■中村哲也さんプロフィール

有機米デザイン株式会社取締役。宮城県仙台市出身。1997年、日産自動車に入社。コーポレート戦略、先行プラットフォーム開発、製品開発本部などで活躍。同社在籍中に山梨県で稲作を開始、2012年に有志メンバーによる「アイガモロボ」制作プロジェクトを立ち上げる。2019年に日産自動車を退社し、東京農工大学発ベンチャー企業として有機米デザインを設立、取締役に就任。

アイガモロボとは

アイガモロボは、有機米デザイン株式会社が開発した自走式の抑草ロボット。スクリューの回転により水田の水を濁らせ、光合成をしにくい環境を作ることで雑草の発生を抑える仕組みだ。動力源は太陽光エネルギーであり、GPSで位置を確認しながら自動で作業をし続ける。除草にかかる労力が大幅に削減できるとして、有機農家を中心に注目を集めてきた。3年間の実証実験を経て、2023年1月に販売が開始された。

実証実験では、これまでに全国34都府県で200台以上のアイガモロボが稼働。アイガモロボを正常に動作させるには、田んぼの均平化、水の適切な管理、本葉3葉ほどの元気な苗などの前提条件が必要となるが、これらをクリアしているほとんどの圃場(ほじょう)では、十分な抑草効果が確認されている。

ソーラーパネルで自動走行を続けるアイガモロボ

田んぼが均平になっていなかった圃場や、アイガモロボが不具合で動かなくなったといったエラーを除くと、ほとんどの実験圃場で雑草が減っただけではなく、米の収量が増えたとするデータも得られている。現在、中村さんは農研機構と協力して、過去2年間の統計から得られた成果を論文にまとめているという。

まだ販売が開始されたばかりのアイガモロボだが、生産現場では従来の機能を応用して活用する動きもみられている。こうした生産者の工夫を参考に、有機米デザインではアイガモロボの新たな活用法について調査を始めている。応用事例を二つ紹介したい。

応用事例① 2枚の圃場で交互に使えるか

基本的に、現状のアイガモロボは田んぼ1枚に1台という仕様になっている。1枚の田んぼは30~70アールが適切な面積だ。
しかし、中には30アールに満たない狭い圃場が並んでいるケースもある。20アール程度の圃場では、アイガモロボのスペックが過剰になってしまう。

そこで、隣り合う狭小な圃場で、アイガモロボ1台を交互に入れ替えて使用できないかという調査を開始した。

「交互に入れた方が効率がいいという話は、以前から現場から聞こえていました。しかし、販売前の実証実験では、開発中だったロボットの不具合や抑草効果そのものを見る目的ということもあって、二つの圃場で入れ替えるまでの手間をかけることができませんでした。2023年1月に販売が開始されてからは、早速購入された方の中に、アイガモロボの効率的な使い方を主体的に試される方が出てきました。午前と午後、あるいは一日置きに入れ替えて実験をしたら、うまくいったというお話も出てきているので、これから研究に必要なデータを集めていく方針です」(中村さん)

田んぼ1枚にアイガモロボ1台が基本

今後、西日本農業研究センターが中心となってデータを収集し、アイガモロボのメーカーである井関農機と有機米デザインの3社で抑草効果の共同研究を行っていく。

田植えから3週間後のアイガモロボを引き上げる時と、田植えから約2カ月後の幼穂形成期に雑草量を測定し、抑草効果の基準値と照らし合わせて判断する。すでに西日本農業研究センターの試験圃場で行われた実証実験では、圃場2枚に交互に投入することで抑草の効果が確認されているという。

応用事例② レンコン畑でも使えるか

アイガモロボは、もともと水田における雑草の発生を抑えることを想定して開発された。それならば、水田と同じように水を張るレンコン畑にも応用できるのではないかとの声が以前から出ていた。レンコン畑においても、有機栽培をしている生産者にとって、除草作業は大きな負担だったのである。

水田用に開発されたアイガモロボの次の課題として、以前から声の上がっていたレンコン畑での応用実験を始めている。

ロボット開発者である中村さんによれば、水田との違いという観点で、レンコン畑にはロボットを動かしやすい面と動かしにくい面があるという。

動かしやすい面として、レンコン畑は水田と比べて水深が十分にあることが挙げられる。
「レンコン農家さんからは、かえって深すぎて使えないのではと懸念する声もありましたが、そこは全く問題ありません。深いところでも対応できるように、スクリューの高さを上下させられるように作っていたので、十分対応できました」(中村さん)

水管理の点では、むしろ田んぼよりもレンコン畑のほうが一定の深さを維持しやすいためアイガモロボを動かしやすい、と中村さんは言う。

また、レンコンの栽培期間は、3月に始まり夏頃まで続く。田んぼに水を張る5~6月は期間が重なるものの、その他の期間ではアイガモロボの使い回しができる。稲作との併用でロボットを効率的に活用できる点でもメリットがあるようだ。

