『自分を育てる「働き方」ノート』(WAVE出版)を上梓したトライバルメディアハウス代表の池田紀行さんと、楽天大学学長で、ビジネスパーソンの気づきとなる「考える材料」を発信している仲山進也さんの二人が語り合います。
2回に分けてお届けする前編は、これからの時代に求められる、自身でキャリアを描くための「成長を意識した働き方」や「『強み』の見つけ方」についてです。
成長には「量稽古」が必要不可欠
池田:私は、どちらかというと「成長は努力しなければ手に入らない」というマッチョな考え方なんです。仲山さんは、人それぞれの個性を活かした成長を重視されているように思います。成長については、どのようにお考えですか。
池田紀行さんプロフィール
ソーシャルメディアとデジタルマーケティングに強いトライバルメディアハウス代表。大手企業300社以上の宣伝・広報・マーケティングを支援。『売上の地図』ほか著書・共著書10冊以上。年間講演回数50回以上。2月9日『自分を育てる働き方ノート』(WAVE出版)を出版。鎌倉稲村ヶ崎在住。
仲山:実は、池田さんと同じ考えです。ただ僕の場合は、成長にも段階があると思っています。
池田:どういうことですか?
仲山:「加減乗除」という考え方で、最初「足し算(加)」は、できないことを無くしてできることを増やすステージで、とにかく量稽古が大事です。できることが多くなると任される仕事も増えてきて、どこかでキャパオーバーになるぐらい仕事を引き受けてしまうことになります。そこで、はみ出た部分を工夫しながら収まるようにできれば、それは何らかの自分の強みが発揮されたことで生産性が上がったからだと言える。つまり、仕事に役立つ本物の「自分の強み」が浮かび上がってきたことになります。
次にその強みをさらに磨くために、強みに直接関係のない仕事は手放す工夫をしていく「引き算(減)」のステージに入ります。自分の強みをいろんなシーンで使えるように、ここでもまた「量稽古」を行います。
池田:なるほど。「加」「減」のステージで、やるべきことは異なるものの、量(経験)を踏むことが成長には大事だということですね。
仲山:そうです。そうして他の人から見ても、「あの人は●●が得意だよね」と言われるくらいまで強みが突き抜けて“旗が立つ”と、今度は「一緒にやりませんか」という声がかかるようになります。
自分の強みと他人の強みを掛け合わせながら、価値を生み出すプロジェクトベースの働き方、つまり「掛け算(乗)」のステージに入っていきます。
いろんな人に誘われて、さまざまなプロジェクトに首を突っ込んでいくと、いつしかどれも中途半端になってモヤモヤする、という状態になりがちです。そこで、共通の因数(強みや理念)でくくれる仕事だけを選べるようになれば、Aで得た知見はBの仕事で活かすことができるので、複数の仕事を統合させられます。「ブランド人になった」と表現してもよいかもしれません。これが「割り算(除)」のステージです。こうやって段階を経て、成長するものだと考えています。
仲山進也さんプロフィール
仲山考材 代表取締役/楽天グループ 楽天大学学長。考える材料(考材)をつくってファシリテーションつきで提供。個人・組織・コミュニティ育成系の支援が好き。著書『今いるメンバーで「大金星」を挙げるチームの法則』『アオアシに学ぶ「考える葦」の育ち方』『組織にいながら、自由に働く。』『まんがでわかるECビジネス』他
池田:なるほど。大量の仕事を必死にこなしながら、最後の「割り算」に辿り着くような気がします。ここまで達するには、意識して仕事を取り組む必要がありそうですね。
タイパでは、新たな知識や知見は身に付かない
仲山:以前、池田さんとの対談※で、たき火の話をしたじゃないですか。※品川で開催された「熱狂ブランドサミット2018」
池田:ありましたね。
仲山:池田さんは人の心に火をつける「着火タイプ」で、僕は「送風タイプ」。僕は、本人にやる気があれば、成長を支援(送風)することはできるけれど、やる気がない人を奮い立たせる強み(相手に着火する)は持ち合わせていない。そんなことを話したと思います。池田さんは、どうやって人に着火しているんですか。
池田:みんな、それなりに願望とか欲望はあるんですよ。例えば「幸せになりたい」という思いは、誰しも持っているじゃないですか。それを実現するために、「何があると幸せで、何がないと幸せになれないの」と聞いた瞬間、「何だろう」と考えるわけです。幸せになりたいはずなのに、本人が幸せの要素分解をできていないんです。
