KDDIが力を入れる衛星通信のStarlink。これまでの衛星通信よりも低コストかつ大容量の通信が可能になるということで、KDDIもさまざまなシーンでの利用を訴求しています。今年に入ってからは、野外の音楽フェスにおけるネットワークの改善を目指したStarlinkの活用が始まっています。
8月5日から開催された「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2023」では、会場全体でStarlinkが導入されました。Starlinkの実力と運営側の期待について、現地で取材しました。なお、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2023は、8月5~6日、8月11~13日の計5日間の開催で、取材は8月6日でした。
一大音楽フェスをStarlinkは乗り切れるのか
ROCK IN JAPAN FESTIVALといえば、2000年から始まった国内有数の音楽フェスです。当初は茨城県ひたちなか市で開催されていましたが、2022年から千葉市蘇我に会場を移動しました。
実は、来場者数だけでいえばひたちなか市で開催されていた当時よりも減っているそうですが、それでも2022年は1日45,000人ほどが来場。ただ、「通信環境が悪すぎる」(ROCK IN JAPAN FESTIVAL運営チーフ)というほどの通信状況だったそうです。
ひたちなかの会場は、もともと通年の来場者が多いエリアで、キャリアの基地局整備も進んでいて通信環境は悪くなかったそうです。しかし、新たな会場となった千葉市蘇我スポーツ公園は、そこまで通信環境が整備されていないそうで、通信環境は悪化していたそうです。
「2022年に特に深刻だったのが、グッズ・クロークエリア」とROCK IN JAPAN FESTIVALの運営チーフは話します。同フェスでは、午前中に来場するとまずこのエリアに移動して着替えたり物販で購入してからステージに移動する、というのが一般的な導線とのこと。前回の2022年は、キャッシュレス決済のネットワークが停滞したことで支払いが遅れ、物販列が伸びてしまっていたそうです。
さらに、同フェスでは「一言アンケート」という来場者の意見を収集する仕組みを設けており、2022年は「ぶっちぎりで通信環境」に対する声が多かったそうです。もし同行者と離れたら連絡が取れなくなる、とかなり不評だったそうです。
こうしたことから、会場のネットワーク環境改善を検討し始めたROCK IN JAPAN FESTIVAL運営。公衆無線LANサービスも検討したものの、広大な敷地全域で仮設対応という音楽フェスでの構築は、どのサービスも実現が不可能だ、と回答されたそうです。
そうしたなか、今年2月ごろにStarlinkの存在を発見してKDDIに問い合わせたそう。KDDI側にとっても、当初は初めてのことで難しいという考えもあったそうですが、改めてフェス運営側と協議し、まずは同運営が5月に開催した音楽フェス「JAPAN JAM 2023」で試験的に導入しました。
結果として、約3万人の来場者、同時接続数約3,500人という状況でも安定した通信が可能だったそうです。物販などでのキャッシュレス決済のバックホール回線にもStarlinkを活用したことで、問題はほとんど発生しなかったといいます。
実際、KDDIの基地局車のデータを見ると、前年に比べてトラフィックが40%程度減少していたそうです。それだけStarlinkにトラフィックが流れたと想定できたことから、今回のROCK IN JAPAN FESTIVALへの導入に至りました。
1日の来場者数でいえば、ROCK IN JAPAN FESTIVALはJAPAN JAMの1.5倍、53,000人が想定されています。前年のKDDIは、基地局車2台を投入してもトラフィックをカバーしきれなかった苦い経験もあったことから、Starlinkによってトラフィックを分散し、安定した通信環境の実現を目指しました。
Starlinkは全部で20台を設置。グッズ・クロークエリアや飲食エリアなど、6つのエリアでWi-Fi利用を可能にしました。さらに、スタッフ用の回線にもStarlinkを活用しているそうです。ごく一部には光回線も敷設しているそうですが、出演アーティストの楽屋エリアも含めて、基本的にはすべてStarlinkを活用しているといいます。
一番の問題となるグッズ・クロークエリアには複数のStarlinkアンテナを設置。ワイヤ・アンド・ワイヤレス(Wi2)と協力してWi-Fiスポットをエリア内に複数設置しました。さらに、物販の各テントにWi-Fiのアクセスポイントを設置し、待機列の通信環境の改善を狙っています。
物販の決済端末は、ネットワーク品質によってモバイル回線とWi-Fiを自動切り替えする機能があり、モバイル回線が混雑していてもStarlink回線を使ったWi-Fiで決済が行えるようになっています。特に、物販エリアは万全の体制で臨んだためか、ほとんど回線の問題は発生しなかったそうです。
ただ、飲食エリアではトラフィックが想定以上だったようで、決済端末の回線品質が低下し、最終的に利用客のスマートフォンで決済するPayPayか現金のみという状態でした。今回の状況を踏まえて、11日以降は調整を行うそうです。
KDDI側では、JAPAN JAM 2023では設置エリア全体を均等にエリア化するような設置方法だったそうですが、一部のアーティストの物販待機列が長くなるなど、人の流れの濃淡もあったことから、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2023では、運営側の情報も得ながら、どのエリアの回線を厚くするか、といった工夫もしていたそうです。
初日の8月5日は、午前中にピークとなるグッズ・クロークエリアの通信環境でもキャッシュレス決済が問題なく提供可能だったこと、スタッフが利用しているIP・デジタル切り替えが可能な無線機で、デジタルへの切り替えが不要なレベルでIP通信が維持できていたことなど、Starlinkの威力を体感できているそうです。
また初日の5日、入場ゲート付近の通信環境があまり良くないことが分かり、急遽KDDIに相談して、Starlinkを入場口に追加。こうした臨機応変な対応が可能な点もStarlinkのメリットだ、と運営チーフは話します。
運営チーフは、「2020年以降、コロナ禍でイベントを開催できず、2022年に再開したら、急に通信環境のクレームが増えた」と話します。会場の移転もありますが、スマートフォンとキャッシュレス決済の拡大が原因ではないかと推測していて、イベント中断があったことで、その変化も急激だったようです。
ROCK IN JAPAN FESTIVALでは、アプリを使った双方向コミュニケーションの充実も狙っていて、こうした取り組みを強化するためには会場内の通信環境の充実は必須。その意味で、Starlinkには手応えを感じているそうです。
Starlinkの導入は、これまでの基地局車の展開のように運営側に負担がかからないわけではなく、一定のコスト負担が発生します。ただ、会場内のネットワークはイベントの基盤となるインフラのひとつで、もはや欠かせないものという判断のもと、一定の負担は許容できるとの判断だそうです。
逆に言えば、コスト負担を許容できるレベルまで低廉化されている、という言い方もできるでしょう。
「こうしたイベントでは、回線の品質が悪くて当然、という雰囲気がまだ業界内にはあります」と運営チーフは話しつつ、「来場者側はそういう温度感ではない」として、回線品質を確保する必要性を訴えていました。
KDDIでは、今回のROCK IN JAPAN FESTIVAL 2023の結果を踏まえて、野外音楽フェスなどの大規模イベントでのStarlinkの活用について、さらに拡大していくことを目指します。