モバイルノートPCはトレードオフの産物だ。軽量小型化を極めるために何かを犠牲にしている。ディスプレイを小型化すれば軽量化に有効だが、それは使い勝手を大きく損なうことになる。
「だから、13型ディスプレイを採用したThinkPad X1 Nanoは用途的に微妙なんだよね」
……と筆者は思っていた。
今回紹介する「ThinkPad X1 Nano Gen3」は、13型ディスプレイを搭載したクラムシェルスタイルのノートPCだ。ThinkPadシリーズで初めて1kgを切った第3世代モデルとして2022年12月に発表されており、2023年4月18日からは国内市場での販売も始まった。
前モデルの重さは最軽量構成で約907gと、ThinkPadシリーズ最軽量となったことに関心が集まったが、Gen 3では最軽量構成時における本体重量は966.5g。
13型で2,016×1,350ドットのディスプレイがとても良い
ThinkPad X1 Nanoシリーズの最新モデルでは、軽量化のためにディスプレイサイズをThinkPad X1 Carbonの14型から、13型へとひと回り小型にする道を選んだ。モバイルノートPCで採用例が多い13.3型よりも、さらにコンパクトなサイズである。
ディスプレイが小さくなり、多くの場合でフォントの見やすくするためにスケーリング機能を用いることになる。ThinkPad X1 Nanoシリーズでは、横縦比16:10のディスプレイをラインナップにそろえており、フルHDで一般的な1,920×1,080ドットや、2,160×1,350ドットという高精細モデルも選択可能だ。
通常、横方向解像度が1,920ドットを超えると、その次に用意しているのが2,560×1,440ドットや2,560×1,600ドットであることが多いが、そこまで上げてしまうとフォントの表示サイズが小さくなって視認が難しくなる。
その視点で考えると、ThinkPad X1 Nano Gen 3の2,160×1,350ドットは100%のドットバイドットで表示して使いやすい、まさにちょうどいい解像度といえる。荒すぎず細かすぎず、スケーリング設定を適用せずとも視認性が維持できているように感じた 。
本体は小さくてもキーボードは使いやすい!
軽量化に伴い、本体のサイズも幅293.2×奥行き208.0×厚さ14.4mm(ただしタッチパネル非搭載モデル)とThinkPad X1 Carbonの幅315.6×奥行き222.5×厚さ15.4mmからわずかながらコンパクトになった。
本体サイズの小型化は多くの場合でキーボードサイズの小型化を伴う。実際に測ってみると、キーピッチは18.5mm、キートップサイズは15.3mm、キーストロークは1.2mmだった。
ThinkPad X1 Carbon Gen 11と比べると数値的にはわずかに減っているが、実際にキーボードをタイプしていると体感的には「ちょっと窮屈かな」と使い始めに少し感じるぐらいで、後は特に変わりなく使えていた。キーストロークも特に浅いとは思わない。ThinkPad銘を冠した他のノートPCと同様に、長時間の文章入力に耐えられた。
本体搭載インタフェースに備えているのは、Thunderbolt 4(USB 4 Type-C)とヘッドホンとマイクのコンボ端子のみで、ThinkPad X1 Carbon Gen 11にはあったUSB 3.2 Gen1 Type-AとHDMI出力は用意していない。
なお、“Carbon”と同様に有線LAN用のRJ-45もない。RJ-45を必要とするビジネス現場は限られるようになってきた一方で、USBメモリを使う場面は依然として多いので、USB Type-Aがなくて困った、という状況にはちょくちょく遭遇するかもしれない。
無線接続インタフェースは、6GHzに対応したWi-Fi 6Eが利用できるようになった。Bluetooth 5.2も利用できる。なお、2023年7月時点で5G、4G LTEといったワイヤレスWAN対応モデルは登場していないが、前モデルでは5G対応構成も用意されているので、現行モデルでも登場する可能性は考えられる。
“Nano”の冷却効率は処理能力に影響していないのか?
