東京農業大学の学生の多くは非農家出身、農家への就農率はわずか0.2%!
——「令和4年度 学校基本調査」によれば、農業高校卒業者の就農率は約3%、また、大学や短大の農業関連学部からの就農率も約4%ですが、東京農業大学の学生の就農率はどのくらいですか?
かつて農業系のキャリアといえば、農家になるかJAのような農業団体に就職する人が多かったと思いますが、今その選択肢はかなり広がっています。それは農業の領域が多様化していることも要因の一つかと思います。なお、農業の総合大学として自負している本学は研究分野も多岐にわたり、学生の就職先の業界も多様です。その結果、今や、農業分野への就職率は全体の5.2%で、うち昨年度の就農者は全体の3%。そのほとんどが企業内で農業関連の職に就いた人で、就農した人はわずか0.2%でした。
というのも、今の学生はほとんどが非農家出身です。かつて本学の学生は農家の後継ぎが多かったかもしれませんが、昨今は高齢化や人口減少で地域が疲弊し、地方の農業は厳しい状況に置かれています。そのような中で農家は自らの子どもには、農業をやってほしくないと思っているのではないでしょうか。それゆえ、農家の後継ぎが農家になるという傾向は少なくなってきているのではないかと思います。
私自身、もともとは兼業農家の後継ぎでしたが、父が農家にはならない方がよいと言っていたことを思い出します。結果的に、私が高校生の時に父と母は離農することになり、私も大学進学を考える頃には非農家出身でした。
農業に関心があり問題意識もあるが、自分が農家になって農業課題を解決したいわけではない!?
——東京農業大学の学生はどんなモチベーションで入学してくるのですか?
農家の子どもが農業系以外の進路を選択する傾向にある一方、非農家の学生たちは、自然との関わりに関心があり、田舎暮らしができる、家畜と触れ合えるなど、農業に対して漠然とした良いイメージを持って入学してきます。
また、Z世代といわれる今の学生たちは、自然との共存や持続可能な社会を重視する価値観が根付いており、社会貢献意識が非常に高いのが特徴です。食を支えている農業が社会的に大切だという意識も強くあります。そのため、担い手不足を何とかしたい、地域を活性化したいなど、それぞれの課題感と解決に向けたアプローチの方向性を定めて学科を選択しています。
ゆえに、今の学生は農業に対して関心があり、問題意識もある。しかし、学生たちの多くは、自分が農家になって主体的にその課題を解決したいわけではありません。農家が大変だという現実を知っているからでしょうか、農業を「応援」する立場を選択する学生が多いように思います。
栽培に関する理系的知識から経営・販売の文系的知識まで、農業を体系的に学ぶことが難しい
——就農希望の学生はいないのでしょうか?
中には初めから就農を希望している学生もわずかにいますが、農家になるために必要なことを卒業までに学べるかというと、カリキュラム上、難しいのが現実です。大学では作物の生産に関わる点だけみても、土壌学や作物学など専門領域が細分化されています。専門分野については詳しいけれど、野菜を一から育てることはできない、育て方がわからないという学生がほとんどです。研究してきたことを生かせる仕事に就こうとすると、農業系といっても農家ではなく、土壌学や作物学であれば、学生のキャリアビジョンとしては、肥料会社や育苗会社など企業への就職が現実的になるのです。
また昨今は、直販や6次産業化、多角経営など農業の在り方も多様化しています。農家には作物生産のプロフェッショナルとしてだけでなく、ジェネラリストでありアントレプレナー(起業家)としての資質も求められる時代になってきました。栽培に関する理系的な知識にとどまらず、経営や販売など文系的な知識まで幅広く学ぶ必要があります。しかし今の大学では入学時点で文系か理系を選択しなければならず、それらを網羅的に学ぶことが難しい仕組みになっているのです。
本学は、「人物を畑に還す」ことを理念に掲げ、農業人材や地域社会の担い手を育て、地域に還元することを目指してきました。各県にある農業高校も、もともとは同様の目的で創られたものですが、残念ながら現在、多くの学校がその機能を果たせていません。
農業高校の現実
——農業高校はどのような状況にあるのでしょうか?
