アップル日本法人が設立40周年迎えた、というプレスリリースが8月8日に出ました。これまで、さまざまな個人のアプリ開発者や学校、企業を取材した際、アップル製品のおかげでビジネスや成長のチャンスが得られた、人生が変わった、というコメントをもらったことが何度もありました。改めて、アップル製品と巡り会ってどのような好ましい変化が訪れたのか、キーマンに話を聞きました。

  • アップル日本法人設立40周年の記念ロゴ

個人でもアプリ開発のビジネスチャンスが生まれた

かつてパソコンのソフトウエアは、パッケージソフトの製造や販売、在庫管理が必要で、ある程度の規模の企業でないと事業を行うのが困難でした。しかし、iPhoneやiPadのApp Storeの登場で、個人でも全世界に向けてアプリを容易に販売できるようになり、個人のアプリ開発者が制作した優れたアプリが私たちの生活を便利で楽しいものにしています。

人気のオンライン家計簿アプリ「Zaim」を開発したくふうAIスタジオ(旧Zaim)の閑歳孝子さんは、社会人として働きながら1人でZaimのアプリ開発を始め、2022年には1,000万ダウンロードを達成するなど、アプリ開発で起業に成功した経歴を持つ女性です。

  • 1人でアプリを作り上げてヒットに導いた経験を持つ、くふうAIスタジオの閑歳孝子さん

会社勤めをしていた11~12年前、日本でブームの兆しを見せていた当時のiPhoneに大きな可能性と魅力を感じたそう。「iPhoneは個人でもアプリの開発や販売が可能だと聞いて、新しいマーケットの可能性を感じました。このiPhoneを使って、自分で思い描いていた便利で使いやすいものを作り上げて形にしてみたい、iPhoneならば自分1人だけでも作れるんじゃないか、と思ったんです」

会社員として働きながら1人でZaimのアプリを作り上げた閑歳さん。リリースして2~3年ほど経ったころ、アプリがブレイクするきっかけとなったのが、レシート読み込み機能をアプリに追加したことだそう。「SNSなどで知れ渡ってユーザー数がグッと増え、テレビなどのマスメディアに取り上げられる機会も増えました。サーバーが何度も落ちて苦労しましたけど(笑)」

当時と現在のアプリ開発の状況を尋ねると、「正直全然違うと感じます。当時はメモリーの管理とかが大変で、すぐにアプリが落ちちゃって凹みました。しかも、アプリ開発は今ほど初心者がいなかったので、分からなくて検索しても玄人向けのものすごく難解な情報しか出てこず、基本的なことを調べるのに苦労しましたね…。今は、そもそもプログラミング言語がObjective-CからSwiftになって敷居が低くなりましたし、Swiftを入門から勉強できる場も用意されています。AIでコーディング自体の負荷も減っていますし、UIも半自動で作り上げられたりと、アプリを作る苦労は格段に少なくなったと思います」と語ります。

個人でアプリ開発を始めて成功を収めた閑歳さん、「アップルのプラットフォームのおかげでビジネスチャンスが誰にも平等にもたらされることを実感しました。もし小学生がアプリ開発にチャレンジしても、世界で通用する可能性は大いにあるでしょうね」と述べました。

アプリ開発で地方の大学生が世界とつながるチャンスが得られる

多くの企業はビジネスを効率よく進めるため大都市に事業所を構えていますが、アプリ開発ならば事業を行う場所は関係ありません。実際、熊本の学生が作り上げた“地方発”のアプリが世界規模で開かれたアプリコンテストを席巻するなど、アプリ開発は住む場所によらず誰にでも平等なチャンスを与える存在となっています。

2022年12月、アップルのティム・クックCEOとともに来日した上級副社長のグレッグ・ジョズウィアック氏が訪れたのが、熊本市にある熊本県立大学の飯村研究室。この研究室は、2022年と2023年の「Swift Student Challenge」で2年連続で入賞者を輩出したことで知られています。このような快挙を成し遂げた背景には、「地方の公立大学の学生でもアプリ開発を通じて世界とつながるチャンスがある」「テクノロジーに国境はない」という飯村伊智郎教授の思いがありました。

