「人生の『終活』は"2つの時期"のために行なうことが必要です」と話すのは、ファイナンシャル・プランナーとして、5000名以上のクライアントに運用指南を行なってきた杉原隆さん。
穏やかな老後のために、そして家族のために必要な「ほんとうの終活」を杉原氏が解説します。
■「終活」の目的とは
最愛の両親が天寿全うされた時を想像してみてください。いろいろな思い出が走馬灯のように頭をよぎることでしょう。いつまでもその思い出に浸っていたいと思いますが、現実は異なります。
役所や保険会社への書類提出、遺品の整理など、多くの手続きに忙殺され、自分の時間も穏やかな気持ちも失われてしまいます。
終活は穏やかな老後のための、いわば人生の「たな卸し」的な意味合いですが、その本質には「家族に迷惑をかけたくない」という思いがあります。つまり終活の目的は遺されたものに「迷惑をかけぬよう、事前にしなければならないことの整理と実践」だと思います。
また「終活」というと、人生が終わりに近づいた方が"独り"で行なうもの、というイメージですが、遺された家族の負担や争族のトラブルを考えると、当人だけでなく家族の協力と相談はとても大事なことです。
■両親が「終活」をしないと何が起きるか
60歳代であれ、80歳代であれ、「終活」なしに過ごされている両親がいれば、万一の時、あなたに降りかかる状況をイメージしてください。
どこにどれだけの資産があるのか、銀行預金通帳や生命保険証券はどこにあるのか、遺された遺品を整理するのにどれだけの手間と時間と費用がかかるのか。
資産価値のない「貸せない、売れない、お金が借りられない」の3ない物件を遺された時、その後どれだけの固定資産税を払い続けることになるのか、いくら維持費が必要なのか。この3ない物件が原因で兄弟姉妹が喧嘩にならないか、などです。
「ちゃんと終活しといてね」というひと言が親に伝えられないことで、こういった状況が現実になります。
■「終活」は2つの時期のために
医療技術が発達し、世界では創薬競争が激化している昨今、人間の寿命はますます延びていくことでしょう。多くのみなさんが望んでいる「ピンピンコロリ」。元気な毎日を過ごしていて、ある日突然天国に旅立つという、そういった人生の幕引きをできる方はそう多くありません。
"健康"には4つの面があります。
「身体」「こころ」「頭」「お財布」です。
思うように身体が動かなくなってしまった。
気持ちがなんとなくふさぎがちになってしまった。
物忘れがひどく、正しい判断ができなくなっているような気がする。
身体とこころの健康が損なわれても、まだ「終活」には間に合います。
ところが頭の健康が損なわれてからは「終活」を行なうことは"法的"に難しくなってきます。
いわゆる「認知症」です。
頭の健康を損なった後は「お財布」の健康も失う可能性が高くなります。
耳にされることも多い「資産ロック」の状態です。"お金があるのに使えない"という状況になっている方も多くいます。
認知症は将来的には高齢者の7人に1人が発症すると推測されています。命はこの世にあるのに、思うように生きられないという「Living Death」の状態です。
世間で言われている「終活」は、寿命を全うした時のためといえます。それだけでほんとうに「家族に迷惑をかけたくない」という「本質」を全うすることができるでしょうか?
答えは、否です。
「ほんとうの終活」は2つの時期のために行なう必要があります。
一次終活:「健康寿命」※を失ったときのために。
二次終活:「命」を失ったときのために。
「終活」は一次終活が大切です。なぜなら、「家族崩壊の危機」が訪れるからです。健康寿命を失ったご本人は「正しい判断」ができない状態になることが多く、そこから始める対策には多くの「制限」がかかってしまいます。
「一次終活」がきちんとできないことで「二次終活」の内容と質は、ご遺族が満足のいくものにならないことが多くなります。
※健康寿命 心身ともに自立し、健康的に生活できる期間
では、一次、二次の終活を意味あるものにするための方法を考えていきましょう。
■「一次終活」のために準備すべきこと
「身心頭財」という4つの健康がある内に行なう「一次終活」で大切なことは、健康寿命を失っても、その後の人生の質(QOL)を極端に下げず、ご家族とも良好な関係性を保ち、晩年穏やかな時間を過ごせる環境を整えていくということです。
頭の健康が失われるということは、認知症罹患の可能性が高くなります。 繰り返しますが、認知症になると資産はロックされ、契約行為が制限されます。銀行預金の引き出しや、生命保険の解約などができなくなります。ご本人の「資産はあるのに使えない」という状況になります。
そうなる前にするべきことは、銀行預金は早めに別の場所に資産移転しておく、生命保険は契約者のご自身以外でも減額や解約をできるよう手続きをしておくなど、「どんな時でも使える資産」にしておくことが大切です。
両親と笑顔で接し、思いやりのある言葉を自然に口にできるような、そんな時間が大事です。二次終活のために遺言書を書くことも大切ですが、その前に「健康寿命を失った時のための終活」も忘れずに行なってほしいと思います。
■「二次終活」のために準備すべきこと
ご家族が遺されて困る「モノや不動産」は早めに現金化し、死後相続よりも「渡す(される)方の意思が反映される生前贈与」で資産移転を行なうことです。終活の「本質」である「家族に迷惑をかけない」ということに軸を置いて、「頑張って手にした不動産だから」とか、「親から引き継いだ大切な品ものだから」とか、という思いは自然と消えていくと信じたいものです。
生前贈与をためらう多くの要因は、手元から資産がなくなっては「老後資金の不安が残る」というもの。これらの不安は別の対策で解決できることがほとんどです<参照、『親の「介護」はいくらかかる? 在宅か、施設介護か、知っておきたい準備の方法』>。
二次終活の締め括りとして、遺言書の作成をおすすめします。最近は書式の縛りもゆるくなり、何度でも書きかえられます(一番新しいものが有効)。本質を突き詰めて行なっていく2度の終活。脇を締める意味でもぜひ作成してみてください。
子どもと親は血の繋がった仲とはいえ「終活」の話題は、なかなか口にしづらいことと思います。
とはいえ、一次、二次ともに、両親の穏やかな老後のために、そして家族のために質の高い「ほんとうの終活」を行なってほしいと思います。
文/杉原隆