ThinkPad X1 Nano Gen3では、CPUを第13世代の「Core i7-1370P vPro Enterprise」「Core i7-1360P」「Core i5-1350P vPro Enterprise」「Core i5-1340P」から選択できる(2023年7月中旬時点)。
興味深いのは、ThinkPad X1 Carbon Gen 11ではより省電力を重視してTDPをベース設定で15Wに抑えている“Uシリーズ”であったのに対して、処理能力も考慮してTDPが高め(ベースで28W)に設定されている“Pシリーズ”を採用していることだ。今回の評価機材ではCore i5-1340Pを搭載していた。
Core i5-1340Pは処理能力優先のPコアを4基、省電力を重視したコアを8基組み込んでいる。Pコアはハイパースレッディングに対応しているので、CPU全体としては12コア16スレッドとなっている。TDPはベースで28W~64Wとなる。グラフィックス処理にはCPU統合のIris Xe Graphicsを利用し、演算ユニットは80基で動作クロックは最大1.45GHz。
そのほか、評価機材のシステムメモリはLPDDR5-6400を採用していた。容量は16GBでユーザーによる増設はできない。ストレージは容量256GBのSSDで試用機にはWestern DigitalのSN740 SDDQMQD-256G-1201を搭載していた。接続バスはNVM Express 1.4(PCI Express 4.0 x4)だ。
評価機材の主な仕様 | ThinkPad X1 Nano Gen3 |
---|---|
CPU | Core i5-1340P |
メモリ | 16GB (LPDDR5-6400) |
ストレージ | SSD 256GB(PCIe 4.0 x4 NVMe、SN740 SDDQMQD-256G-1201 Western Digital) |
光学ドライブ | なし |
グラフィックス | Iris Xe Graphics(CPU統合) |
ディスプレイ | 13型 (2,160×1,350ドット)非光沢 |
ネットワーク | IEEE802.11a/b/g/n/ac/ax対応無線LAN、Bluetooth 5.2 |
サイズ / 重量 | W293.2×D208.0×H14.4mm / 約966.5g |
OS | Windows 11 Pro 64bit |
Core i5-1340Pを搭載したThinkPad X1 Nano Gen 3の処理能力を検証するため、ベンチマークテストのPCMark 10、3DMark Time Spy、CINEBENCH R23、CrystalDiskMark 8.0.4 x64、そしてファイナルファンタジー XIV:暁月のフィナーレを実施した。
なお、比較対象として「ThinkPad X1 Carbon Gen 11」で計測したスコアを掲出する。CPUにCore i5-1335U(4+8スレッド:P-core 2基+E-core 8基、動作クロック:P-core1.3GHz/4.6GHz、E-core0.9GHz/3.4GHz、L3キャッシュ容量:12MB)を搭載し、ディスプレイ解像度が1920×1200ドット、システムメモリがLPDDR5-6400 16GB、ストレージがSSD 512GB(PCI Express 4.0 x4接続、)を搭載している。
ベンチマークテスト | ThinkPad X1 Nano | 比較対象ノートPC(Core i5-1335U) |
---|---|---|
PCMark 10 | 5288 | 5202 |
PCMark 10 Essential | 10465 | 9720 |
PCMark 10 Productivity | 6866 | 6662 |
PCMark 10 Digital Content Creation | 5587 | 5901 |
CINEBENCH R23 CPU | 9327 | 8931 |
CINEBENCH R23 CPU(single) | 1614 | 1731 |
CrystalDiskMark 8.0.4 x64 Seq1M Q8T1 Read | 4081.14 | 920.32 |
CrystalDiskMark 8.0.4 x64 Seq1M Q8T1 Write | 1994.89 | 2284.49 |
3DMark Time Spy | 1319 | 1500 |
FFXIV:暁のフィナーレ(最高画質) | 2770 | 3460 |
Core i5-1340Pを搭載したThinkPad X1 Nano Gen3もCore i5-1335Uを搭載した比較対象ノートPC(という名の)も、ベンチマークテストのスコアで劇的に大きな差は生じていない。
