アフリカは日本製品を求めている
アフリカの農業というと、どのような光景を思い浮かべるだろうか。どこまでも続く草原に広がる大農園を想像する人もいるかもしれないが、そうした光景はむしろまれだ。国によって異なるものの、耕地面積が1ヘクタールにも満たない小規模農家も多い。その意味では、日本の農業とかなり似ているのかもしれない。
一方で日本との差異も大きい。たとえばアフリカでは手作業による前近代的な農業が主だ。電気やガソリンで駆動する機械を全く使用せず、ご近所の人が総出で作物を収穫する光景もある。農業を取り巻くマクロな話で言っても、たとえば人口は急激に増加し続けているほか人口ピラミッドは奇麗な三角形を描いていて、少子高齢化とは無縁の国も多い。
日本の農機メーカーにとって、アフリカは大変魅力的な市場であるように思う。実際に、アフリカ進出を目指す日本企業は多い。アフリカ側も、農業の機械化を強く望む人々が足元で大勢いるのみならず、技術移転の観点からも日本企業の進出を待ちわびている様子がうかがえる。
そこで、JICA(独立行政法人国際協力機構)が主催する「共創セミナー(Agriculture Co-creation Seminar)」に参加し、アフリカ進出を狙う日本企業やアフリカの政府関係者・普及員に取材した。共創セミナーの開催は今回が5回目で、過去最大規模の総勢113人が参加。日本企業7社(※1)が自社の製品やサービスを紹介するブースを出展し、それをアフリカ各国から農業関連の研修生または留学生として来日したJICA研修員55人と民間企業や研究機関のオブザーバーが巡った。このほか農業機械化に関わるアフリカ5カ国(※2)の政府高官及び産業界代表らも参加した。同セミナーで得た知見をもとに、アフリカ進出がもたらすメリットや、アフリカで事業展開を行うためのステップについて、アフリカの人々の声もふまえつつ解説する。
※1 株式会社ケツト科学研究所、株式会社マーケットエンタープライズ、カンリウ工業株式会社、小泉製麻株式会社、日本甜菜(てんさい)製糖株式会社、メビオール株式会社、ヤンマーアグリ株式会社。
※2 JICAが推進している「日・アフリカ農業イノベーションセンター(AFICAT)」の重点国であるコートジボワール、ガーナ、ケニア、ナイジェリア、タンザニア。
アフリカに進出すべき3つの理由
農業に関して、アフリカと日本は相思相愛の関係にあると言っても過言ではない。アフリカ各国は最新の日本製品を求め、日本企業は新たな市場を求めている。日本市場での伸び悩みを感じている農機メーカーにとって、アフリカ市場は新たな天地となるかもしれない。
価格は重要だが、購買力は確かにある
アフリカは購買力が乏しく、日本製品は売れないのではないか……そのように考える人も多いだろう。実際、日本製品の多くは、高機能を求める日本市場に最適化する形で発展してきた。品質も値段も高い傾向にある。ある出展企業の製品に興味を示していたウガンダ人の参加者によれば、「半額ぐらいまでディスカウントしてもらえないと検討すら難しい」とのことだった。
しかし、アフリカには需要がないと断定するのは少し待ってほしい。値段が高くなりがちな日本製品にも商機があることを、本セミナーを通して実感した。その鍵は、アフリカにおける農業の独自性にあると考えられる。
たとえばヤンマーアグリ株式会社のブースを訪れたナイジェリアからの参加者は農業機械に興味を示し、プレゼンテーションを行っていた担当者をつかまえて、製品の詳細を熱心に尋ねていた。ヤンマーアグリが実演していたのは自動運転農機シリーズの田植機であり、省力化や効率化に貢献することは明らかではあるものの、ナイジェリアの農家にとって価格は決して安くはない。にもかかわらず熱心に話を聞いている同参加者の姿は、正直なところ筆者にとって予想外だった。
