永世名人の系譜を継ぐ谷川浩司十七世名人は、40年間、最年少名人の記録を持ち続けた。藤井名人が40年ぶりにその記録を受け継いだいま、何を思うのか。7月11日に発売になった、将棋世界Special『最年少名人 藤井聡太―名人、七冠、その先に見える世界』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)より一部を抜粋してお届けする。
――20歳の藤井聡太新名人の誕生をどうご覧になりましたか。最年少名人の記録が40年ぶりに更新されました。
谷川 最初は自分の記録が抜かれるのは残念な気持ちもありましたが、藤井さんに破られるなら光栄だという気持ちに変わりました。藤井さんはこれだけの勝率を残していて、実力的にもすでに第一人者の域に達している。最年少名人の記録を作るのにふさわしい。自分が名人になったときは、一般のメディアは期待していましたが、将棋メディアはまだ早いと見ていた。それが、今回は誰もが納得して新名人の誕生を見ていた。
――40年前の将棋界といまの将棋界はどこが違うでしょう。
谷川 それは注目度の大きさですね。将棋を指すファンの数は変わらないかもしれませんが、観るファンは圧倒的に増えた。藤井ブームはすでに6年続いていて、観るファンが浸透してきたことについて、藤井さんの功績は大きい。いまは将棋を見ながらAIの評価値も見ることができる。スポーツ観戦のような楽しみ方ができるようになりました。
――藤井新名人は、同時に史上2人目の七冠になりました。では、27年前の羽生七冠誕生のときと、今回ではどんな違いがあるでしょう。
谷川 一つはライバルとの力の差でしょう。当時の羽生七冠と私の力の差よりいまは二番手との差が開いています。羽生七冠に対しては、どこをどうすれば互角にはやれるという戦い方がいくつかあった。いまはそれが見えません。それだけいまの藤井さんはすべての面において突出している。もちろんライバルの棋士たちも作戦を練って藤井戦に臨むわけですが、藤井さんはそれを跳ね返すだけでなく、吸収しながらさらに成長を続けている。もし、藤井さんがいなかったら、いまも渡辺さん(明九段)と豊島さん(将之九段)の時代が続いていたことでしょう。渡辺さんは藤井さん以外の年下の棋士にタイトル戦では負けていない。だから、藤井さんの出現はその景色を一変させてしまったわけです。
――そうなると、藤井時代はいつまで続くのでしょう。
谷川 藤井さんの次に続く棋士の姿がいまは見えません。あと5年もすれば状況が変わるでしょうが、それまではいまのトップ棋士がなんとかするしかない。藤井さんの終盤の妙手を引き出すためにも、ライバルの存在は必要です。いつまでも独走を許してほしくはない。藤井さん自身、25歳までは強くなるでしょう。すべての力がまだ伸びる気がする。藤井さんの課題もいまは見えない。唯一の懸念は体力面ですが、それも大丈夫そう。名人になると順位戦も指さなくてすむのも大きい。自分も最初の名人のときは対局が空きすぎて調子を落としたことがありましたが、七冠も持っていれば、そういう心配もないでしょう。羽生さんが会長になり、来年は将棋連盟が百周年を迎え、東西の会館も完成する。そうした節目の年にスーパースター2人がそろうのは、ふさわしいことだと思います。
(谷川浩司十七世名人「谷川と藤井の最年少名人」より)