一方、動かしにくい点としては圃場の均平化がある。圃場を平らにするのが基本である田んぼとは違って、レンコン畑では平らにする作業が重視されていない。アイガモロボは圃場がでこぼこだと、水の濁り方にばらつきが出て、十分な抑草効果が発揮できない。そのため、レンコン畑では圃場を均平にすることを意識する必要がある。

「水を張った圃場で抑草するという基本的な機能自体は同じなので、均平にすることだけ整えられれば、自動運転のプログラムを変える程度で十分応用できると考えています」(中村さん)

除草剤を使わずに除草することの大変さ

大学卒業後は自動車メーカーの開発者として働いていた中村さん。2011年3月の東日本大震災は東京で経験した。震災直後は買い占めや物流機能のストップなどにより、被災地から距離のある東京でも食料が手に入りにくい事態が起きた。

「今後、もし首都直下型地震や富士山の噴火など、不測の事態が起きた時のことを考えると、自分で食料を作れるように備えておく必要があると思いました」
危機感を持った中村さんは、庭で野菜を育てたり、山梨県の田んぼに通ったりなどして、自身で食べ物を作り始めた。物流がストップして農薬が手に入らない事態も想定して、農薬を使用せずに栽培する方法を模索した。

除草剤を使わずにコメ作りを始めたものの、除草作業がいかに大変かを知った。そんな時、地元の農家から「自動車を作れるぐらいなら、何か除草できる機械を作れるのではないか」と言われた。アイガモロボ開発はそこから始まったのである。

アイガモロボという名称からアイガモ農法がモデルになっていると想像されがちだが、それはあくまで抑草の仕組みの一つにすぎないという。地域のベテラン農家の面々に昔から行われていた雑草対策について話を聞き、アイガモの他にもコイやフナを入れるといった方法があることを知った。カブトエビがいると草が生えないという話もあった。

除草剤がなかった時代の除草方法を調べた結果、その共通点は水を濁らせることであると、中村さんは気が付いた。「水を濁らせることなら、ロボットでもできる」。こうして中村さんはアイガモロボの試作品開発に着手していった。

日本の有機農地拡大に向けて

開発当初は有機農家からの期待が大きかったが、近年は慣行栽培をしている農家からの需要も増えてきているという。

「ここ1、2年は米価が1俵1万円前後になっています。生産原価を考えると、1万2000円あたりを下回ると、いくら作っても赤字になってしまいます。一方で、有機栽培のお米は、慣行栽培のお米の倍近くの価格で取引されています。コメ農家さんにとっては、有機にして販売単価を上げていかなければ、農業そのものを続けていけない状況になってきているようです」(中村さん)

農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略」も後押しとなっている。
2050年までに国内の有機農地を25%にするという目標が掲げられ、その実現を目的にした補助事業も近年増えている。

地域のJAが中心となる協議会などが、補助金を活用してアイガモロボを導入するケースも多いと中村さんは語る。

雑草対策を目的に開発を進めてきたアイガモロボだが、実証実験を行う中で、環境改善にも役立つ副次的効果があることにも気が付いたという。農業生態学を専門とする山形大学農学部准教授の佐藤智(さとう・さとる)さんの見解を引き合いに、中村さんは次のように語った。

「西表島はジャンボタニシの食害がひどいエリアなのですが、アイガモロボを導入すると、被害が軽減される効果が見られました。一日中動き続けるアイガモロボのおかげで、イネにのぼるジャンボタニシが払い落とされるのです。また、生物多様性にも効果が見られました。スクリューによって泥がかき回されることで直射日光が遮られ、生物が生きやすい環境が作られるようです」

アイガモロボを入れずジャンボタニシの食害にあった圃場

佐藤さんによれば、アイガモロボを入れた圃場では、ロボを入れていない圃場と比べてジャンボタニシによる食害が40%程度減ったという。また、継続的なデータ収集が必要ではあるが、多種多様な生物も40%ほど増え、生態系に良い影響が出ている可能性があるという調査結果も得られた。

ジャンボタニシの駆除に使われる農薬は魚毒性が強く、環境への負荷が大きい。アイガモロボは、除草剤を使わずに雑草の抑制をできるだけでなく、農薬を使わずにジャンボタニシの被害を防ぐこともできるということだ。

アイガモロボを入れ雑草もジャンボタニシの食害もない圃場を喜ぶ農家さん

もともとは中村さんが自分の食料を確保する目的で開発を始めたアイガモロボだが、製品化が進む中で、環境問題への新たなソリューションとしても注目されつつある。

昨今は農薬による環境負荷の低減や、下がり続ける米価などが、差し迫った課題として急速に意識されつつある。しかし、こうした課題は、必ずしも一般にまで浸透していないと中村さんは指摘する。

「有機に向けた取り組みは、社会全体で進めなければ、成り立たない時代になりつつあります。しかし一方で、そのことを意識せず、これまでと同じやり方を続けようとする人たちも多くいます。私は、そういう課題に気づいてしまった者としての使命といいますか、課題に対するソリューションを普及させていかなければならないと思っています」

常に一歩先にある社会課題を見据えてきた中村さん。これからもアイガモロボが持つ可能性を考え、ますます進化させていくことだろう。