ワコムは、イラストレーターの有田満弘氏が講師を務める無料オンライン講座「ワコムオンラインセミナー【絵のスキルアップを目指す!】有田満弘先生のイラスト講座【液タブ】」を6月16日に開催した。

  • イラストレーターの有田満弘先生(写真右)による液タブを使ったイラスト講座がオンライン配信された

ポケモンカードゲーム、ファイナル・ファンタジーなどのイラストを手がける有田満弘氏が出演し、液晶ペンタブレット(液タブ)「Wacom Cintiq Pro 16」を用いてイラスト制作を実演。具体的なテクニックに加えて、プロのイラストレーターとしての心構えや日々心がけていることなどを解説した。

美麗イラストの着色工程を公開

有田氏はポケモンカードゲームでデビューしたイラストレーター。『ファイナルファンタジー』では公式サイトの読み物のイラスト、『映画ベルセルク黄金時代篇』では世界観設定やポスターレイアウトを手がけたほか、米国のファンタジー小説『ガフールの勇者たち』やカードゲーム『カルドセプト』、データカードダス仮面ライダーバトル『ガンバライド』のイラストなど多方面で活躍するクリエイターとして知られている。

今回はそんな有田氏が、ワコムの16インチ液タブを用いたイラスト制作をYouTube Liveで実演。あらかじめ用意した鉛筆画に着色する一部始終を配信した。

着色工程はまず、Photoshopからスタート。レイヤー機能を駆使して、1枚の手描きイラストから線画やハイライトなどを抽出していった。

  • Photoshopを使って、アナログで仕上げたイラストから、線画とハイライトを抽出

その後、PSD形式で保存した画像をSAIで開き、次の工程に移っていく。

イラスト制作には様々なツールがあるが、SAIを使う理由として有田氏は「ベクトルツールのコントロールがやりやすい」ことを挙げる。

  • SAIを使って、塗り分けのためのマスクを作っていく

具体的には、パスを編集するときに線を引っ張るだけでポイントが追加され、マスクを作ることができるのがSAIの特長だ。「新しいポイントを追加しても他のポイントが動かない」のがどれだけ助かることかは、イラスト制作経験者なら共感できるはずだと語る。

  • SAIでの作業を終えた状態

SAIでの編集を終えたら再びPhotoshopに戻り、選択部分の重なりを整理していく。その際、完全にマスク機能で色分けをしなくても、たとえばなげなわツールなどを活用することで微調整は行えるとのことだ。

  • SAIからPhotoshopに戻って着色を進めていく

なお、有田氏は「形」と「色」については、完全に分離して描いているわけではないという。というのも、同じ形であっても「黄色と青」のように補色関係にある組み合わせと、「黄色とオレンジ」のような組み合わせでは各色の目立ち具合が変わってくるためだ。

そのため、色を無視して形だけつくっても思うような印象にならないこともあるのだ。基本的にはイラストを制作する前段階から色については決まっており、そのイメージをもとに制作を進めていくのだという。

  • Corel Painterに移動して仕上げたイラスト

有田氏はなぜひたすらスケッチをするのか

セミナーでは、有田氏のイラストレーターとしての出自や、プロとして活躍する上で日々行っている訓練などについても明かされた。

有田氏といえば、スケッチブックを常に持ち歩いており、日々様々な場所でスケッチをしていることで知られている。その理由は「スケッチこそが自分の技術を高める原動力になる」からだという。

  • 有田氏のスケッチブック

「美術の学校に通っていたわけではなかったので、最初は描くのも遅かったし、うまく描けないこともありました。そこで考えたのが、“一度も描いたことのないもの”よりは“一度でも描いたことのあるもの”の方がうまく描けるだろうということ。そこで、とにかくスケッチをすることにしました」

もっとも、絵の練習とは実際に手を動かしてスケッチをすることだけではないと有田氏は言う。

仮に絵を描いていないときであっても、頭の中で練習はできるというのだ。それはどういうことか。

「たとえばノートPCを見て、排熱のためのスリットがあることに気づいたとします。すると、ロボットやメカを描くときに排熱のためのスリットを描こうと発想できるようになる。そうやっていろいろなものを観察して、それを絵にどう落とし込めばいいのかを意識的に捉えていくことが大事です」

