マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、日米の金融政策について解説していただきます。
米ドル/円が144円台を示現、ユーロ/円が15年ぶりに160円に接近するなど、円安が進行しています。神田財務官は6月26日、円安の進行について、相場動向を「高い緊張感をもって注視する」、「足もとは急速で一方的だとみられる。行き過ぎた動きには適切に対応したい」などと述べ、「(介入も含めて)あらゆるオプションを排除しない」との認識を示しました。それらの発言は為替介入の準備を始めているサインと受け取るべきでしょう。
22年9-10月の経験
政府・日銀は昨年9-10月に3度の円買い米ドル売りの為替介入を行いました。当時を振り返っておきましょう。
- 9月14日:日銀によるレートチェック(※)(当日高安:144.96円⇒142.55円)
- 9月22日:2.8兆円の円買い介入(同上:145.90円⇒140.36円)
- 10月21日:5.6兆円の円買い介入(同上:151.95円⇒146.23円)
- 10月24日:0.7兆円の円買い介入(同上:149.71円⇒145.56円)
(※)為替ディーラーに実際の取引における相場水準を尋ねること。一般に、為替介入の準備段階だと解釈される。
結果からみれば、レートチェックによる円安けん制や第1回目の介入はわずか1日の効果しかありませんでした。2回目の介入は1回目よりも6円上昇した水準で実施され、過去最大規模でした。週明けに2営業日連続での3回目の介入が入ったこともあって、米ドル/円はようやくピークアウトしました。
米ドル/円下落の背景に11月の「CPIショック」
もっとも、米ドル/円が大きく下落したのは、11月10日発表の米CPI(消費者物価指数)が市場予想を下回り、FRBの追加利上げの観測が後退した場面でした。為替介入によってスピードを調整すること(スムージングオペ)はできても、トレンドの転換には経済ファンダメンタルズの変化が必要ということかもしれません。
98年の経験
昨年9月の円買い介入は98年以来24年ぶりでした。24年前は、97年12月、98年4月、そして6月に円買い介入が実施されました。それぞれ介入直後には6-8円の円高になりましたが、すぐに円安のトレンドが再開しました。
ロシア・デフォルト、LTCM破たん、米利下げ
米ドル/円のトレンドが大きく変わったのは、ロシアのデフォルト(債務不履行)やその煽りをうけた米大手ヘッジファンドLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)の破たんを経て、当時隆盛だった円キャリートレードが大きく巻き戻されたためでした。投資家のリスク回避が強まり、景気への懸念から米FRB(中央銀行)が緊急利下げに踏み切ったことも、米ドル/円の下落に拍車をかけました。やはり、経済ファンダメンタルズの変化が米ドル/円のトレンドを転換させたと言えるでしょう。
今回は為替介入があるのか
(註:本稿は30日正午現在、介入が実施されていない状況で執筆しています)昨年8—10月に比べて、今回の方が円安進行のスピードはゆっくりしています。ただ、130円程度から上昇が始まって145円に接近しているという状況は当時とよく似ています。昨年の3回の介入があった145円~150円のレンジでは介入を警戒する必要がありそうです。
日米金融政策の方向転換を待つか
ただ、当時と今回では、日米の金融政策の方向性に差があります。当時は、FRBが大幅な利上げ(0.75%幅)を続け、日銀が大規模緩和を継続する、その結果、日米金利差が急速に拡大していることが相場の大前提でした。足もとでは、FRBの打ち止めが接近しているとみられ、日銀も大規模緩和、とりわけYCC(イールドカーブ・コントロール)を修正する可能性があります。したがって、早晩、金融政策が方向転換し、米ドル/円は下落基調になるかもしれません。本邦当局はそうした経済ファンダメンタルズの変化を待とうとするかもしれません。ただ、足もとの円安がスピードを速めるならば、介入が現実味を帯びるでしょう。