就職活動で「自由な服装で面接にお越しください」という案内がきたら、どんな服装で、企業に出向きますか。この10年「ビジネスファッションが多様化してきた」ことは明らか。そして実は、就活においても「服装自由」をアナウンスする企業が増えています。

ですが「どこまで自由なのか、言葉だけでは分かりづらい」のでは。

実際のところ、就活生から「スーツの方が無難」、「カジュアルすぎてもNGでしょ」という不安の声も聞こえてきます。これらの声は、青山商事と『NewsPicks(ニューズピックス)』がスタートした共創コミュニティ「シン・シゴト服ラボ」発のプロジェクトで行った調査でわかったことです。

  • 青山商事 リブランディング推進室 室長補佐 岡本政和さん(左)に話を伺った

今回は同コミュニティから立ち上がった「#きがえよう就活」プロジェクトに着目し、このプロジェクトマネジャーを務める青山商事 リブランディング推進室 室長補佐 岡本政和さんにお話を伺います。

服装自由がもたらす弊害

就活における服装自由は、どんなメリットを学生サイドにもたらすのでしょうか。

たしかにリクルートスーツ以外の選択肢は、「真夏に汗だくで面接に臨む」という不条理を解消するうえで役立ちます。ところが企業ごとに「自由の基準」も異なるため、「就活スーツ以上に、服装で悩む時間が増えてしまう」という弊害も生じていたのです。

岡本さんがこの問題に気づいたきっかけは、社会人1年目だったシン・シゴト服ラボのメンバーの何気ないひと言。

「『就活時の服装選びに凄く悩まされた」というコミュニティメンバーの言葉は、かつて販売員として接客していた当時の記憶を呼び起こしました」(岡本さん)

「洋服の青山」の店舗スタッフとして約10年間、接客販売をしていた岡本さんは、就活生のお客様に、それまで主流だった就活スーツを提案。ところがコロナ禍が起こる前くらいから、状況に変化が見られます。

採用選考時の「服装自由」という企業からの発信が増えた結果、面接における「スーツ以外の選択肢」について、お店に来た就活生からの相談が増えてきたのです。

販売員であった岡本さん自身、現場での提案に悩んでいたからこそ、本プロジェクトを通じて社会課題を解決することを決意したと言います。

  • かつては販売員として就活生の「服装の悩み」を受けていたと言う岡本さん

「#きがえよう就活」プロジェクトとは

現在、本プロジェクトでは選考段階における「服装指定」と「その理由」を明確化するよう、各企業に働きかけています。また賛同した26社※の企業・団体は「#きがえよう就活」WEBサイトで紹介済みです。※2023年6月末時点

  • 「#きがえよう就活」プロジェクトのWEBぺージ

例えば、賛同した富士通はインターンから最終面接まですべて「服装自由」。2019年から富士通グループで実施している「装うことを通じて、生産性の向上、柔軟な発想、組織のダイバーシティ促進を目指している」という服装自由化という理念が、その裏付けになります。

このように「服装自由」の意図や背景が伝わることで、その企業の考え方や社風まで理解しやすくなるもの。一方、同じ賛同企業でアサヒビールもインターンから最終面接まで「服装自由」。ただし、その理由は別物です。

「企業として服装を『指定』する理由がない」という考えと共に、「社内でも、社員一人ひとりにお客様視点で着用する服装を自ら考え、判断してもらっています」と説明されています。

  • さまざまな企業・団体が賛同する

各社とも背景にある理由はさまざま。しかし、企業側の意図を明確に伝えることで、「本当に自由でいいのか、選考基準に関わるのではないか」という就活生が抱く疑念の解消につなるがるのでしょう。

そして本サイトの特徴は、企業サイドの情報のみではないこと。学生側から見たリアルな情報も注目に値するものだったのです。

悩む時間を、未来を考える時間に変えていく

各企業の内定者が「実際の就活時に着用していた服装」、誰もが気になる情報ですよね。インターンや最終面接など、選考の段階ごとに、「スーツもしくはカジュアルどちらを着用していたか」という割合をビジュアル化しています。

また「もう1度選考を受けるなら、同じ服装をしますか?」という質問の回答や、その理由についても閲覧可能です。

服装自由というひと言では、具体性が十分ではありません。実際の生の声やデータを添えることで、それまで曖昧だった暗黙のルールが浮き彫りになるのです。

「これまで明文化されていなかった領域だからこそ、丁寧にガイドラインを示すことが重要だ」と、コミュニティメンバーと何度も意見交換を重ねてきた岡本さんは語ります。

まさに「就活生が服装で悩む時間を、未来を考える時間に変えてもらう」という本プロジェクトのミッションに通じます。そしてプロジェクトの熱量は、青山商事のビジネスにまで影響が及んでいました。

