1932年(昭和7年)に児童雑誌『赤い鳥』で発表された『ごんぎつね』は、小学校の教科書にも載っている有名な童話です。その悲しい結末に、衝撃を覚えた人もいるでしょう。2023年7月30日に生誕110年を迎えた作者・新美南吉には孤独な生い立ちがあることから、ごんは作者の分身だとも考えられています。
本記事では『ごんぎつね』の短いあらすじと詳細なあらすじ、登場人物、結末を紹介。教訓や新美南吉の生涯、ごんは死んでないとする説や青い煙の意味についてもまとめました。
※本記事はネタバレを含みます
『ごんぎつね』のあらすじをざっくり簡単に解説
まずは『ごんぎつね』のあらすじを簡単に解説します。
『ごんぎつね』の話には、新美南吉の草稿である『権狐』などいくつかパターンがあります。ここでは児童雑誌『赤い鳥』を創刊し、夏目漱石に師事した鈴木三重吉の添削を経て、現在広く知られている一般的な『ごんぎつね』のあらすじをまとめました。
山の中の森に住み、村にやって来てはいたずらばかりする、ひとりぼっちのごんぎつね(以下・ごん)がいました。ある日ごんは出来心で、村人の兵十(ひょうじゅう)が捕まえた魚やうなぎを逃します。
しかし兵十の母の死をきっかけに、ごんはいたずらを後悔し、償いの気持ちから兵十の家に毎日食べ物を届けるのです。
ある日ごんが家の中に入っていくのを見掛けた兵十は、火縄銃でごんを撃ちます。そして土間に置かれた栗を見て、食べ物を毎日届けてくれていたのがごんだと気付くのでした。
『ごんぎつね』の主な登場人物・キャラクター
『ごんぎつね』に登場する主なキャラクターについて、それぞれご紹介します。
ごん
いたずらばかりする、ひとりぼっちの小さなきつね
兵十(ひょうじゅう)
母と二人で貧しく暮らす男性
『ごんぎつね』のあらすじを結末まで詳しく解説
ここでは、『ごんぎつね』のあらすじを詳しく解説していきます。
いたずらばかりするひとりぼっちのごんぎつね
中山と呼ばれる場所に小さいお城があり、そこから少し離れた山の森の中に、ごんぎつね(以下・ごん)というひとりぼっちの小さなきつねがいました。
村へ出てきては、村人を困らせるようないたずらばかりしていたごん。ある日、ごんは川で魚を捕まえている兵十を見掛けます。
いたずらがしたくなったごんは、兵十が捕まえた魚を川へ逃してしまうのです。最後にうなぎを逃そうとしたところ、ごんの首にうなぎが巻きつきます。
そこを兵十に見つかったごんは、うなぎを首に巻いたまま逃げ出しました。
兵十の母の死がきっかけで、償いに食べ物を届け始める
10日ほどたち、赤い彼岸花が咲く中で、ごんは兵十の母親の葬式が行われているのを目撃します。あの日、兵十は病気の母親のために、魚やうなぎを捕まえていたのだと悟るごん。
自分と同じくひとりぼっちになってしまった兵十に対し、ごんはあの時のいたずらを後悔します。償いをするため、ごんはいわし売りからいわしを5、6匹盗んで兵十の家の中へ投げ込んだのです。
いいことをしたと思ったごんでしたが、兵十はいわし売りに、いわしを盗んだ犯人だと勘違いされて殴られてしまいます。
自分がいわしを盗んだせいで、兵十が殴られてしまったことを知ったごん。それから毎日、栗やまつたけを拾っては兵十の家へ持っていきました。
食べ物を届けてくれた者の正体と後悔 - 「ごん、お前だったのか」
ある晩、ごんが城の近くを歩いていると、兵十と加助(かすけ)の話声が聞こえてきました。兵十は、誰かが毎日食べ物を届けてくれることを加助に話していたのです。
加助は、食べ物が届くのは神様の仕業だと兵十に伝えます。これからは毎日、神様にお礼を言おうと思う兵十に対し、ごんは割に合わないと思いつつも、その後も毎日食べ物を兵十の家へ持っていきました。
ある日、物置で縄をなっていた兵十は、ごんが家の裏口からこっそり入っていくところを目撃します。ごんがまたいたずらをしに来たと思った兵十は、火縄銃でごんを撃ってしまったのです。
