インターネットイニシアティブ(IIJ)は7月16日、静岡県磐田市・袋井市で、小中学生を対象にしたスマート農業の出張授業を実施した。ITを活用したスマート農業の現状の考察とともにお伝えしよう。
IIJが農業?
IIJといえば、昨年創業30年を迎えた日本の商用インターネットサービスプロバイダーの草分けであり、泣く子も黙るネットワークのスペシャリスト集団だ。そんな三次産業の申し子とも言えるIIJが、「農業」という一次産業に関わっているのは不思議な感じもするが、実はすでに数年の実績がある。
IIJと農業の関わりは、農林水産省の平成28年度補正予算「革新的技術開発・緊急展開事業」で受託した「低コストで省力的な水管理を可能とする水田センサー等の開発」から。2017年度から静岡県磐田市と袋井市でIoTを駆使したスマート農業の実証実験を行っており、現在は北海道や富山県、神奈川県など、全国各地に活動場所が広がっている。
今回は、そんなIIJのスマート農業事業開闢の地・静岡で、子供たちを対象にしたスマート農業の解説をする出張授業が開かれた。参加したのは、静岡県浜松市で小・中学生と農業を通じた活動を行っている「浜松ジュニアビレッジ」の面々。浜松ジュニアビレッジでは、さつまいもなどの栽培を通じて農業への理解を深め、農業ビジネスを通じた地域活性化に挑戦している。
スマート農業はどうして必要なのか?
そもそも、なぜスマート農業が必要なのか。これは日本の農業に関わる人々(農家)の高齢化や、田んぼの大規模化が関わっている。農家の高齢化が進み、離農するケースも増えている。農業人口が減ったことで、小規模な農地では採算が取れず、大規模化して効率的な農業を行う必要が増えているわけだ。
さらに、近年は気候変動も多く発生している。「十年に一度」と呼ばれるような豪雨や熱波といった災害に襲われると、これまでの農業に関する経験や知識が通用しなくなってしまう。
過去の常識が通用しない状況を改善し、少人数でも効率よく農作業を進めていくために必要なのがスマート農業だ。農水省の定義では、スマート農業とは「ロボット技術や情報通信技術(ICT)を活用して、省力化、緻密化や高品質生産を実現する農業」ということになる。具体例としては、農業機械の無人化やセンサー類による情報収集と分析による効率化&省エネ化などが挙げられる。
さらにIIJが目指すスマート農業としては「かんたん」「安い」「後付けできる」「失敗を少なく」という4つの追加要素が挙げられるという。「かんたん」はマニュアル不要で、誰もが活用できること。「安い」は手の届きやすい価格であること。「後付けできる」は「安い」にも関係してくるが、既存システムに後から追加ができ、導入時のコストを抑えられること。そして「失敗を少なく」は農業経験が浅い人や、忙しくて広い田んぼを見回れない場合でも、センサーが異常を検知してスマホに通知してくれることで、最小限かつ必要な行動が選択できる、ということになる。
スマート農業を実現する製品
実際の製品としては、スマート農業システム「MITSUHA」の「水田センサーMITSUHA LP-01」がある。これは水田の水位と水温を測定するためのセンサーで、水田に差すだけで簡単に設置でき、センサーの値はスマートフォンでいつでも確認できるというもの。
静岡県では磐田市と袋井市で平成28年度に、水田センサー300台と、笑農和製の自動給水装置(「Paditch valve」「 Paditch Gate」)100台を使った実証実験を実施。大規模にセンサーを利用することで、水管理時間が2年で7~8割も削減できることを確認できたという。
このほか、施設園芸向けの複合センサー「あぐりろぐ」(IT工房Z)や、狩猟用罠向けセンサー「わなセンサー」(ワールドパシフィック)なども、IIJが販売を行っている。
省電力通信LoRaWANでコストダウンも実現
こうした農業関連のセンサーは市場にも多く登場しているが、センサーの値を収集するための通信機能がひとつの問題となっている。SIMを差して直接携帯電話網に接続する機能を持たせる方法もあるが、通信費や消費電力、さらに圃場の位置によっては、そもそも電波が届かないといったことが起きうる。そこでIIJが扱っているセンサー類はすべて、LPWA無線通信の一種である「LoRaWAN」を採用。LoRaWANは子機側が単3電池2本で1シーズン利用できるという省電力性と、1~10kmという広いエリアをカバーできる長距離通信を売りにした通信技術で、屋外向けの無線LANのようなものだと考えればいいだろう。
Wi-Fiルーターと同様に、LoRaWANの基地局はインターネット接続可能な場所に設置し、その先は一切通信費がかからない。元々センサーのデータは1日数回程度しか通信する必要がないため、乾電池でも十分動作するわけだ。
気になるのは運用コストだが、北海道美唄市では、市内全域をLoRaWANでカバーし、センサーを購入するだけで農家がスマート農業を利用できるように、市がインフラ環境を整備している。全域ということで、よほどコストがかかっているのでは…と思ったのだが、なんと月額で数万円程度とのこと。正直、2桁は上だと思っていたので、想像を遙かに超える低コストだ。もちろん地形やエリアの広さに左右される部分は大きいと思われるが、これなら導入してみたいという自治体はかなり多いのではないだろうか。
また、北海道の壮瞥町では、市の中心部をLoRaWANエリアにして、農業用センサーだけでなく、罠センサーなども合わせて運用しているという。ただし狩猟用のセンサーは山林部に仕掛けることが多く、LoRaWANの電波が枝葉などに遮られて、うまく届かないことも多いとのことで、この辺りは今後、基地局の配置ノウハウが重要になりそうだ。
若い世代への浸透に期待
省力化にも効果があるスマート農業だが、真価を発揮するのはセンサーが集めたデータの分析・活用だ。生育状況に合わせて水管理を完全自動化する、病害虫の検知、気温の積算値から収穫日の目安の算出と、これまで経験や勘頼りだった農業経営を、科学の領域に引き出すことができる。これにより、農業への新規参入や早期の収益化が期待できるようになり、高齢化が進む農業の若返りも見込めるわけだ。
とはいえ、実際のスマート農業の普及はまだまだ限定的なものだ。農業は非常にコンサバティブな市場であり、新しい技術の導入には強い偏見や障害があるのだという。実際、水田の自動給水装置を巡って水利組合からクレームが入るなどのトラブルがあるそうで、なかなか理解は深まらないという。
IIJでは今回のような出張授業も随時実施しており、全国の若者にスマート農業のメリットも、デメリットも率直に伝えている。こうした若い世代がやがて日本の農業を支えていくようになるわけだが、幸い、若い世代はスマートフォンなどにも親しんでおり、スマート農業への忌避感も少ないだろう。やがて彼らが主力になる時代には、スマート農業が当たり前になり、おいしく安全な農作物をできるだけ小さな手間で、効率よく育成できる時代になってくれることを祈りたい。