100年以上続く農家に生まれたけれど、無策では生き残れない

宮崎の太陽をたっぷり浴びて育つグレープフルーツ

「緑の里りょうくん」の園主である田中さんは、宮崎県日南市で100年以上続く柑橘農家に生まれた。東京の大学で農学を学んだのちに地元へ戻り、50年近く農業に従事している。

温州みかんや不知火、日向夏などを生産する中で、長期的な戦略として国産グレープフルーツに着手したのは2010年のことだった。当時、花を咲かせることさえ難しいと言われていたグレープフルーツを作って、差別化を図ろうと考えたのだ。

数ある柑橘類の中からグレープフルーツを選んだ理由は、マイナーな品種に比べて認知度が高いため、国産品というだけで覚えてもらいやすいと考えたから。加えて、皮が厚く比較的丈夫で扱いやすいため、一度栽培に成功すれば効率よく生産できそうだと考えた。

さまざまな試行錯誤を重ね、温州みかんの栽培で培った「マルチ栽培」の手法を転用するとうまくいくことが分かった。成功の背景には温暖化の影響も大きいと、田中さんは感じている。宮崎県の南端に位置する日南市はもともと暖かい地域だが、温暖化によって50年前の屋久島と同じくらいの気候になったとされている。気候の変化を確実にとらえ、現状に合う作物を選ぶスキルが功を奏したと言える。

今では生産する柑橘の3割ほどがグレープフルーツになり、国内トップクラスのグレープフルーツ農家になった。宮崎神話に登場する農耕の神になぞらえて「月夜実(つくよみ)」というブランド名をつけ、こだわりを持って作っている。収穫のタイミングを遅めにして樹上完熟させることで、ジューシーで味に深みのあるグレープフルーツができ、輸入品との差別化にもなる。

2022年におけるグレープフルーツ輸入量4万トンに対し、国産グレープフルーツの生産量は98トンほど。このうち、緑の里りょうくんの生産量は35トンほどと、国産品の3割以上を占めるという。スーパーなどの店頭で見かけるグレープフルーツは、南アフリカ産やアメリカ産などが多い中、国産品というだけで充分なインパクトがある。

農薬の使用を60%削減。持続可能な農業への取り組み

収穫したグレープフルーツ。皮が厚く丈夫なので比較的扱いやすい

グレープフルーツの栽培開始とともに、持続可能な農業経営にも取り組み始めた。農薬の使用を60%ほど減らし、作業の省略・省力化に着手した。

緑の里りょうくんは「見た目の美しさと美味しさは比例しない」をコンセプトにしている。これは贈答品などを含めた高級フルーツの市場を否定するものではない。キズがなく見た目に美しいものだけを高く売ることだけが果物のあり方ではないと考え、加工品などへの販路・活路を開拓してきた。キズがあるなどして一般に青果としては「規格外」とされる商品は、ピューレやピール、パウダー、さらには香料として使う。青果としての価値が高いものは、そのまま出荷する。個人向けにはECサイト「食べチョク」「ポケットマルシェ」を活用しているほか、ふるさと納税にも出荷している。

適正な価格で売る、自分が売りたい価格で売る

畑に立つ田中さん。キャリアは50年近くになる

「柑橘に限らず、農家は農作物を加工品として売ることをもっと積極的に考えてもいいのではないか」と田中さんは語る。見た目にきれいなものを作って高く売ることだけが正解ではない。結果的に多くのロスを生む構造は効率が悪く、時代にもそぐわない。

また、「農家が自分で売り値を決められないのはおかしい」と、田中さんは何十年も前から考えてきた。品質の高いグレープフルーツを着実に作り、適切に加工品も生産するというルーティンの中で、ようやく自身が納得できる価格で売れるようになってきた手応えを感じているという。

サスティナビリティやSDGs、6次化といった言葉が一般的になる前からずっと感じていた、規格外品を無駄なく活用したいという思いと、自分で決めた価格で売りたいという思い。その二つが重なり、実現してきている。

仲間たちとともに、地域で取り組む農業

グレープフルーツは白とピンクの両方を作っている

全国の展示会や商談会などに出品したグレープフルーツが「おいしい」と評価され、青果を取り扱う企業や大手の飲料メーカーなどからも発注を受けるようになった。大手企業が希望する数量を安定的に出荷するためには、緑の里りょうくんの生産分だけでは足りなくなるかもしれないと考えた田中さんは、近隣の柑橘農家に声をかけることにした。

現状やこれからを見据え、自分もグレープフルーツを作ってみよう、と考える仲間が次々に現れた。2016年には、日南市内で柑橘を生産する農家9名とともに「りょうくんとその仲間たち」を発足。柑橘類の生産技術や加工、販売等に関するノウハウを共有し、地域のブランド化にも取り組んでいる。

近隣にも代々続く農家は多いが、生き残るための戦略が必要だと感じている人も少なくない。後継者不足の問題もある。緑の里りょうくんのグレープフルーツが評判になり、広く知られるようになった今、次は日南市のグレープフルーツと柑橘をブランド化していきたいという目標もある、と田中さんは語る。日南がもっと元気になるための手立てとして、国産グレープフルーツはさらに羽ばたいていくかもしれない。

取材後記

取材の終盤に今後の展望をうかがう中で、田中さんが語ってくれた言葉が印象的だった。
「私のところで柑橘を作ってみたいという人がいたらぜひ来てほしい。生産から出荷、加工まで経験できるし、将来的には暖簾分けもできるかもしれない。農業従事者はもちろん、行政や関係先にも理解者を増やしていけたらいいと思っている」

後継者や次世代の農家を育てたいというだけでなく、「理解者を増やしたい」という言葉はとてもリアルで説得力があった。興味を持った人は、ぜひ田中さんのもとでおいしいグレープフルーツを作ってみてほしいと思う。

緑の里りょうくん