俳優の杉野遥亮が主演するフジテレビ系ドラマ『ばらかもん』(毎週水曜22:00~)。シリーズ累計1,000万部を超えるヨシノサツキ原作の同名漫画を実写化したこの作品は、挫折した若き書道家の主人公が長崎県の五島列島へ移住し、そこで出会った一人の少女、島民たちと交流する中で、自らの“壁を越えていく”というハートフルドラマだ。
「挫折した主人公」に「書道」「島」「少女」と、ドラマを織り成す要素が一見多そうなドラマだが、見ればいたってシンプル。タイトルの「ばらかもん」…五島列島の方言で“元気もの”という通り、書道に真っすぐな青年の成長物語を見つめるうちに、いつの間にか元気になれる快作だ。
■分かり切った衝突を描かない
このドラマを一言で評するならば「シンプル」だ。これまでドラマの題材としてあまり扱われてこなかった書道をベースにしているが、“長崎県・五島列島”と言えば、今年3月まで放送されていたNHKの朝ドラ『舞いあがれ!』の舞台となっていたり、“島民たちとの交流”については同局の大ヒット作で昨年に映画化もされた『Dr.コトー診療所』がある。また、今作の脚本と監督(阿相クミコ脚本、河野圭太監督)は『マルモのおきて』(11年)のコンビということで、“主人公と子ども”という組み合わせは得意と言っていいだろう。
見慣れない“書道”をベースにした作品でありながら、様々な“ウケる”要素を掛け合わせたことで、どこか見たことがある作品、新鮮味が感じられないのではと危惧していたのだが、それは杞憂だった。第1話を見終えると、掛け合わされたそれらの要素がいい意味で“どうでもいい”と思えるほど、一人の青年の成長物語として屈強で、そこに注力したシンプルな作りになっているからこそ、より視聴者の心に響く作品へと仕上がっていた。
シンプルな作りであることを感じるのは、主人公・清舟(杉野)が新たな地で感じた戸惑いと島民たちとの衝突が、最小限に抑えられていたことが大きいだろう。主人公は若くして名を馳せた書道家とあってプライドが高く気難しいというキャラクターなのだが、到着時の始めこそ戸惑いを見せるものの、ことさら大げさなリアクションはとらず、むしろ最初に出会った島民の「海は荒んだときこそ見るもんぞ」という一言によって、すぐさま心が洗われていく様が気持ち良かった。
これによってドラマの展開上でも、分かり切った衝突を描かないという点でノンストレスだったことはもちろんなのだが、すぐさま島に順応しようとする純粋な主人公だからこそ、視聴者がシンプルに応援したいと思えることに成功したのだ。
■絵や音楽ではなく“書”だからこその爽快感
五島列島で出会う少女・なる(宮崎莉里沙)とのやり取りも、無駄がなくシンプルだった。例えば、第1話の導入部である主人公の挫折を描く場面。清舟は書道界の重鎮・八神(田中泯)から「手本のようでつまらない字」と評されたことに腹を立て、それをきっかけに島へ赴くことになるのだが、なるも同様に清舟の書を見て「学校の先生が書いた字みたい」と何気なく放ってしまう。このことで清舟の心は乱されるのだが、ラストではなるが「学校の先生が書いた字みたい」と言った書でも「宝物」だと目を輝かせるシーンは、ストレートでシンプルな流れだったからこそ感動的だった。
また、なるが堤防を上って夕日を見せようとするシーンの「この壁を越えなきゃ何も見えない」というセリフも、清舟の“書の壁”とリンクさせるドストレートなセリフなのだが、少女の飾り気のない言葉だからこそシンプルに心に響いてきた。
そしてこのドラマ最大のシンプルは、主人公の島での経験と成長を“書”という作品で示してくれる点だ。第1話では、島での暮らしを通して、日々練習するだけでは得ることのできなかった“書くことの楽しさ”を実感。それを体現したことで「楽」という書を完成させた。主人公が感じた思いを、誰が見ても理解できる文字、シンプルな表現で示したからこそ、とてつもない爽快感があった。これは、絵や音楽ではなく“書”だからこそなせる技。文字の意味自体はシンプルでありながらも、書いている清舟の姿、そして書道という表現で完成されたその作品によって、何倍も深みを感じさせることに成功させたのだ。
もちろん、清舟を演じる杉野の好演も忘れてはならない。プライドが高く気難しいというキャラクターだが、杉野が持つ元来の優しい佇まいが、島民たちへの反発であってもコミカルなツッコミとして成立しており、全く不快にさせない。また一見、熱がなく無表情にも見えるのだが、それが書道家としての天才性を表すのとともに、ふつふつと沸き上がる熱い感情も持ち合わせている。そのバランスの良さは杉野だからこその味わいだろう。そして、時に清舟よりも大人っぽく、たくましい一面も見せるなるを演じる宮崎とのカップリングの相性も良い。
■大きなドラマが起こらなくても感動的な仕上がりに
きょう19日に放送される第2話では、第1話のラストで書き上げた「楽」という書を書道展に出品した結果が判明。清舟は再び挫折を味わうものの、島を直撃した豪雨をきっかけに、なるや島民たちとのささやかな触れ合いの中で様々な経験を積み、心を豊かにしていく…という物語だ。
今回も五島列島での暮らしを丁寧に描き、ラストは清舟の“書”が見せ場となってくるのだが、前回で“楽しい”という気持ちのまま無心に書き上げたのに対し、今回はどんな思いを持って書に向き合ったのかに注目。大きなドラマが起こるわけではなく、ささやかなエピソードの積み重ねだからこそ、ドラマチックで感動的な仕上がりを見せる。
主人公はこれまで毎日書き続けることで自分自身の書に自信を高めていったが、島での暮らしによって練習する時間を奪われてしまった。だが、その代わりに心の豊かさをどんどん手に入れている。その過程がこのドラマはどこまでもシンプルで分かりやすく、目に見えて伝わってくる清舟の成長に視聴者も元気になれる。
清舟が言うように、このドラマは“習字ではなく書道”の物語。“字を習う”のではなく、書道は“自分を表現”するもの。清舟の心がこれからさらに豊かになったとき、そして壁を乗り越えたとき、一体どんな書ができ上がるのか。その集大成が楽しみだ。