冒頭の「メロスは激怒した」のフレーズが有名な『走れメロス』は、太宰治の代表作の一つであり、国語の教科書にも収録されました。

本記事では『走れメロス』の短いあらすじと詳細なあらすじ、登場人物、結末を紹介。「『走れメロス』は何かがおかしい」と感じる人が多い理由や考察、創作の発端となった太宰治自身の逸話や、元ネタとの違いについてもまとめました。

※本記事はネタバレを含みます

  • 太宰治『走れメロス』のあらすじとは

    太宰治『走れメロス』のあらすじやポイントを紹介します

『走れメロス』のあらすじをざっくり簡単に解説

『走れメロス』は、人間の根底にある心理を巧みに描きながら、信頼とは何かを問う物語です。まずは、あらすじを簡単に解説していきます。

妹の結婚準備のためシラクスの市を訪れたメロスは、人づてに聞いた国王による残虐な行いに激怒し、城へ乗り込みます。

王に歯向かった罪で、メロスは処刑されることになります。メロスは処刑を受け入れるものの、妹の結婚式のため3日間の猶予がほしいと述べ、親友のセリヌンティウスを人質にすることを提案し、認められます。

そして無事に妹の結婚式を見届けたメロスは、親友の待つ城へ向かって走りだします。肉体的疲労や自身との葛藤、度重なる障害を乗り越えて約束を守ったメロスの姿に、王は改心します。

『走れメロス』 の作品概要

『走れメロス』 の作品概要についてまとめました。

作者 太宰治(1909年~1948年)
発表 1940年(昭和15年)、雑誌『新潮』にて
ジャンル 小説
テーマ 友情・信頼
時代背景 紀元前のギリシャ時代、イタリア・シチリア島

走れメロスの主な登場人物

『走れメロス』に登場する主な人物は3人です。登場人物について、それぞれご紹介します。

メロス

村の牧人で正義感の強い男性。結婚間近の内気な妹と二人暮らし。

セリヌンティウス

メロスの幼なじみで親友。シラクスで石工をしている。

王・ディオニス

人を信じることができず、疑っては次々と処刑を行う孤独な暴君

『走れメロス』のあらすじから結末までを詳しく解説

ここでは、走れメロスのあらすじから結末までを、詳しく紹介していきます。

処刑されることとなったメロスは、親友を人質に、3日間の猶予をもらう

妹の結婚準備のためシラクスの市を訪れたメロスは、町の様子が以前と違うことに気付きます。そして町人から、暴君・ディオニスが人々が悪心を抱いていると決めつけ、多くの人を処刑していると聞きました。メロスは激怒し、ディオニスのもとへ向かうのです。

しかし王に歯向かった罪で、メロスは処刑されることとなります。処刑を受け入れるメロスですが、妹の結婚式のため、ディオニスに3日間待ってくれるようお願いします。

そして3日目の日没までに戻ってこなければ、親友のセリヌンティウスを身代わりに処刑することを条件に、メロスは3日間の猶予をもらいます。村へ戻ったメロスは、妹と婿を説得して翌日に結婚式を挙げさせます。

メロスはこのままこの村で暮らしたいと思いながらも、親友や王との約束を果たすため、出発を決意。翌朝、メロスは身支度を済ませてシラクスへ向かって走りだします。

自身と葛藤しながらも走るメロス

メロスは死への恐怖から何度も立ち止まりそうになりながらも、自身を𠮟咤(しった)しながら走り続けます。

ところが、前日までの豪雨により山の水源が氾濫しており、前へ進めなくなるのです。一度はうなだれうずくまるメロス。しかし覚悟を決め、濁流に押し流されそうになりながらも川を泳ぎ、渡り切ります。

疲労の中で歩みを進めるメロスでしたが、今度は山賊に襲われてしまいます。山賊を殴り倒し峠を下ったものの、メロスは疲労と暑さからその場に倒れ込んでしまうのです。

もう周りに非難されてもいいからと、走るのを諦めようとしたその時、メロスは水が流れている音を耳にします。そしてその湧き水を一口飲んだメロスは気を取り直し、自分を信じて待つセリヌンティウスのため、再び走りだしました。

自分を信じてくれる友のもとへ

少しずつ太陽が沈みゆく中、走り続けるメロス。途中、メロスはセリヌンティウスの弟子・フィロストラトスと遭遇します。

もう間に合わないと言うフィロストラトスをよそに、メロスは処刑場まで走り続けます。太陽がまさに地平線に沈もうとし、セリヌンティウスが徐々に磔(はりつけ)台につり上げられているところで、メロスは到着します。

セリヌンティウスの縄がほどかれた後、メロスは途中で約束を諦めそうになったことをセリヌンティウスに伝え、自分を殴ってほしいと頼みます。うなずき、友の頰を力いっぱい殴ったセリヌンティウスも、メロスを一度疑ったと告白し、同じく自分を殴ってほしいと彼に頼みます。

お互いを殴り合った後に「ありがとう、友よ」と言って抱きしめ合う2人の姿を見たディオニスは改心し、自分も仲間に入れてくれるようお願いしました。

そしてそれを聞いた群衆は、「王様万歳」と歓声を上げたのでした。

『走れメロス』を読んだ感想と、作者・太宰治の人間性から考察する物語の背景

  • 太宰治『走れメロス』の考察

    『走れメロス』には、綺麗事だけではなく、人間らしい葛藤が描かれています

ここでは走れメロスを読んだ感想と、作者・太宰治の人間性から読み解いた、物語の背景について解説します。

人を信じること、信じてもらうことの大切さと難しさが描かれている

『走れメロス』では、人を信じる大切さと難しさを3人の人物から描いています。走るのを何度も諦めようとするメロスですが、自分を信じて待つ友のため、そして友に信じられているという事実を守るため、走り続けました。

