高エネルギーの陽子同士の衝突では、中性パイ中間子などの粒子が多く発生し、中性パイ中間子は発生直後に2個の光子に崩壊する。この崩壊光子は直接光子の何倍もあり、ノイズになることから、直接光子の信号を崩壊光子の雑音と分離する必要があるとする。

そのため、まずは光子の中で中性パイ中間子の崩壊が起源とわかるものが取り除かれた。次に、崩壊光子の近くにはほかの粒子が発生していることが多いのに対して、直接光子の周囲にはほかの粒子があまり発生せずに孤立しているという違いを利用し、前者が取り除かれた。このようにして直接光子の占める割合を高め、さらに残された崩壊光子の影響が補正された。

この実験のポイントは、検出器の性能だという。PHENIX実験では、6×12のモジュールで構成され、1つのモジュールはさらに12×12に細分化されているという、これまでで最も細分化された電磁カロリメータが用いられた。1万個以上に細分化された検出器の1つの眼が見込む角度は約0.6度と非常に狭く、これにより崩壊光子のノイズを十分に除去できる性能が達成されたとする。

  • PHENIX実験で用いられた、これまでで最も高い性能を有するという電磁カロリメータ。

    PHENIX実験で用いられた、これまでで最も高い性能を有するという電磁カロリメータ。(出所:理研Webサイト)

そして測定の結果、生成された直接光子の大部分は正の非対称度(スピンの向きグルーオンと陽子で同じ)を持つことが明らかにされた。直接光子が負の非対称度(スピンの向きグルーオンと陽子で反対)を持つ可能性は、0.3%以下と非常に低いことも確認されたという。つまり、実験データはグルーオン・スピンの向きが陽子スピンと同じ向きであることを決定的に支持する結果だったとした。

  • 測定された直接光子の生成数の非対称度と理論計算の比較。赤丸は、PHENIX実験における直接光子の生成数の非対称度d。赤丸の縦方向のバーは統計的誤差。帯のついた3つの線(青、黄、緑)は理論計算による予想で、帯の幅はその不確定度。赤丸の大部分は正の非対称度を持つことから、スピンの向きがグルーオンと陽子で同じであることが支持された。

    測定された直接光子の生成数の非対称度と理論計算の比較。赤丸は、PHENIX実験における直接光子の生成数の非対称度d。赤丸の縦方向のバーは統計的誤差。帯のついた3つの線(青、黄、緑)は理論計算による予想で、帯の幅はその不確定度。赤丸の大部分は正の非対称度を持つことから、スピンの向きがグルーオンと陽子で同じであることが支持された。(出所:理研Webサイト)

今後、米国原子核物理領域の次期大型計画の下、BNLに建設される電子・イオン衝突型(EIC)加速器により、陽子内部のグルーオン・スピンの向きはさらに精密測定できるようになるという。このEIC加速器では、陽子内部のクォークおよびグルーオンの軌道角運動量の測定も行われ、陽子のスピンの起源に対して決定的な結果が得られるものと予想されている。

研究チームは、陽子スピンは量子科学の基礎研究から応用まで広く用いられるプローブであり、その起源であるグルーオン・スピンの研究成果は量子科学の発展に大きく寄与するものと期待できるとしている。