確かに、P-coreが多いCore i5-1340Pを搭載するThinkPad X1 Nano Gen 3が多くのスコアで上回っているが、その差はわずかにとどまっている。PCMark 10におけるCPU動作クロックの推移をチェックしてみると、唯一、スプレッドシートテストにおいてThinkPad X1 Nano Gen 3はThinkPad X1 Carbon Gen 11より高い動作クロックで継続して走っているのが確認できた。
一方で、ゲーミングベンチマークテストのスコアではThinkPad X1 Carbon Gen 11のスコアがThinkPad X1 Nano Gen 3を上回っている。搭載CPUの素性を思えば逆転現象ともいえる。ただし、3DMark Time Spyの測定中における温度と動作クロックの時系列変化を比較すると、ThinkPad X1 Nano Gen 3では温度が70度前後で変化しつつ、動作クロックもスパイク時以外は1.5GHz前後で推移するのに対して、ThinkPad X1 Carbon Gen 11では動作クロックがGraphics test2で激しく乱高下した後にCPU testで4GHz超え状態が続き、それに伴って温度も常に70度超え、CPU test時に至っては100度前後の状態が続く。
このことから、ボディ内部容量から熱設計的に余裕があるThinkPad X1 Carbon Gen 11は重い描画処理で内部が高温状態になっても動作クロックを維持するのに対して、ThinkPad X1 Nano Gen 3では高温になって動作が不安定になるのを回避するため、描画処理が重い状態では動作クロックを抑制する方向に冷却機構のチューニングが施されているのではないかと推察する。
また、バッテリー駆動時間を評価するPCMark 10 Battery Life Benchmarkで測定したところ、Modern Officeのスコアは11時間29分(Performance 5127)となった。ディスプレイ輝度は10段階の下から6レベル、電源プランはパフォーマンス寄りのバランスにそれぞれ設定している。なお、公式データではJEITA 2.0の測定条件で最大28.5時間となっている。内蔵するバッテリーの容量はPCMark 10のSystem informationで検出した値は49440mAhだった。
軽量でコンパクトなモバイルノートPCで常に気になるのが、ボディ表面の温度とクーラーファンが発する騒音だ。電源プランをパフォーマンス優先に設定して3DMark NightRaidを実行し、CPU TESTの1分経過時において、Fキー、Jキー、パークレスト左側、パームレスト左側、底面のそれぞれを非接触タイプ温度計で測定した表面温度と、騒音計で測定した音圧の値は次のようになった。
表面温度(Fキー) | 37.7度 |
---|---|
表面温度(Jキー) | 37.5度 |
表面温度(パームレスト左側) | 28.9度 |
表面温度(パームレスト右側) | 30.6度 |
表面温度(底面) | 42.2度 |
発生音 | 41.4dBA(暗騒音35.6dBA) |
ユーザーの手が触れて使用感に大きく影響するキートップとパームレストの表面温度は、最も高いFキートップで37度台と体温をわずかに上回るが実際に使っていて不快に思うことはなかった。パームレストは高くても30度台で問題ない。
クーラーファンの音は測定値としてもそれほど高い値ではない。発する音の高さはThinkPad X1 Carbon Gen 11と比べると高めだったが、それでも「フォー」といった程度なので、図書館や静かなカフェでも隣席に迷惑をかけることはないだろう。
ThinkPadの13型モデルは“やっぱり”違った
超私的な話になるが、Adobe系のアプリケーションを使う機会が多い自分にとって、画面サイズはPCを選ぶときの重要な要素となっている。そして、作業効率を考えると現時点において見やすさと携行性のバランスが取れている14型ディスプレイ搭載モデルがベストな選択肢と考えていた。
その視点でいうと、13型ディスプレイを採用するThinkPad X1 Nanoは候補から外れていたのだが、今回使ってみると2,160×1,350ドットというのは絶妙な解像度でスケーリング設定を適用することなく、広い画面でアドビ系アプリケーションを快適に使うことできた。そして、いうまでもなく1kgを切る軽さは屋外作業における“やる気”と“持久力”を一気に引き上げてくれる。
もしあなたが私のように「13型ディスプレイって狭くて使いにくいんじゃない?」と考えてThinkPad X1 Nano Gen 3を避けているのだとしたら、もう一度選択候補に加えてその使い勝手を確かめてみることを勧めたい。