倒れたごんに駆け寄った兵十は、土間に栗が置いてあるのに気付きます。そして、食べ物を毎日届けてくれていたのが、ごんだったのだと知る兵十。
「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」と言う兵十に、ごんはぐったりと目をつぶったままうなずきます。兵十が手から落とした火縄銃の筒口(つつぐち)から、青い煙が細く出ていました。
『ごんぎつね』から学ぶ教訓と感想文
『ごんぎつね』の悲しい結末に、衝撃を感じた人もいるのではないでしょうか。ここではからは『ごんぎつね』から読み取れる教訓と、感じたことを記載していきます。
自らの行動に伴う責任
『ごんぎつね』からわかる教訓の一つに、自分の行動には責任が伴うということがあるでしょう。
魚やうなぎを逃がすといういたずらは、ごんにとってはほんの出来心だったとしても、そのささいな行動によって他の人が悲しい思いをしました。
自分の行動がどのような影響を及ぼすのか、先のことまで考えて行動する大切さを『ごんぎつね』では伝えているのでしょう。
また、兵十はごんがいたずらするために家へ入ってきた、と先入観を持って行動してしまいます。そして火縄銃で撃った後に、毎日食べ物を届けてくれていたのがごんだと知るのです。先入観を持った行動は、取り返しのつかない悲劇を生みます。
ごんと兵十の行いから、自らの行動が物事に大きな影響を与えること、だからこそ責任感を持つべきだということを、『ごんぎつね』で教えているのではないかと考えられます。
気持ちを言葉にして伝える大切さ
気持ちを言葉にして伝えることの大切さも、『ごんぎつね』からわかる教訓と言えます。
うなぎを盗んだことがきっかけで、ごんは兵十に償いをはじめます。謝罪の気持ちを、ごんは言葉でなく行動で示しました。
これはごんが言葉を話せない動物だからこその行動とも言えますが、もしも謝罪の気持ちを言葉として伝えられていたら、物語の結末は違っていたのではないでしょうか。
言葉の前に行動が先に出てしまうのは、人間も同じです。小さい子どもで例えるなら、遊んでいたおもちゃを友達に取られて嫌な気持ちになり、たたくという行動で示すようなもの。
あなたがその子どもの親であれば、「たたくのではなく、おもちゃを取られて嫌だったと友達に伝えよう」と子どもに教えるはずです。
もちろん言葉も万能ではありませんし、言葉に加えて行動でも誠意を見せる必要がある場合もあるでしょう。しかしまずは言葉を介して自分を理解してもらうことが大切だと、『ごんぎつね』は教えてくれます。
悪いことをしたら贖罪(しょくざい)を果たすこと
悪いことをしたら反省して、罪を償うことの大切さについても、『ごんぎつね』から学び取れます。ごんはいたずらを反省し、謝罪の意味を込めて兵十に食べ物を届けます。
ごんは失敗をしてしまいましたが、自分の罪と向き合い、償おうとしていたのです。『ごんぎつね』では、この贖罪を果たす必要性についても伝えているのでしょう。
犯した罪は消せませんが、自分の罪としっかり向き合う重要性を『ごんぎつね』では教えてくれています。
ごんぎつねは死んでない? 教科書で語られていない内容を解説
ここでは、教科書では語られていない『ごんぎつね』にまつわるエピソードや、作者・新美南吉について解説します。新美南吉について知ることで、『ごんぎつね』が悲しい結末で終わる理由もわかるでしょう。
『ごんぎつね』の作者・新美南吉の生涯と作品の背景・考察
ごんは、『ごんぎつね』の作者である新美南吉の孤独さから生まれた、分身ではないかといわれています。
1913年(大正2年)、愛知県知多郡半田町(現・半田市)に生まれ、29歳にして結核で短い生涯を終えた新美南吉。4歳で母を亡くして6歳で継母を迎えるものの、異母弟が生まれた後に8歳で養子に出されるという、孤独な生い立ちを持ちます。