一方で親友のセリヌンティウスは、二年ぶりに会ったメロスの人質となるという理不尽な頼みにも、何の文句も戸惑いも見せずすぐに受け入れます。それでも、メロスはもう戻ってこないのではないかと、一度だけ彼を疑います。

さらに、人を信じられない暴君・ディオニスは、メロスがセリヌンティウスを裏切ると最初から思っていました。

3人のセリフや心理描写から、人を信頼すること、そして信頼されることの尊さと難しさが読み取れます。

「『走れメロス』はおかしい」と感じるのは、人間らしい矛盾が描かれているから

作中でメロスは、単に正義心に満ちた、ピュアな人間として描かれているわけではありません。幾度となくメロスの葛藤が描かれており、人間らしい醜い欲望、そこから生じる矛盾が露呈しています。

例えば正義感から王に歯向かったメロスですが、妹の結婚式では「このまま村にいたい」と思っていました。

またシラクスへの道中、疲労困憊(こんぱい)状態の最中に、セリヌンティウスを身代わりにして悪徳者として生き延びてしまおうか、と思う場面が描かれています。

最初は善人としてメロスを描いておきながら、他人を犠牲にして自分が助かりたいとする人間の本質、弱さを描写しているのが、『走れメロス』の面白さです。

しかしメロスと同じ立場であれば、誰しもが同じことを考えるのではないでしょうか。太宰治は、欲望への葛藤を記すことでリアリティーを追求し、人間とは矛盾をはらむものだということを描いています。

また己の欲望に打ち勝つとすることで、友との約束を果たしたことへのさらなる感動を表現したかったのかもしれません。

『走れメロス』創作の発端となったとされる太宰治のエピソード「熱海事件」

『走れメロス』は、作者・太宰治の人間性を感じる、あるエピソードが創作の発端だといわれています。

太宰治の友人・檀一雄は、熱海の旅館に入り浸っている太宰治のもとに借金返済のためのお金を届けるよう、太宰治の内縁の妻からお願いされました。

熱海で合流した2人でしたが、太宰治は預かったお金を使って飲み歩き、借金を返すどころかさらに膨らませてしまいます。そこで太宰治は檀一雄を身代わりに熱海に残し、東京にいる友人、菊池寛のもとへお金を借りに行きます。

何日たっても太宰治が戻ってこないことに痺(しび)れを切らした檀一雄は、彼を探しに東京へ。ようやく見つけたのは、師匠の井伏鱒二と夢中で将棋をしている太宰治の姿でした。

激怒する檀一雄に対し、太宰治は「待つ身がつらいかね。待たせる身がつらいかね」と言ったそうです。

人を信じること、そして信じてもらうことの大切さや難しさ、さらに太宰治の人間らしい欲望が垣間見えるこの一連のエピソードが、『走れメロス』創作の発端といわれています。

実際には友の待つ熱海に帰らなかった太宰治ですが、自分が成し得ることのできかった正しいものへの憧れを、メロスに託したのかもしれません。

『走れメロス』はいわゆる“正義”へのアンチテーゼ?

一方で、『走れメロス』は「正義」とはいかに曖昧でおぼろげなものであるかを伝えるため、また王の芯の無さや変わり身の早さ、そしてそれに考えなしに振り回される民衆の愚かさを皮肉った物語なのではないか、と考えることもできます。

『走れメロス』が発表された1940年(昭和15年)は、1937年から続き、やがて太平洋戦争へとつながった日中戦争の真っただ中でもありました。

このように、当時の時代背景や太宰治の生涯、性格などを踏まえて、太宰治の真意を想像しながら作品を読むのも面白いでしょう。

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『走れメロス』の元ネタは古代ギリシャの神話を基にした詩「人質」?

なお『走れメロス』の文末には、「(古伝説と、シルレルの詩から。)」という記載があります。

これは紀元前1世紀後半のローマの学者であるヒュギヌスが、ギリシア・ローマの神話や伝説をまとめた『神話伝説集』と、それを基にドイツの文豪・シラーが執筆した詩「人質」のことではないかといわれています。

直接的には、太宰治は小栗孝則が翻訳した『新編シラー詩抄』の中の「人質 譚詩」を読み、『走れメロス』を創作したといわれています。

シラーの「人質 譚詩」の中では、メロスはより正義感にあふれ、迷いがないように見えます。一方で『走れメロス』では前述のように、メロスは「ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか」と述べるなど、善と悪の間を行ったり来たりして、より人間臭く描かれています。

こういった違いを読み比べ、太宰治がなぜそのような変化を加えたのかを想像するのもいいでしょう。

『走れメロス』は人を信じ抜く大切さや、人間の欲望がポップに描かれた作品

『走れメロス』は、自分を信じて待つ友のために、心の中の葛藤と戦いながらメロスが走り続ける様子が描かれた作品です。重く心をえぐるような描写が多い太宰治作品の中でも珍しく、比較的ポップで、明解に読みやすく描かれています。

メロスと自分を置きかえてみると、メロスの葛藤に共感する人もいるのではないでしょうか。約束するのは簡単ですが、約束を守ること、そして人を信じることは意外に難しいものです。

『走れメロス』は相手を信じ抜く大切さ、そしてその思いを裏切らずに応えることの大切さについて、考えさせられる物語だと言えるでしょう。