リビングマルチとは?

宇都宮大学 小林浩幸教授

リビングマルチは生き草マルチともいい、その名の通り生きた植物をマルチングとして使用する農業技術のこと。カバークロップ(被覆植物)で地面を覆って土壌保護や土壌改良に役立てるという方法の一つだ。

「言葉として聞くようになったのはここ30年くらいのことですが、考え方自体は昔からありました。例えば、果樹園などで行われる草生栽培です。果樹の足元に下草を生やす管理方法で、下草が土壌流出を防いだり、有機質を土壌に供給したりするなど、さまざまな働きをしてくれることがわかっています」(小林教授)

また近年は、大豆栽培時に大麦をリビングマルチとして活用する研究が進められており、そのメリットやデメリット、効果的な土壌などがわかってきた。

大豆栽培に大麦をリビングマルチとして活用

大豆の栽培に麦類(大麦など)を使ったリビングマルチをすることで、①雑草抑制、②収量増加(土壌の質による)、といった二つの効果を得ることができるという。それぞれ詳しく解説していこう。

地面を覆い雑草を抑制

春先に大豆を播種(はしゅ)する際、畝間に大麦をまくと成長の早い大麦が地面を覆うため雑草を抑制できる。青々と大きくなった大麦は、他の雑草に光が当たることを妨げ、また夏に枯死しても、枯れた大麦が麦わらマルチのようになってその後も雑草を抑制してくれるのだ。

大豆の畝間に植えられている大麦

大きくなった大麦が日光を遮断し、地面に雑草が生えてくるのを防いでくれる

小林教授によると大豆には元々雑草を抑制する力があるという。だが生育初期の大豆は伸長が緩慢で雑草の抑制力も弱い。そこで、成長の早い大麦が栽培序盤の雑草抑制を担う。大麦が枯れた後は、大豆そのものの抑制力と大麦をデッドマルチとして活用。リレーのように雑草の発生を抑えていくのが、リビングマルチによる雑草抑制の考え方だ。

土壌を改良し収量増加!

窒素成分が多く土壌力が高い圃場で、大麦によるリビングマルチをすると、大豆の収穫量がアップする可能性もあると小林教授は話す。

「大豆につく根粒菌は窒素成分が多過ぎると弱まってしまいます。一方、大麦は成長する際に土壌中の窒素成分をたくさん吸収します。そのため、窒素成分が多過ぎて大豆栽培にあまり適していない沖積土層や栄養過多な畑地では、大麦のリビングマルチをすることで大豆栽培に適した土壌へと改良することができるんです」(小林教授)

大豆につく根粒菌は、土壌中の窒素成分が多過ぎると、根粒菌の着生が阻害されてしまう。そのため大豆の生育初期は可給態の窒素成分は少ないほうが良い。だが大豆が大きくなると根粒菌の活性が弱まる場合がある。そうなると自力で窒素を固定できなくなってしまうため、多くの窒素成分が必要になる。

しかし、沖積土の畑や田んぼでは、大豆栽培の最初の頃は窒素成分が多い一方で、終盤にかけては窒素成分が逆に少なくなっていく性質がある。大豆にとって必要な窒素成分バランスと真逆の性質を持っているのだ。そのため、大豆の株が成長しなかったり、莢(さや)や実が大きくならなかったりするなどさまざまな障害が起きてしまうことがある。そのため沖積土は大豆栽培にはあまり向いていないといえる。

そこで、大麦をリビングマルチとして畝間に植えると、大麦が余分な窒素を吸収。土壌中の窒素バランスが整い、大豆にとって育ちやすい環境になる。
また窒素は大麦に蓄えられるので、夏を過ぎて枯死した大麦が、ゆっくりと土壌にかえっていくなかで、大豆が必要とする量の窒素を供給できる。リビングマルチ栽培では、足りなくなった窒素を補うための追肥が不要になるというメリットもあるという。

枯れた大麦がゆっくりと土壌に窒素成分を還元してくれる

また大麦の根につく共生菌が、大豆の共生菌や根粒菌の呼び水にもなるという。大麦の共生菌が直接大豆にうつるわけではないが、微生物が住みやすい環境を整えることで大豆の根粒菌の勢いを強めてくれる。

このように、大麦が土壌中の窒素バランスを整え、大豆の根粒菌の働きを助けてくれるため、収穫量の増加につながることがある。ただし、黒ボク土などのように、大豆栽培の序盤(春先)では土壌中の窒素成分が少なく、終盤(夏)にかけて窒素成分が増える土壌では、大麦による収穫量増加は見込みづらいので注意が必要だ。

リビングマルチには自家栽培の大麦を使ってもOK

小林教授によると、リビングマルチに使う大麦は自家採種のものやクズ麦でも大丈夫だという。

「リビングマルチ専用品種として、発芽や成長が早かったり、出穂せず早く枯れるように調整された大麦も販売されています。ですが、自分の畑や近隣など地域の畑で採種したものを使っても問題ありません。むしろ、その土地で育った大麦の方が環境に合っており、経済的にも負担が小さいので、継続してリビングマルチとして使っていけるのではと思います」(小林教授)

自家採種のものには環境性や経済的負担が少ないなどのメリットがあるが、専用品種にはリビングマルチとして最適という強みがある。個人の目的や圃場によって使い分けると良いだろう。

リビングマルチの注意点

雑草抑制ができ、土壌の窒素バランスも解決してくれるリビングマルチだが、注意すべき点がある。

地域によって有効性が異なる

ビニールマルチは人工物のため、どのような地域でも同じ効果を得ることができる。一方、リビングマルチは、マルチに使う植物、土壌タイプなど、環境によって得られる効果が異なる。「画一的な適用技術でないからこそ、少しずつ小さく試しながら広げていくことを推奨します。生き物相手だからこその難しさ、地域による差など、その不安定さを許容しながら活用することが必要になります」と小林教授は話す。

種子が大きく草勢が強いタデ類が残ってしまうこともあるという

リビングマルチにも栽培管理が必要

リビングマルチにも栽培管理が必要な点をしっかりと押さえておきたい。例えば大豆栽培の場合では、大きくなり過ぎた大麦が大豆にかかって日差しを遮るなど、競争関係になってしまうこともあるという。このような場合は、減収の恐れもある。

本来育てたい作物の栽培管理のほか、リビングマルチ植物の栽培管理も同時にする必要がある。除草が不要になることや、土壌改良などのメリットと比較して導入するか判断すると良いだろう。

リビングマルチは循環型農業やブランド化にもつながる

雑草抑制や土壌改良の能力が注目されているリビングマルチ。小林教授は「地球環境にも優しく、継続可能な農業として見たときにも優秀な農法」だとしている。

「化学肥料は工場で作りトラックで畑まで運んで使います。一方、リビングマルチは育った畑で土壌を改良するため、環境負荷が低く地球に優しい。もちろんリビングマルチが全て正しいというわけでもありません。多くの農法や防除の一つとして組み合わせて活用してほしいと思います」(小林教授)

リビングマルチの役割は栽培の補助にとどまらない。減農薬や環境への関心が高まる中、社会的な責任や役割を果たしつつ、リビングマルチ栽培作物としてのブランド化も可能かもしれない。