農業高校においては、高校の先生方にお話をお伺いすると、そもそも農業に関心のある生徒が半分に満たず、就農希望者に至っては毎年1人か2人というのが現実だそうです。
時代の流れの中で、農業だけでは学生が集まらなくなり、食や環境など関連する領域へと間口を広げた結果、本来の農業高校のミッションは薄れてしまいました。少子化によって総合高校と統合する学校も増え、農業科としての授業時間が削られているという現状もあります。
現在の農業高校の多くは、農業を教えるというより、農業というツールを使って子どもたちを成長させることを目的にしています。教育としては素晴らしいのですが、それでは農家の育成・輩出にはつながりません。
今必要なのは、農家という生き方を具体的に思い描けるキャリア教育
——農業人材は減る一方ですが、どうしたらいいのでしょうか?
今必要なのは、農家という生き方、働き方を具体的に思い描ける「キャリア教育」だと考えています。農業の担い手を増やそうとすると、知識や技術を習得させる「人材育成」になりがちです。しかしそれ以前に、農業に魅力を感じ、仕事にしたいという憧れを喚起する必要があります。
農業を身近に感じたことのない非農家出身の学生にしてみたら、農家といえば畑で農作業をしているイメージしか浮かばないと思います。しかし、実際には、さまざまな農家がいます。大規模化して現場はスタッフに任せ、経営に注力している人もいれば、積極的にマルシェ出店して都市部の消費者と直接つながっている人もいる。
なぜ農業を仕事に選び、どんなことにやりがいや楽しさを感じるのか。オフの日は何をして過ごしているのか。そして、将来の展望。多様な農家から直接話を聞くことで、農家という生き方、働き方を具体的にイメージできるのではないかと考えています。
昨年は研究室の活動で、新規就農支援を意識したキャリア教育プログラムを試行してみたのですが、モデル農家からの講話後は、農家の課題感を共有した上で、学生自身が解決策を考えるというワークショップも実践しました。こうしたキャリア教育を導入したところ、私の学部の大学4年生では10名中4名が就農に関心を示すようになりました。
——どんな農家さんに話を聞くかも重要ですね。
キャリア教育におけるモデル農家の人選にあたって重視した点がいくつかあります。
まず、一つは、女性を入れることです。今、農業高校の女子比率はとても高く、本学も学生の半数が女子です。かつて農業は男社会というイメージがありましたが、これからは女性が農業の担い手として重要になってくると思います。単に家族や夫の手伝いだけでなく、経営者として主体的に農業に向き合っている女性が活躍できる場や環境を整えていかなければならないのではないかと思います。
二つ目は、できるだけ学生たちと年の近い20~30代であること。レジェンドのような大先輩ではなく、価値観やライフスタイルを身近に感じられそうな方ですね。
そして、三つ目に一番重視したのが、農業のある暮らしを心から楽しみつつ、ビジネスの視点でも農業を語れる人である、という点です。趣味として農業に関わる人は増えていますが、農業という産業を維持できる人材=営農の担い手を育てていかないと、地域を存続させることはできません。農業を楽しくバリバリやっている人がモデルとしては理想的ですね。
性別も、就農の経緯も、スタイルやビジョンも異なるさまざまな農家さんから話を聞くことで、学生たちは農家というキャリアの多様性を知り、自分なりの農家像を描くことができたのではないかと思います。
——こういったキャリア教育は、各地域の農業高校や農学部でも実践できそうですね。
実際に地元の農家を呼んで話を聞く機会を設けている農業高校もあります。ただし気を付けるべきなのは、厳しさや大変さ以上に、農業の魅力や農家としての生き方、ビジネスとしての観点を語ってもらうということです。キャリア教育の目的を学校側と農家でしっかりと共有しておく必要があります。
農業実習の受け入れ先の農家についても同じです。労働力として学生を扱うのではなく、後継者になる可能性がある人材として、学生を育てる気持ちで接してほしいと伝えています。
キャリア教育進展のカギは、地域の現役農家!!
——キャリア教育を進めていくうえでは、現役農家の理解と協力が不可欠のようですね。
学生が農家としてのキャリアを描くうえでも、就農希望者が農地取得や経営計画作りなど学校ではカバーしきれない実務的なことを学ぶうえでも、地域の先輩農家に教育者としての役割を担ってもらう必要があると考えています。ヒト、カネ、モノが集まりづらい地方で、どのようにビジネスとして農業を営んでいくのか、自らモデルとなって新規就農者を導いていける農家を増やしていかなければいけません。
アントレプレナーとしての農家を育てるには最低5年はかかると考えています。習得すべき領域も幅広く、大学だけでは完結しません。高校、大学、地域の農家などが垣根を越えて連携しながら、キャリア教育から実務教育まで、人材を育てる長期的な支援の仕組みを作っていくことが大切なのではないでしょうか。