そこで、そのナイジェリア人の参加者に価格面での懸念を率直にぶつけたところ、「確かに、ナイジェリアで普及している機械に比べれば高いが、コミュニティーでお金を出し合えば手が出ない金額ではない」と言う。コミュニティーの中には高齢者や障害を持っている人もいることから、同社の最新テクノロジーに大きな期待を寄せているそうだ。
この辺りにアフリカ農業の事情がある。アフリカでは一般に農村内でのつながりが強く、「数軒・数十軒の農家が共同で機材を購入することは珍しくない」(同ナイジェリア人参加者)。これを「助け合い」というと美辞麗句が過ぎるかもしれないが、サブサハラ・アフリカと呼ばれるサハラ砂漠以南の地域における農村住民の相互のつながりの強さは、開発経済学や社会学で以前から指摘されてきた。
確かに、農家1軒あたりで見れば購買力は低いかもしれない。しかし共同購入が当たり前に行われているという性質を鑑みると、もちろん売り方に工夫は必要だとしても勝ち目は十分にあると感じた。
機械化のニーズは極めて高い
アフリカでは、農機具を使わず、ひたすら手作業で進めることも多い。原始的な手法を用いて、我慢強く作物を育てている。印象的だったのが、あるマラウイ人の参加者の話だ。育苗したポットを植える手押しの移植器を展示していた日本甜菜製糖株式会社のプレゼンテーションを受けて、「野菜の苗を容器で育てるという発想すらない農家も多い。そうした農家は、種を直まきするか、買ってきた苗を植えている」と話していた。
あるいは機械を利用している場合でも、最新のものに比べると性能で劣ることも多いようだ。前述の簡易移植器を体験したナミビア人の参加者は、「ナミビアには、類似製品がないわけではない。しかし、こんなにスムーズに動くことにはすごく驚いた」と話してくれた。
一般に、日本企業がアフリカ市場で戦う際には、欧米・中国企業との激しい競争に勝ち抜かなければならないと言われる。しかし農業分野に関して言えば製品の普及がそもそも進んでいない現状が見られ、競争激化の次元にすら達していない地域も多い印象を受けた。共創セミナーを通して、農業はブルーオーシャンに近い領域だと感じた。
「日本製品」が持つ強み
アフリカの街にはトヨタの自動車やホンダのバイクなどがたくさん走っている。ソニーのテレビを持つことは、ある種のステータスだ。日本製品についての評判を聞くと、アフリカの人々は品質が高いと口をそろえて言う。先人たちが築き上げたブランド力や実際の品質の高さは、ビジネスを行う上で有利に働くことだろう。農業分野に関して言えば、以下の2点で日本製品に優位性があると感じた。
1つ目は、耐久性への信頼感である。農業分野において、日本製品ならではの品質の高さとは具体的に何を指すのだろうか。レソト人の参加者に聞いたところ、「耐久性」という答えが返ってきた。
考えてみれば、前述したマラウイ人の参加者の話にあったように、畑に植物の種を1粒ずつ手で直まきして収穫も全て手作業で行うような地域で、新しい機械を導入するハードルは極めて高い。せっかく入れるのであれば少しでも長い間使いたいというのは当然の心理だろう。その点、信頼度の高い日本製品に勝ち目は十分あるように感じた。
2つ目は、日本とアフリカの共通性だ。日本で農業研修を受けているウガンダ人の参加者と話していたところ、「アフリカと日本の農業は、どちらも小規模なものが多い。だから日本市場向けの農業機械はアフリカでも使いやすいと思う」と語ってくれた。
もちろん地域や作物によっては大規模農園も存在するが、アフリカでは1ヘクタール以下の小規模な圃場(ほじょう)での生産も盛んだ。これは、小規模農家に向けたソリューションも広く展開してきた日本企業にとって、非常に大きなビジネスチャンスである。
アフリカ進出へのステップ
アフリカという魅力的な市場に向けて、日本企業は何から始めればよいのだろうか。遠く離れたアフリカへの第一歩を考える。
どの国に進出するのか?
