下げに転換する、いわゆるピボットがあると予想しています。FRBが利下げに転じれば、米ドル/円は重要なサポートを失いかねません。もっとも、FRB内部ではピボットはまだまだ遠いとの見方が強いようです。

米景気が失速する、あるいはFRBのピボットが近いとの観測が強まれば、米長期金利には下押し圧力が加わるでしょう。足もとでは、8月1日の大手格付け会社フィッチによる格下げや、同10日30年物国債入札の不調などもあって、米長期金利は上昇基調にあり、米ドルのサポート要因となっているようです。上述した米国サイドの2つの壁を考える上でも、米長期金利の動向を見守る必要があるかもしれません。