1972年に初来日した2頭のパンダのうち1頭が引いてしまった風邪を治したのが、漢方薬。中国出身のパンダと中国生まれの漢方薬とは興味深い取り合わせです。そしてその漢方薬、人間にもよく効くらしいんです。

パンダ飼育チームの苦闘と決断

1972年、日中国交回復の象徴として、蘭蘭(ランラン)と康康(カンカン)という2頭のパンダが日本にやってきました。何しろ国賓扱いなので、上野動物園は「決して死なせてはいけない」と、特別飼育チームが結成されたそうです。しかし、来日10日目の夜に、カンカンは高熱を出してしまいます。

飼育チームのリーダーだった中川志郎さんは、『パンダがはじめてやってきた!』(中公文庫、2011年)という本を著し、パンダ来日当時のことを記録しています。

この本を手がかりに、パンダの風邪と漢方薬のエピソードを振り返ってみましょう。

「来日6日目、透明なやや粘液質の水玉が糸を引くように滴下していた。」
「来日10日目、鼻水がボトボト落ち、鼻の頭は乾燥し、眼が潤んでいる。」

カンカンの風邪症状は次第に重くなっていきます。なんとしても治さないといけないのに、当時は飼育・治療についての情報も飼育書もありません。

「パンダは肉食動物なのにタケやササだけで体を大きくする動物だから、風邪によく使う抗生物質やサルファ剤では、有用な腸内細菌を殺してしまうかもしれない」と飼育チームで検討を重ね、抗生物質などではなく漢方薬はどうか? となったというわけです。

漢方薬は自然由来の成分で作られており、副作用も少なめであるという利点があります。

上野の漢方薬店がパンダを救った

飼育チームは、パンダのための薬を求め上野の街へ。1軒開いていたのが、漢方薬店でした。

「風邪薬をください」
「何歳で、体重はどのぐらいの方の薬ですか?」
「小学校5、6年生で、体重50キロぐらい」(パンダとは言わずに人間の子どもと設定)
「ずいぶん大きなお子さんですね」

といったやり取りの後に、漢方薬が処方されたと記されています。この話に出てくる店は、今は同じ上野地域内で場所がちょっと移り、名前も変わり「天心堂診療所」といいます。

  • 上野駅から看板がよく見える

  • 現在の地に移転する前の外観写真(中央)

現在院長を務める張 珉碩(ちょう たみひろ)さんの祖父である創業者が薬の処方を行いました。

「子どもが熱を出したなど、さまざまな事情で患者さんが訪れるので、夜遅くまで応対するのは珍しいことではありませんでした。祖父は毎日晩酌しており、その日もすでに飲んでいて、夜の8、9時ぐらいだったでしょうか。営業時間終了後に電話が鳴り、問診を行い処方したそうです」。

  • 院長を務める張 珉碩(ちょう たみひろ)さん

飼育チームが動物園に持ち帰った漢方薬をミルクに混ぜてカンカンに服用させたところ、翌日にはすっかりよくなったという話です。

パンダと名の付く別の動物、レッサーパンダ。こちらも中国から来た動物で、日本に導入された当初、やはりエサについての情報がなかったため「中国ならお粥だろう。日本でも手に入りやすいし」と、お粥を与えていた時代もあるそうです(現在のエサのメインは専用に開発されたフードや果物など)。

パンダを救った漢方薬は「小葛湯」

パンダを救った漢方薬の名前は、「小葛湯(しょうかつとう)」といいます。

  • 顆粒タイプなので飲みやすい

小葛湯は、あらゆるタイプの風邪に用いられる葛根湯をベースにしつつ、胃腸の働きを整える作用など、葛根湯がやや劣っている部分を補う成分を加えるための配合となっています。

「体質や症状を選ばず、お子さんにもお飲みいただけます。ちょっと甘口なので、2歳の子がおいしいと言って飲んでくれたこともあるんですよ」と張さん。

小葛湯はパンダのみならず、人間の風邪にも効くロングセラーとのこと。「強い冷房に当たって風邪を引きそうなので初期のうちに治したい」「早くも夏バテ気味」といったお悩みにも良さそうです!

▼あわせて読みたいパンダのこと
“ピンクピン太郎”じゃなくて…上野動物園生まれの「シャンシャン」が特別なパンダだったわけ
パンダはなぜタケを食べる? しっぽは何色? 観察が10倍楽しくなるパンダ基礎知識
いま日本で会えるパンダは上野4頭、白浜4頭、神戸1頭…全パンダのキャラや"愛でる”ポイントをご紹介!