大前提として、アフリカ大陸は広大だ。レソト人の参加者によれば同国の農園では雪が降るので降雪対策が必要となるが、その話を聞いたナイジェリア人の参加者は「信じられない」と驚いていた。アフリカ大陸は、赤道を挟み南北に大きな広がりを見せ、熱帯気候から砂漠気候まで幅広い多様性がある。現実的には、まずはどこか1カ国に狙いを定めて進出するパターンが多いだろう。
進出国の選定に当たっては、物流まわりのコストが1つの大きな課題となる。インフラが整備されていない地域も多く、積み下ろし港から農家の手に渡るまでにどれくらいの距離があるのか、国境をいくつ越えるのかなどが重大な問題となりうる。東アフリカの主要港であるモンバサがあるケニアや、南の主要港ダーバンとポートエリザベスのある南アフリカに拠点を置く企業は多い。
もちろん武力紛争に代表されるようなカントリーリスクについても考えないわけにはいかない。また、英語でのビジネス環境が整っている国は多いが、西アフリカ地域などにはフランス語が広く話されている国もある。さまざまな要素を考慮しながら、進出先の検討を進めていきたい。
誰に売るのか?
共創セミナーを通して、最も多かった質問の1つが「その機械は他の作物にも使えるのか?」といったものだった。米の脱穀機を展示していたカンリウ工業株式会社では「豆にも使えるのか?」と聞き、稲作向けの農機具を展示していたヤンマーアグリでは「メイズ(トウモロコシ)は植えられるのか?」と聞く。
アフリカの人々は、いろいろな作物に使い回せるかどうかを重要視している様子だ。これは前述した通りアフリカ市場の購買力は弱く、場合によっては数十軒の農家が共同で購入することもあるためだろう。ヤンマーアグリの展示会場では、複数の国の政府関係者が集まって電卓を熱心に叩いていた。その集団では、「あの機材にキャッサバ用のアタッチメントを付けたらいくらになるのか」という計算が行われていた。その際、「with all components(全て含めた状態)」でいくらかという会話がなされていたことが印象的だ。他作物にも使い回すための非公式なアタッチメントも含めた総額で機械の価格を見ている点は、非常に興味深かった。
もちろん、コメやトウモロコシといった単一の作物専用の機械が売れないわけではないが、その分だけ価格もシビアに見られることになる。単に多機能化すればよいわけではないものの、現地のニーズを敏感にくみ取って製品ポートフォリオ(組み合わせ)を柔軟に構築することは求められているといえる。
信頼できるビジネスパートナーはいるか?
耐久性の高さに期待を寄せる一方で、日本企業が提供するアフターケアに大きな懸念を抱いていることも感じた。耐久性の高さは確かに大事だが、修理はしやすいか、修理の部品は手に入るのかといったことも同じく大事だ。モノだけでなく、サービスも評価の対象になっている。
鍵となるのが、ビジネスパートナーの存在である。「売って終わり」では、現地の人たちに喜んでもらうことはできない。現地に支店を設置することは難しくても、アフターフォローまでを請け負ってくれるステークホルダーを見つけることは必要となるだろう。信頼できるパートナーと契約を結び、関係を維持することは決して低いコストではないが、そうした覚悟はどうしても必要となってくる。
日本企業のアフリカ進出をJICAが後押し
共創セミナーを主催するJICA筑波の次長、柴田和直(しばた・かずなお)さんは共創セミナーの意義について「日本の民間企業の関係者が日本にいながらアフリカの行政官とつながれる場」と説明する。実際これまでの5回の共創セミナーにはのべ37社が参加、日本企業にとってはアフリカの農政関係者や農業の技術者など農業現場に携わる人の声を聞く貴重な機会になっている。
JICA筑波は、「世界への想いがつながり、実る場所」というスローガンの下、アフリカ諸国への技術支援に加えて、民間企業のアフリカ進出の応援にも力をいれてきた。柴田さんは、「かつてアフリカにおいては日本企業の存在感が強かったものの、近年は他国に押され気味です」としつつ、「一方で日本の技術は高く評価されており、現地の方々にとって十分に役に立つものだとも考えています。JICAとしては日本企業の進出をできる限り支援させていただきます」と話してくれた。
ビジネスパートナーは日本にいながらでも探せる。最終的には現地の視察は必要だろうが、日本国内でもアフリカの人々とのビジネスマッチングの機会は意外と多くあるものだ。今回の共創セミナーのような機会を生かして、アフリカ大陸に向けて歩みを進めていきたい。