たとえば有田氏はファンタジー世界のイラストを制作することが多いが、その際に「実際に見たことのないものをどうデザインしているのですか」と聞かれることがあるという。 ファンタジー世界の建物や生き物はもちろん現実には存在しないものだが、そうであったとしても現、実世界との共通点を見出すことでリアリティを持たせられるのだ。

たとえばベルセルクで世界観設定を担当したときは、中世の城下町がどうやって生まれたのか、人口規模はどれくらいだったのか、建物の数や街の直径がどれくらいだったのかなどを実際の資料をもとに研究し、世界観にリアリティを持たせていったそうだ。

こうした作業は必ずしもスケッチのように手を動かす練習をしなくても日常的に実践できるが、とはいえ手を動かして練習することにも大きな意味がある。

というのも、対象物を理解して頭の中にはイラストがイメージできていても、うまく描けないことがあるからだ。それはつまり、「理解しているが、アウトプットする力がない」のだ。この場合は、表現したいものに対して自分自身のアウトプットの力量が不足しているのである。

有田氏は現在も日常的にスケッチを行うことで、「対象物を観察する力」と「アウトプットの力」の両方を向上させているわけだ。

  • 有田氏のスケッチブック

なお、有田氏はワコムのクリエイターズカレッジクラブの制度により、様々な学校に赴いてイラスト制作の講義を行っている。

そのなかで最近感じているのが、「ネットで検索することが当たり前になり、“いい結果が出ることだけをやろう”という人が増えた」ことだという。

これは、逆にいえば「失敗はしたくない。無駄なコストは払いたくない」ということでもある。

「失敗しても、それはそれで得るものはあります。検索して出てきた方法で他人と同じようにできたとしても、それはつまり他の人でもできることなわけですから、“誰がやってもできること”なわけです。クリエイターとしてそこにどれだけの需要があるかは疑問です」

外出中でも水彩絵の具でスケッチできる独自の画材

セミナーではさらに、有田氏がデジタル制作を始めたきっかけについても話題に上った。

そもそも前述したように美術系の学校で学んだ経験がなかったという有田氏は、「画材をコントロールする技術」を持っていなかったという。そこで注目したのがデジタル制作だ。「デジタルなら画材をコントロールできるのではと考えた」からだ。

事実、デジタルではアナログにはできない制作手法が可能だ。たとえば、油絵の具の上に水彩絵の具を重ねた場合、アナログでは油絵の具の影響で水彩らしさを出すことは難しい。

一方で、デジタルであれば油絵の具と水彩絵の具を混ぜ合わせたり、自由に塗り重ねたりといった芸当が可能になる。そうしたデジタル制作の自由度の高さに有田氏は惹かれたのだという。

現在、有田氏が使用しているのはワコムの16インチの液タブ。これを4K・43インチのディスプレイに接続して制作しているという。

43インチは個人ユースとしては最大規模のディスプレイだが、ここまで大きいとズームイン・ズームアウトしなくてもディテールまで確認できるのが気に入っているそうだ。

セミナーでは視聴者からの質問も寄せられた。

まず、コンセプトアーティストを志望している学生から、「就活で企業にアピールするにはどんなポートフォリオを作ればいいか」という質問が。

これについて有田氏は、「すごくきれいな空や雲のイラストは人気があるが、コンセプトアーティストは必ずしもそうしたイラストだけを描くのではなく、作品のための舞台を用意することが求められる。だから、壮大な美しい景色だけでなく、たとえば建物だったら別の文化圏の建物、あるいは昭和初期など、現代とはスケール感の異なる建物を入れておくといいのでは」とアドバイスを送った。

配信の後半では、有田氏が普段使用しているスケッチブックと画材も紹介。ポケットに入るサイズのスケッチブックには、メイク用のトレーと薄型のステンレスケースを活用してDIYで作ったパレットをクリップで接着し、絵の具用として使用しているという。

  • 有田氏のDIYパレット

また、吸湿シートで筆を洗えるようにするなど、水彩絵の具を活用してスケッチを行うための独自のアイデアを披露していた。

PhotoshopやSAIなどを活用した具体的にイラスト制作のテクニックに加えて、技術力を向上させるための心構えや、スケッチ用のツールなど、イラスト制作者にとって多くの学びがあった今回のイラスト講座。

セミナーの様子はアーカイブでも配信されているので、ぜひチェックしてみてほしい。