  • 熊本県立大学飯村研究室の飯村伊智郎教授(右)。左は、2023年のSwift Student Challengeで入賞した熊本県立大学総合管理学部3年の山田雄斗さん、中央は同じく入賞した熊本県立大学総合管理学部3年の秋岡菜々子さん

Swift Student Challengeは、世界中の学生を対象にしたアプリ開発のコンテスト。毎年、6月のWWDCに合わせて開かれます。2023年、日本からは7名の入賞者が選ばれましたが、そのうち2名が熊本県立大学の飯村研究室に所属する学生、という快挙を成し遂げました。

入賞したのは、総合管理学部3年の秋岡菜々子さんと、同じく総合管理学部3年の山田雄斗さん。秋岡さんはクイズ形式で日本の伝統文様が学べるアプリ「Japattern Legacy」、山田さんは日本の伝統文様を正確に描くアプリ「Yui(結)」で入賞しました。秋岡さんは、世界の入賞者と一緒にティム・クックCEOにアプリをオンラインで紹介する機会が得られるなど、格別の経験もできました。

入賞者を2人も輩出した飯村研究室を率いる飯村伊智郎教授ですが、学生にアプリ開発を薦める背景には「世界につながる経験をさせたい」という思いがありました。「たとえ地方の公立大学でも、アプリ開発を通じて世界とつながれる。それを体験させたく、アプリ開発に興味を持った学生を積極的に応援するようにしています。限られた時間の中でプロジェクトを管理して期間内に完成させる力や、バグと戦う粘り強さが身につけられる点も重視しています」と語ります。

飯村研究室では、アプリ開発を通じて困っている人を助けたり、テクノロジーで地域の課題を解決するべく取り組んでいるそう。秋岡さんは、熊本市内の湖で問題となっている外来種の増加を踏まえ、地域住民の理解向上を図るためのアプリを作るべく、熊本市などと連携して作業を進めています。山田さんは、手足が不自由な人に向け、iPadのカメラで目の動きを読み取って機器を操作したり意思表示を肩代わりするアプリを開発しています。

飯村教授は「日本はテクノロジーの浸透が遅れている。テクノロジーをちゃんと理解して使いこなせるかそうでないかで、その人の将来は変わってくる。アプリ開発のプロセスを経験すれば、テクノロジーを理解できるだけでなく、思考の訓練や将来のビジネスの糧にもなる」とアプリ開発のメリットを語ります。

全校児童7人の小さな学校でもiPadで学びの質が向上

全国の小中学校に1人1台のコンピュータ環境を導入する「GIGAスクール構想」において、iPadを導入した学校からは「子どもたちがみずから探求的な学びを進めるようになった」「全国の先生が協力して作成した学びのアイデアが役立つ」「端末のトラブルが少なく、壊れにくい」と評価する声が多く聞かれました。学校や自治体の規模や場所を問わず、iPadは日本全国で学びのスタイルを変えることに貢献していました。

北海道の大雪山国立公園と帯広市の中間付近に位置する鹿追町。人口5,000人ちょっとの小さな町ですが、小学校から高校まで1人1台のiPadを導入し、先生にも町の予算でiPadを配備するなど、町内の学校すべてでiPadを積極的に活用する町として知られています。

  • 全校児童7人という鹿追町立上幌内小学校でiPadを活用した授業を進める平山純也先生

上幌内小学校は、全校児童がわずか7人という小さな小学校ですが、「先生から指示されたことをこなす画一化された学びから脱却し、自分で考えて行動できる子ども、自立できる子どもを育てていく」という高い目標を掲げています。同校では、iPadを使って児童の課題や学習状況を共有し、子どもたちが自分のペースで自主的に学べる仕組みを構築していました。さらに、運動会や遠足、農園活動などのイベント時にはiPadを持って行き、調べ物をしたり動画を撮影してレポートを作成するなど、さまざまなシーンでみずから考える力を養っているそうです。