そこで、こちらから質問をして言語化してもらいます。何があれば、幸せなのか──「これはどう、あれはどう」と聞いていくと、「これは欲しいですね。それはそうでもないですね」と言うように、どんどん整理されて、その人の理想が決まります。
次に、「現実はどうなのか」聞くわけです。すると、足りてないことが出てきます。これが「ギャップ」であり「問題点」になります。アウトプットされた「ギャップ(問題点)」は、何かインプットをして埋めない限りは、幸せになれません。そこで「どんなインプットがあるのか」を質問して、アクションに結びつけます。
仲山:なるほど。問いを与える形で伴走するわけですね。
池田:ただ、やるべきことが分かっても、多くの人たちは、すぐにYouTubeで知識を得たりして、効率よくできることをやりたがります。私たち昭和世代が「量稽古だ!」と言っても、彼らは、タイパ(タイムパフォーマンスの略:時間に対してどのくらいの効果やメリットがあるかの考え方)で行動します。
仲山:「トップのYouTuberが圧倒的に努力している裏側」などのコンテンツを見ているはずなのに、なぜなんですかね。
池田:そうなんです。YouTube動画で書籍の解説などを見て、分かった気になってしまう。それは、配信側が手間と時間をかけて編集して、分かりやすくまとめているから、当たり前です。でも、分かりやすいがゆえに、学びがない。エッセンスが凝縮されすぎて、脳にストレスがかかっていないからです。
私は、いろんなことをたくさん話してしまうけれど、仲山さんは、多くを語らないじゃないですか。足りない情報を相手に考えさせ、脳に汗をかかせるのでその言葉を相手は一生忘れない。本人の頭に染み込ませていますよね。
仲山:僕の教え方は、スポンジ人間をイメージしています。
池田:スポンジ人間ですか?
仲山:スポンジ人間がいるとして、赤い水を吸っているとします。「本当は青なんだよな」と思う場合に「青ですよ」と言っても、青い水を吸ってくれませんよね。なので、スポンジを絞るためにまずお題を出して、アウトプットしてもらいます。その人の眼の前に「赤い水」が出てくるわけです。そうなってから、「実は赤ではなく青です」と伝えれば、青い水を吸ってもらいやすいですよね。
池田:1回出てますからね。
仲山:自分が何を考えているかって意外と本人は気づいていないことが多いので、まずアウトプットすることが大事なんです。
池田:なるほど。それも本人に意欲がないと、自分でアウトプットをしないですよね。どうやったら意欲のある人間が集まるんですかね。
仲山:手挙げ制で参加してもらうのがいいと思います。たき火の薪でいえば、乾いている人だったら、燃えている人と一緒に過ごせば移りますけど、強制参加だといって湿っている人を混ぜるとくすぶっちゃう。具体例でいうと、僕が楽天大学を立ち上げた当初は有料の講座を東京だけで開催していたので、参加のハードルは高めでした。そこにわざわざ学びにくる人は、熱量が高い人ばっかりなんです。そうすると、場としてうまくいきやすくなる。
「他由」から「自由」への転換が、自分に火が点いた証し
仲山:別の表現でいうと「自由」というのがキーワードになると思っています。僕は楽天で「兼業自由・勤怠自由・仕事内容自由の正社員」という働き方をしているので、周りから「わがまま放題、好き勝手できていいね」と思われがちです。でも、自分では「わがまま放題、好き勝手」をしているつもりはないなと思ったので、自分なりの「自由」の定義を考えてみました。
「自由」を訓読みすると、「自分に由(よ)る」と読めます。これを「自分に理由がある」と考えると、自分がやりたいと思えること、または自分にとって意味があると思える仕事を選んでやっている状態。これが僕の考える「自由」です。
池田:自律自責で生きていくことですね。
仲山:そうです。ちなみに対義語は「他由(たゆう)」です。「他人に理由がある」、つまり「言われたからやっています」という状態です。
組織に属していると、まず「これ、お願い」と言われて、他由スタートで仕事が始まりますが、自分で考えてみて「やりたい」「やる意味がある」と解釈できれば、「他由」が「自由」に転換できたことになります。それが自分に火がついた状態、意欲のある状態だと思います。
池田さんの書籍『自分を育てる『働き方』ノート』にフローの図が出てきますけど、この図は僕も愛用しています。「不安」ゾーンにいる人は、能力が低いのに難易度の高い仕事に挑戦している状態。一方、能力が高いのに挑戦していないのが「退屈」ゾーン。
池田:そこから没入して、フローゾーンに入っていく感じですね。