青山商事が見せる本気度

青山商事にとって、いわゆる「リクルートウェア」は大事な商材であるにもかかわらず、このプロジェクトの旗振り役を担っています。実際その本気度については、店頭のディスプレイからも伝わってきました。

これまで無地スーツを集約していた就活コーナーには、オフィスカジュアルを含めた幅広い提案ができる売り場に転換されたほか、その変化は接客時の案内ツールにまで及んでいます。

「就活スタイルブック」と同社社内で呼ばれるこの接客ツールは、「選考段階の服装指定に合わせ、スーツからオフィスカジュアルの着こなしまで」紹介できるビジュアルマップとして刷新されたものです。

  • 「フォーマル度」を軸にコーディネートを考える

注目すべきは、その分かりやすさ。5段階で表示された「フォーマル度」という基準を設けることで、「服装自由のなかでも、就活生が浮かない」コーディネート提案が可能になっていました。

ビジネス経験がない就活生にとって、スーツスタイルとカジュアルスタイルの違いは分かったとしても、「印象のちがい」については、自身の感覚的な部分に委ねられていました。そこで「フォーマル度」という軸を据えることで、オフィスで浮かないカジュアルスタイルを視覚的に理解できるようにしているのです。

企業と学生の架け橋になる「フォーマル度」とは

「見た目の印象を『かたい⇔やわらかい』で表した」フォーマル度という指標は、企業と学生サイドの前提知識をすり合わせるうえで効果的です。

ここ10年ビジネスファッションの多様化は進み、スニーカー通勤やビジネスリュックも許容されています。ビジネス経験がない就活生でも「カジュアルとオフィスカジュアルは異なる」という前提知識を知り、ビジネスシーンになじんだカジュアルについて理解が進むはず。

例えば選考段階でスーツ指定だったとしても、無地ダークカラーのリクルートスーツだけではありません。細いストライプやシャドーストライプなどの柄の生地でも許容されます。5段階中2番目に高い「星4つ」のフォーマル度のもの。これは就活時だけでなく、入社後のビジネスシーンでも活躍するでしょう。

  • ビジネスカジュアルも加わり選択肢は多い

一方、服装自由の場合、スーツのみならず、3段階のオフィスカジュアルも選択肢に加わります。またフォーマル度がゼロの完全なカジュアルについても、就活スタイルブックでは触れています。

3段階のオフィスカジュアル

スウェットにデニムを合わせたスニーカー姿を「フォーマル度0」とするならば、シャツだけのスタイルは「星1つ」のフォーマル度です。星の数はあくまでシーンに応じて、TPOにあった着こなしを選択するための指標です。

  • メンズスタイルでの「フォーマル度」を左から星4、5、3でガイドしたサンプル

  • ジャケパンスタイルで「フォーマル度」を左から星2、3、1でガイドしたサンプル

そしてカーディガンを羽織った着こなしについては、就活スタイルブックでは、「星2つ」のフォーマル度になります。

ノンジャケットスタイルでもカーディガンを羽織れば星が1つあがるなどアイテムの足し算で印象を変えることができるのは理解しやすいのではないでしょうか。

一方セットアップやジャケパンスタイルについても、フォーマル度を使うことで、印象の違いを明確に打ち出しています。

もしスニーカーを履いていたとしても、セットアップスーツと呼ばれるスポーティーな生地感のものならば、フォーマル度は「星3つ」になります。またチノパン合わせのスニーカーならば、「星2つ」です。

  • レディススーツスタイルでの「フォーマル度」を左から星4、5、3でガイドしたサンプル

  • ジャケットスタイル、ノンジャケットスタイルで「フォーマル度」を左から星2、3、1でガイドしたサンプル

この違いについては、実は就活生のみならず、企業に所属しているビジネスパーソンにも役立つ情報と言えるでしょう。

実際筆者も、企業に呼ばれ、服装研修を担うとき、フォーマルの度合いについて同様の解説をしています。

服装自由がもたらす未来

就活における服装自由という企業サイドの提示は、年々増加傾向にあります。「就活=リクルートスーツ一択」という概念自体がなくなる日が、数年先にくると私自身、今回のインタビューを通じて確信しました。

この10年、これまでさほど浸透していなかった機能繊維が普及してきました。その結果、ウォッシャブルやストレッチは基本スペックという「アクティブスーツ」や「セットアップ」も新定番となりました。そしてビジネスファッションのなかに、就活の服装も含まれる時代。

就活のために特別に買うのではなく、社会人として入社後も使えるような服装が求められるようになることでしょう。多様な選択肢から選ぶことが当たり前になるときは、もうそこまで迫っているのです。