衛星ブロードバンドサービス「Starlink」を提供するKDDIは、この7月からさらに利用範囲を拡大。海上、山小屋、音楽フェスなどで順次サービスを展開します。沖縄県では、法人・自治体向けにサービスを提供。2023年度中には、5G対応基地局のバックホール回線としても活用していく予定です。
海上でのStarlinkの利用に関しては、7月3日にStarlink Japan合同会社が海上利用のための免許を取得。日本の領海内での利用が可能になっています。それを踏まえて、7月18日から海上での実際の運用がスタート。今後、漁船や旅客船など、ニーズの高い分野での利用拡大に向け、KDDIではStarlink事業に取り組んでいく方針です。
その海上向けのStarlink事業では、東海大学が保有する海洋調査研修船である望星丸にStarlinkを搭載することが決まっています。航海中でも下り220Mbpsの通信が可能で、航海に必要な海洋気象情報のリアルタイム受信や、陸上との双方向オンライン授業などに活用できるとしています。
望星丸は、海洋学部の研修船だけでなく旅客船としての側面もあり、小中学生や地域住民の乗船機会もあるそうです。Starlinkによる高速通信があれば、「いろいろな活動に広がりが出てくるのではと考えている」と東海大学理事の山田清志氏は話します。
望星丸は、教育目的だけでなく災害医療の実証実験としても活用しているそうで、飛行場のない島しょ部への医療支援も行っているといいます。研修での遠洋航海で珍しい病気にかかった学生がいたときも、乗船した医師が対応に苦労したそうで、こうしたときにもStarlinkによる遠隔医療の実現にも山田氏は期待しています。
ほかにも、漁船などにStarlinkアンテナを搭載することで、漁に必要な気象庁の天気図や海上保安庁のライブカメラなど、インターネットの情報をリアルタイムに受信できるメリットがあります。それまでは、出発前に印刷した情報を持ち込んだり、FAXで送信したりと、情報の受信に限りがありました。
Starlinkによって「漁場現場のDX化」への期待の声もあるといいます。漁場のデータがリアルタイムで地上に送信でき、漁場予測の高度化や省エネ、省人化につながる取り組みの進化が期待されるとしています。
ほかに旅客船でも、船内Wi-Fiの提供で乗客へのサービス向上などもできるでしょう。実際にニーズが強いそうです。釣り船に搭載した場合、釣り客への通信を提供できるとしています。ちなみに、これまでのインマルサットでは月額10万円強で容量は50MBだったのに対して、Starlinkだと50GBで約7万円になるとKDDIは話しており、高速化に加えて大幅な容量増と低価格化を実現できます。
山小屋では長野県、富山県の山岳地帯にある11の山小屋にStarlinkを設置。ワイヤ・アンド・ワイヤレス(Wi2)の公衆無線LANサービス「山小屋Wi-Fi」を提供します。最大24時間600円、最大2時間300円の利用料金で、auユーザーは無料での利用が可能。
5月から、白馬村の山小屋で24時間780円の先行サービスを提供していましたが、8月2日からは本サービスとして2プランでの提供を行います。山小屋でのネットワーク環境の提供で、キャッシュレス決済サービスとしてau PAYの導入促進も行う計画。ネット予約やIP電話などの活用も加え、山岳DXの促進を図りたい考えです。
KDDI事業創造本部LX基盤推進部長の鶴田悟史氏によれば、日本の山小屋は550弱。日本百名山における山小屋は240ほど。それを中心に、早期に100の山小屋での導入を目指す考え。白馬村での先行サービスでは、50M~100Mbpsの速度が出ていたそうです。
大規模な野外イベントでの稼働も想定しています。フェスイベントのJAPAN JAM 2023では、グッズ売り場や飲食店エリアのキャッシュレス決済や業務用連絡手段としてStarlinkをバックホール回線としたWi-Fi環境を構築。3万人が来場し、最大同時接続数が3,500人に達していても、実効速度は40M~268Mbpsと安定していました。
7月下旬のFUJI ROCK FESTIVAL、8月のROCK IN JAPAN FESTIVALでも導入を予定しており、イベントDXを積極的に実施していきたい考えです。
法人・自治体向けのStarlink Businessは、すでに2,000件を超える問い合わせが来ているそうで、山間部、離島、企業BCPといったニーズが多いそうです。建設現場など、ローカル5Gを使ったソリューションもありますが、そうした通信環境の整備が難しい現場などで、整備日数や費用の短縮・削減ができるそうです。
Starlinkは「ドローンとの相性がいいプロダクト」と話すのは、KDDIソリューション事業本部ビジネスデザイン本部副本部長兼事業創造本部副本部長の髙木秀悟氏。すでに災害地域の生活支援でドローンとStarlinkを組み合わせて物資輸送に活用しており、「災害時に通信がどうしても必要なときの即時性がStarlinkは高い」と髙木氏。
東京都をはじめ、多くの自治体から要望が多く寄せられているそうで、「今後も多様な声に応えていきたい」と髙木氏は意気込みます。
Starlinkは、離島などで光ファイバーの敷設が難しい地域で、携帯基地局のバックホール回線としての活用も始まっています。現状は4G基地局でしたが、これを5Gでも対応できるようにします。「au 5GでもStarlinkをバックホールに使い、インフラ整備を加速していきたい」と同社取締役執行役員・パーソナル事業本部副事業本部長兼事業創造本部長の松田浩路氏。
例えば「山腹にあるバス停」といった具合に、従来のエリア化が難しかった場所の5G化に活用する考えで、今後SAや音声も5G化する時代を見据えた対応だとしています。
同時に、Starlinkが対応する「衛星間通信」も活用します。これは「理論的には以前から提唱されていたもので、Starlinkには実装されている」と松田氏。衛星通信では、衛星に加えて地上局も必要となりますが、海上や離島などで、通信するための衛星の電波は受信できても、地上局が近隣にない場合は実際のネットワーク接続はできません。
衛星間通信では、Starlinkが打ち上げた4,800以上の衛星がメッシュとして動作し、衛星間で通信をつないで離れたエリアの地上局までリレーします。これによって地上局が離れていてもエリア化できるようになります。まずは、沖縄県で沖縄セルラーがこれを活用します。
Starlinkは、静止衛星に対して高度が1/65の高さにあり、その分遅延が少ないのですが、衛星間通信でも遅延が低く、「サービスを提供するに足りる品質が確保できた」(松田氏)そうです。
KDDIでは、他社に対して「認定Starlinkインテグレーターとして、常に一歩先を行くユースケースづくりをしていきたい」(同)とアピール。多くのニーズに応えるサービスを提供していきたい考えを示しています。