その若者の登場は、まさに"隕石"が降ってきたような衝撃だった。
藤井聡太――。華々しいデビュー以来、棋界の最年少記録を次々に塗り替えながら、七つのタイトルを手中に収めた。その勢いは衰えることを知らず、残る1つのタイトルをも制覇しようと照準を定めつつある。
この巨大な隕石に対して、次代を担う若い棋士は現れるのか――。
鈴木大介九段は、弟子・梶浦宏孝七段にその一人に加わってほしいと願う。
28歳七段、棋士生活9年目、棋士人生の岐路に立つ弟子に対し、師は穏やかな口調で話しつつも厳しい叱咤を投げかける。
将棋界の師弟の絆を描いた『将棋世界』の人気連載「師弟 鈴木大介九段×梶浦宏孝七段」(2023年9月号掲載)から、一部を抜粋してお届けする。
石に齧りついても
鈴木 タイトルを獲りたいといっても、石に齧りついてもって気持ちが、普段の棋譜を見たときに感じない。竜王戦で勝ち進んでいるときには、勝ちたいという気持ちが前面に出ていたと思うけど。
梶浦 石に齧りついてもというと、あんまり、なんか。
鈴木 カジーの名局を挙げるなら、竜王戦で勝ち上がって羽生さんとかに勝ったときにベストパフォーマンスを出しているはずなんだよね。
梶浦 そんな気がします。
鈴木 いまも全力でやっているだろうけど結局、カジーの将棋を一生で見直したときに、いま指している将棋って残らないんだよ。ベストを尽くしてもトップに届かないのだから、正直価値がない。だから早く大きな舞台に立って120%の力を出して、それで足りるかという勝負だよね。
梶浦 厳しいですね...。
鈴木 170人棋士がいてタイトルを争えるのは5人くらいしかいない。みんなと同じように予選をダラダラ指しているだけで、どうやってそこに入るつもりなのか。俺にはその感覚でいこうとしているのが信じられない。
梶浦 どうやってというか、具体的な部分がよくわからないです。
鈴木 竜王戦でいいところにいったときがチャンスだった。連続してほかの棋戦でも挑戦争いの常連になれば、実力以上のものが出てきたと思う。ところで永瀬くん(拓矢王座)にはいまも教えてもらっているの?
梶浦 はい。
鈴木 永瀬君は律儀だな。最初に俺と永瀬君で、カジーと永瀬君の妹弟子の加藤桃子さん(女流四段)を入れて研究会をやろうということになった。それからずっとカジーに教えてくれているんだから。いま永瀬君とやってどれくらい入るの?3割くらい?
梶浦 いや、3割も勝てないです。
鈴木 3割勝てない? それだけ力の差があるんだな。じゃあ、昔と変わらないじゃん。
鈴木と永瀬の出会い
「棋士の永瀬ですが、もしよろしかったら将棋を教えていただけませんでしょうか?」
鈴木に永瀬拓矢四段(当時)から初めて電話があったのは13年ほど前のことだ。勝又七段から連絡先を教えてもらったという。鈴木はちょっと顔をしかめた。それまで永瀬と特に交流があったわけではない。
「最初は断ったんです。奨励会員からは、彼はストイックすぎて付き合いは悪いし、将棋が受け一辺倒で絶対攻めてこないと聞いていた。私は自分が得るものがない相手とはVSはやらない。だから電話をもらったときは面倒だなと思った。でも熱心に何度かお願いされて、一度指してみることにしたんです。強いとは感じませんでしたが、将棋をナメているようなところはなかった。それで続けてみようかと言ったんです」
(中略)
いまでも永瀬は、鈴木と最初に指した将棋は、戦型までもはっきりと覚えているという。
「VSを月に一度以上同じ相手とやるには、互いに得るものがないと申し訳ない。でも鈴木先生には週の空いている日のほとんどを、私との将棋に割いていただいた感じでした。昼ご飯も、夜ご飯もご馳走していただいて。先生は食べるのも飲むのもお好きで、人生観というか、将棋以外の価値観も教えていただきました」
鈴木は言う。
「普通は自分に3割勝てない相手とは研究会はやらない。相手のほうが圧倒的に得るものが多いわけですから。いつ切られてもおかしくないのに、梶浦とずっと指してくれている。私からしたら本当に財産というか、自分とやってくれるよりもありがたいことです」
(構成・写真:野澤亘伸)
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