5・6年担任の平山純也先生は「低学年の児童でも上級生に教わったりしてすぐ使いこなせるのがiPadの魅力ですね。iPadでなくてはならない存在だと感じているのがAirDropで、写真やファイルをすぐに送れるのが重宝しています。以前は帯広市内の小学校にいて別のタブレット端末を使っていたのですが、AirDropのあるiPadだったらよかったのに…と思いますね」

AI教材アプリで個別最適化した学びができ、先生の働き方改革にも

東京都でもっとも人口の多い自治体として知られる世田谷区。人口は約92万人で、児童生徒だけでも約5万人が在籍しています。そんな世田谷区ですが、子ども1人1人がみずから課題を見つけて向き合い、解決方法を考えて行動し、これから急激に変化する社会の中で活躍できるよう、子どもを中心とした「キャリア教育」を実践しています。

キャリア教育をするうえで、GIGAスクール用端末にiPadを選んだのは必然ともいえる流れでした。世田谷区教育委員会の渡部理枝教育長は「動画や画像の編集作業が簡単、プレゼンの資料が作りやすい、教師やほかの児童生徒とのデータ共有がしやすい、などが選定した理由です」と振り返ります。世田谷区立深沢中の佐野晴子校長も「昨今は特性の強い生徒が増えていて、頭で考えていることを表現し切れない子もいます。直感的に扱えるiPadの導入で、そのハードルがクリアできたと感じます」と評価します。

  • 世田谷区立深沢中の佐野晴子校長

世田谷区では、個別最適化した学びを図るために、AIを搭載した教材アプリ「Qubena」(COMPASS製)を全小中学生のiPadにインストールして利用しているのも特徴。これまでの学習や回答からその児童生徒の弱点をAIが分析し、苦手な問題を中心に出す機能を備えています。

佐野晴子校長は「これまで、授業の理解度を把握するために先生手作りの小テストを使っていましたが、Qubenaを導入したことで生徒に合わせた問題の作成や採点、集計、分析がアプリ任せで実行でき、各生徒の理解度が瞬時に掌握できるようになりました。これにより先生の負担がグッと減らせ、先生の働き方改革につながった点も評価しています」と語ります。

「以前は先生が一方的に話をし、積極的な生徒だけが発言する授業でしたが、生徒全員がiPadを通じて学んだことを振り返って共有するようになり、授業の質が高まりました。何より、子どもたちがiPadを喜んで使っていて、授業に対するモチベーションが上がっているのがうれしいですね」と振り返る佐野晴子校長。世田谷区では、児童生徒にとっても先生にとってもiPadは欠かせない存在になっていました。

性能も環境も両立、技術を磨き上げる日本のサプライヤー

iPhoneをはじめとするアップル製品に用いられているパーツ類を開発・製造しているサプライヤーは、多くの日本企業が存在します。アップルの方針に合わせてクリーンエネルギーの使用など環境に配慮した開発や製造を行いつつ、パーツ自体も性能だけでなく環境にプラスに働くものを提供するなど、環境重視のものづくりが着実に広まっています。

液晶ディスプレイや有機ELディスプレイの前面には、ディスプレイが発した光が人間の目に見えるようにする「偏光板」が貼り付けられています。これまで20年以上にわたり、iPhoneやiPad、Macなどに高性能の偏光板を供給しているのが、日本の日東電工です。

  • 日東電工の偏光板は、15インチMacBook Airなどの製品に用いられ、表示品質やバッテリー性能を向上させるのに貢献している

日東電工の偏光板は、薄さや軽さ、透明性の高さで定評があり、iPhoneなどのデバイスをより薄く、より軽く仕上げつつ、明るく美しい表示をもたらしています。透明性が高いことから、バックライトをあまり明るくせずに済み、省電力やバッテリー駆動時間の延長にも貢献しています。

日東電工自体も、社屋の屋根に設置した太陽光発電で得られたクリーンエネルギーで製品製造時の電力をまかなっており、アップルの2030年の環境目標を踏まえた取り組みを進めています。多くの企業と比べても先進的な目標であり、環境意識が高まっている昨今では企業の価値も高まっているのは間違いありません。