■井上能孝さんプロフィール
株式会社ファーマン代表取締役 2001年に山梨県北杜市に移住し独立。有機野菜の栽培・加工から廃校を活用したボルダリングジムの運営など、活動は多岐にわたる。日本テレビ「有吉ゼミ」の人気コーナー「工藤阿須加の楽しい農業生活」での栽培指導もその一つ。農林水産業全体を視野に入れた事業を展開している。 |
■横山拓哉さんプロフィール
株式会社マイナビ 地域活性CSV事業部 事業部長 2007年にマイナビへ入社し、地域創生部門、法人向け社宅サービス部門などにおいて、数多くの企画・サービスの立ち上げを経験。現在は「マイナビ農業」を運営する農業活性事業統括部にて「農とつながる、農をつないでいく」を身上に、農業振興に寄与すべく奔走している。 |
地域を代表するオーガニックファーム
横山:井上さんは山梨県北杜市を代表する農家として、有機栽培や販売・加工など幅広く活躍されています。でも山梨にゆかりがあったわけではないのですよね。
井上:埼玉県所沢市の出身で、2001年に移住就農しました。北杜市は3000m近い山々があって冷涼で爽やかな風が吹く、外国のような景観。その、良い意味で日本っぽくない農村の風景を見て「ここだ!」と即決しましたね。
横山:私もお邪魔したので、景観のイメージがよく分かります。
井上:そこから現在は、タマネギやニンニクを主に、季節に応じてジャガイモやスイートコーンなど、年間30~40品目を栽培しています。農業以外では、農業観光や農業体験、農福連携などの副次的な活動も行っています。
横山:井上さんの「八ヶ岳有機生とうもろこし」は絶品だと評判ですね。
「SDGsって何?」に答えられるか
井上:今日の対談テーマは「SDGs」。旬の話題ですよね。ただ感じるのは、SDGsといった言葉を、昔から自然と向き合ってきた人たちにどう説明するかということ。正直、「何を今さら」という気持ちはあるんですよ。
横山:私の祖父母も北海道の農家で、今80代ですが、農業を続けています。
井上:横山さんならおじいさん、おばあさんに「SDGsって何?」と聞かれたら、どう答えますか?
横山:祖父母のまわりの農家も高齢化が進んでいますが、耕作放棄地にしないために皆さんが今あるものを守ろうとしています。それは無意識だとしてもSDGsへの取り組みだと思います。ですから、もし「SDGsって何?」と聞かれたら「じいちゃん、ばあちゃんが普段やってることだよ」と答えます。農家の、無意識の日々の生活こそSDGs(の取り組み)だと思っています。
井上:本当にその通りだと思います。おじいさん、おばあさんからすると「当たり前のことを、なぜみんな今さら騒ぐんだ」と思うはずですよね。同じように、子供たちも疑問に思うはずです。そこに対して自分なりの回答を用意しておかなければならない。自然と向き合うことから経済活動は作られていますし、その自然を守ることは自分たちの生活を守ることに直結します。だからこそ持続性のある社会を作ることは大切。そのことを、一次産業従事者はすべからく感じていると思います。
環境課題は儲かるのか
横山:続いて農業と環境問題に関する可能性について伺います。井上さんは、皇居の濠(ほり)に生えた水草を活用した取り組みにも参加していると伺いました。
井上:三菱地所さんが以前から取り組んでいる「濠プロジェクト」の一環で、濠に大量発生して景観を乱したり、生態系を崩す可能性のあった、ヒシ(菱)をたい肥にするという取り組みです。1年で取り扱う菱の量は、大型のダンプカー3台分にもなります。
横山:結構な量ですね。
井上:これを単純に、化石燃料を用いて焼却処分するとコストがかかります。どうにか資源として活用できないかということで、2019年から、北杜市の農家の所に持ってきていただいて、たい肥にして活用し、できた農産物を今度は三菱地
所さんに納品するという、都市部と地方で、大きな循環サイクルを生むような取り組みを始めました。“環境から考える新たな農業ビジネス”ですし、こうした取り組みはこれから全国で広まっていくと僕は考えています。
横山:本来は燃やすだけでCO2も出てしまう。それをせず、たい肥にする。そして野菜を作る。さらにそこで終わりではなく、食べられるまでの一連の流れが奇麗ですよね。
井上:循環サイクルが奇麗で分かりやすいことは重要ですね。ただ、やはり中身が伴わないと薄っぺらく見えてしまいます。僕らからは「ちゃんと実のあることをやりたい」と言っていますし、三菱地所さんは「作っていただいた農産物は一つも無駄にしたくない」と言ってくださっています。そうした合意がとれていることが、実は一番重要な部分かなと思いますね。
横山:今回はヒシが出発点ですが、今まで廃棄されてきた他のものでも、ビジネスとして収入につながるケースはあり得ますか?
井上:有効活用できるものはまだあると思いますよ。都市部の企業と地方の農家が、さらにタッグを組み合うことが大事だと思います。こうした農家の事例をきっかけに、SDGsに取り組む企業が地方の農家に関心をもってくれる機会になると嬉しいですね。
横山:今回の取り組みは良いモデルケースの一つかと思いますし、多くの方に知ってもらいたいですね。また、持続可能な取り組みにするためにも、双方、長期的な施策として合意できる相手を見極めることも重要だと感じました。
30年後のために、若手農家ができること
横山:そうして持続していくと、市や町などの地域ぐるみの大きな活動になっていくと思います。例えば30年たった時に、井上さんご自身はどんな活動をして、どんな地域ができていると思いますか。
井上:この先も農業を続けていたいと今は強く感じています。ただ、来年、再来年にどのような気持ちかは全くわかりませんし、市町村の30年後の姿もまったく予測がつきません。ただ「こうあってもらいたい」という願望はあります。
横山:どんなものでしょうか。
井上:北杜市でいえば、今と同じか、それ以上に自然環境が豊かで、そこでなりわいを持って生活する人たちが自然と共生し、北杜市の素晴らしさを享受しながら、笑っていられる未来であったらいいですね。
経済と自然環境の両輪をバランスよく回す中で、次世代の人たちが別の考え方を打ち出すなら、それでいいと僕は思っています。大切なのは、次世代の人たちの選択肢を、今の僕らができるだけ多く作っておくことだと思います。
自然は1回壊してしまうと、復活させるのはとても大変ですから。人口減少の中で、極論をいえば50年後には無くなる自治体もあるかもしれません。そこも含めて選択をしていかなければならない時は来ます。
横山:限られたことしかできないかもしれませんが、しっかりと次にバトンをつないでいく。そのバトンを受け取るかどうかは次世代が選択する。その時に「僕らは少しでも貢献した」と思える活動をしたいですね。
井上:いいですね。次世代の人たちにとって、いろんな選択肢があるような世の中にしていきたいと強く感じますね。