仲山:例えば、やらされ感満載の人って、仕事の能力が上がって「退屈」ゾーンに入っても、自分から新しいことにチャレンジをしようとしない傾向があります。なぜなら、同じ給料をもらえるならかけるコストが少ない方が得、という発想だからです。だから退屈ゾーンに長く居がちになるわけですが、不安ゾーンにいて成長する人はいるけれど、退屈ゾーンにいて成長する人はいないので、人生の時間の使い方としてはもったいないのではないかなと。そんなふうなことを考えるのに、フロー図を重宝しています。
池田:つまり、やらされ感で仕事をしている人だと。
自ら「やってしまうこと」を、「喜ばれること」につなげていく
池田:この前、私がSNSに投稿した「"楽しい"と"嬉しい"は違うよね」とメッセージに、仲山さんが「そうそう」とリプライしてくれましたよね。多くの「楽しい」って飽きますよね。「楽しい」って受動的なものが多いので。でも「嬉しい」は、努力して、できなかったことができるようになる。そんな体験から湧き上がってきますよね。
私自身、サーフィンやDIY、ロードバイクやウィンドサーフィンなど、40歳を過ぎてから始めた趣味のほとんどが「嬉しい」ものなんですよ。昨日までできなかったことが今日できるようになって、飽きることがない。フローに自分から入れる人って「嬉しい」と「楽しい」の違いが分かっているのかもしれないですね。
仲山:「楽しい」には、消費的な楽しさもありますよね。ディズニーランドとかゲームなんかは、お客さんが楽しめるように思いっきり設計され尽くされているので、ある意味で楽しまされている。だから、それに慣れすぎると、自分から楽しむことができなくなりますよね。
僕はよく「自己中心的利他」という言葉を使います。これは、自分がやりたくて得意なことをやっていると、人に喜ばれる状態のこと。自分にとって楽しいと思えることをやって「ありがとう」と言われると、嬉しいからもっとやりたくなる。このループが完成すると、仕事はうまくいきやすくなります。
池田:何から始めたらいいか分からない人には、「自己中心的利他」もそうですけど、人に「ありがとう」と言われることを第一義の目的として行って、「Can」を増やしていくことが大事ですね。
【編集部補足】 Will「今やりたいこと」、Can「今できること」、Must「今やらなければならないこと」でキャリアプランを整理して考えをまとめるフレームワークの一つ
池田:どうやって人に感謝されるかを考えて、突き詰めていけば、自ずと「Can」が増えます。「好きなことが分からない」と言う人が少なくないですが、それは「Will」がないから。だから何から始めたらいいか分からない。でも「Can」が増えて、人が喜んでくれれば、「Can」が「Will」になることも多いはず。
仲山:「Will」「Can」「Must」のフレームワークは有名ですが、僕の考える『自己中心的利他』はちょっと違って、「やりたい(プロセス目的的)」「得意(強み)」「喜ばれる」の3つが重なった部分、としています。
「やりたい」ことには2種類あると思っていて、1つは「社長をやりたい」「プロ野球選手になりたい」などのように「やったことはないけどやってみたい」こと。もう1つが、「言われなくてもやってしまっていること」です。
走るのが好きな人は言われなくても走ってしまう。キレイ好きな人は、掃除をやらないと気持ち悪いからやってしまう。その作業をしているプロセス自体が自分にとっての「心地よさ」になっているわけです。その状態を「プロセス目的的」といいます。Willは、どちらかというと「やったことはないけどやってみたい」ことの意味で使われている気がします。
次は「得意(強み)」ですが、自分のなかで「この作業が得意」というだけではなくて、他者から見て「あの人はあれが得意だよね」と思ってもらえることが大事です。これが「強みの旗が立つ」という状態です。
そうやって自分が「言われなくてもやってしまっていること」を、旗が立つまで磨き抜いた上で、「他者から喜ばれること」につなげられると「ありがとう」と言ってもらえる仕事が長続きする状態になります。
池田:「やりたいこと」「言われてなくもやってしまうこと」の「Will」を見つけるか、あるいは「できること」の「Can」を増やすためにも、まずは「量稽古」ですね。
仲山:そうですね。ただ「量稽古」というと、素振り千回のように同じことを繰り返し行うイメージが強いですが、それだと効果的でがないと思っています。いろんなパターンを試して、自分に合ったやり方を見つけるために試行錯誤を重ねる「量稽古」がオススメです。
次回は、自己成長につなげるための押さえるべき「環境」や「投資」についてです。お楽しみに。