幼少時代に経験した自身の寂しさを、『ごんぎつね』で描いているのではないかと考えられます。
ごんは村へ出てきては、村人を困らせるようないたずらばかりしていました。これはひとりぼっちの寂しさから、誰かに構ってほしい、自分の存在に気が付いてほしい、という気持ちの表れだったのではないでしょうか。
また兵十は加助との会話により、神様が食べ物を届けてくれているのだと思います。それをごんが割に合わないと感じていることから、食べ物を届けているのがごんであること、つまり自分の存在について、兵十に気付いてほしい、認めてほしいという気持ちが根底にあったとうかがえます。
この裏付けは、ラストシーンにも表れています。『ごんぎつね』では、兵十がごんを火縄銃で撃った後に「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」と述べた後に、「ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました」という表現があります。
さらに新美南吉の草稿の『権狐』の中では、同シーンはさらにわかりやすく「権狐は、ぐったりなったままうれしくなりました」と描写されているのです。
ごんには、罪の意識から解放された安心感と同時に、兵十に存在を気付いてもらえた、認めてもらえた喜びがあったのではないかと考えられます。
ごんは死んでない?
『ごんぎつね』の作中で、ごんは死んでないという説があります。兵十がごんを火縄銃で撃った後、ごんが倒れ、目をつぶっている描写がありますが、「死」という明確な言葉は出ていないからです。
しかし、新美南吉の日記には、以下の内容が記されていました。この新美南吉の言葉によると、ごんはやはり死んでいるのではないかと考えられます。
やはり、ストーリィには、悲哀がなくてはならない。悲哀は愛に変る。(中略)俺は、悲哀、即ち愛を含めるストーリィをかこう。(昭4・4・6)
出典:新美南吉記念館
悲しく哀れな気持ちが愛につながると考えていたからこそ、新美南吉はごんの死を連想させる悲しい結末で『ごんぎつね』を締めくくったと考えられます。
ラストシーンの「青い煙」の意味とは?
物語の最後の文は、「兵十は火縄銃をばたりと、とり落しました。青い煙が、まだ筒口から細く出ていました」です。
火縄銃の煙といえば白ではないかと思いますが、なぜ新美南吉は「青い煙」と表現したのでしょう。
青には冷静、思慮深さ、穏やかさ、寂しさ、悲しみなど、さまざまなイメージがあるといわれています。
新美南吉が実際に意図したところはわかりませんが、「青い煙」はごんが最後に兵十に気付いてもらえ、穏やかな気持ちで天に昇っていく様子、あるいは償いをしてくれたごんを殺してしまった兵十の悲しみを表しているなど、いろいろな考え方ができます。
また現在の葬式では、黒と白の縦じま模様の幕(鯨幕)を用いることが多いですが、江戸時代よりも前には「浅黄幕」と呼ばれる青と白の縦じま模様の幕を用いることが多かったそうです。このことから、弔いを連想させるために「青」という表現を使ったのではないか、と考えることもできます。
『ごんぎつね』のあらすじから、気持ちを言葉で伝える大切さがわかる
『ごんぎつね』は、ごんがいたずらの罪を償うために、兵十に食べ物を毎日届けるストーリーです。しかし兵十がごんを撃つという悲しい結末で、物語は終わります。
新美南吉は、ごんのような孤独な幼少期を過ごしていました。そのため、自分の存在意義について描いたのが『ごんぎつね』ではないかと考えられています。
自分の罪と向き合う必要性が『ごんぎつね』の教訓だと考えられます。また先入観で行動しないこと、そして気持ちを言葉にして伝えることの大切さについても、『ごんぎつね』は教えてくれています。
新美南吉の生涯について知った後に『ごんぎつね』を読み返すと、また新しい発見があるかもしれませんね。