■山中祐一郎さんプロフィール
1972年栃木県生まれ。大学卒業後イギリスに渡り建築を学ぶ。20代には古代文明の地など世界を放浪した経験も持つ。帰国後、建築やデザインの世界で領域をまたいだ「時空間デザイン」の活動を展開。世界的な賞も受賞している。2016年に株式会社PROPELaを設立。2019年、アグリテックのビジネスコンテストDEEP VALLEY Agritech Award 2019で最優秀賞を受賞。 |
農業の物流の「リフォーム」に挑む
──山中さんはもともと建築やデザインのお仕事をしていたそうですね。
農業や地方の暮らしにはもともと関心があり、ログハウスメーカーとともに自然に親しむ生活や、田舎暮らしの良さをアピールする活動などもしてきました。
そんな中、建築では木材の地産地消が自分のテーマの一つでした。かつて全て国内で調達していた木材も、今では6割を輸入している状況です。国内に森林資源は十分にあるのに、輸入した方が安いという理由で使いにくくなったんです。本来は、近くで取れる木で家を作ることが山のターンオーバーを促し、地場産業を活性化して地域経済を回していたのに、その循環が崩れてしまった。国産材が輸入材に負ける理由の一つは、伐採・製材する産地、加工工場の場所、建築現場の地理的連携が取れなくなって、物流コストがかさむようになったからなんです。近代化・合理化の果てに生まれてしまった非合理です。木材の地産地消を実現しようとすると、今ある商流や工法自体を考え直すところから始めなければならなくなります。だからこそ取り組む意義があるんですが、それは農業でも同様だと思います。
──なぜ農業の地産地消が必要だと考え始めたのですか?
自分自身が農業の課題に直面したのがきっかけです。
私の父の実家は栃木で代々続く農家だったんですが、父は銀行員になり、叔父(父の弟)が家業を継ぎました。2018年ごろ叔父が体を壊して離農することになり、一族の後継ぎ問題となったとき、私が継ぐべきかとも考えました。その時初めて農業の諸問題が“自分ごと”になったんです。愕然(がくぜん)としました。それまで耕作放棄地や後継者不足、食料自給率の低さなどの問題について知ってはいました。でも、自分の実家の問題に直面して初めて、このままでは日本の農業全体がまずいことになるんじゃないかと実感しました。
国策としては大規模化や合理化を進めている面もあると思いますが、日本には中山間地域の農地も多く、大規模化に向かないところもあります。そこに中小の農家がたくさんいて、土地に合うさまざまな作物を工夫しながら、こだわって作ってきました。だから、もっとこの国の実情に沿った方法を見いだして農業を持続可能なものにしたい。建築で地産地消に向き合ったように、農業の地産地消こそ考え直してみたい。そのためには自分が一農家になるよりも、建築家として、農業全体の問題を解決する方法を提案できないかと考え始めたんです。
──農業全体の問題を解決する方法として、地産地消に至ったのですね。でも、建築とはなかなかつながりにくいと感じるのですが……。
そもそも建築家は、構造の問題を取り扱う職業です。
それぞれの産業にはそれぞれの構造がありますよね。農業の場合、日本中に巡らされた巨大なツリー状の物流網があり、そこに日々大量にモノが流れることで産業を支えているということがわかります。私が建築家の視点で農業の産業構造を見たときに、この構造を“リフォーム”できないかと考えたんです。
現在の中央市場を中心としたサプライチェーンは、各産地から中央市場に農産物を集めて量を把握し、値段を決定して再分配するという仕組みです。この仕組みのおかげで、全国どこでもあらゆるものが同じような値段で買える。一方で、一度産地から出荷したものが3~4日後に産地に戻ってきて地元のスーパーに並ぶような還流も起こっています。つまり全体の合理性のために部分の非合理を許してきたわけですが、SDGsの時代に改めて考えてみれば、余計なコストやエネルギーをかけて、農作物の一番の価値である鮮度を失うという無駄を、毎日、多くの産地で繰り返していることに気づきます。しかもその壮大な負担を生産者に負わせているように私には見えるんです。
現状、環流したものもスーパーに並び、普通に消費されているわけですから、産地内にも需要があるということでしょう。ならば、先に産地内の需要を満たしてから余力分を中央に送るという形に順番を変えれば、それだけで還流部分がすべての産地でなくせるかもしれません。
つまり、これまでこの国を支えてきたサプライチェーンの構造を根幹から変えようというのではなく、その使う順番を見直そうということ。日本中の産地で「地産地消ファースト」が実現すれば、それこそ農業の物流構造のリフォームになると考えたわけです。
──なかなか大胆なリフォームですね。それを実現するための方法はあるのでしょうか。
現在の中央市場を中心とした物流の仕組みは、インターネットのなかった時代に生まれたものです。ですから、一度市場に現物を集めて総量を把握し値段を決定する必要があった。
でも今はインターネットがありますから、必ずしも物理的に農産物を集約する必要はないわけです。ネットを使ってリアルタイムに地域の生産情報と需要情報をマッチングすれば、地域の需要を満たす地産地消が可能になります。インターネットは時間と空間を超える、つまりタイミングと移動の制約をなくす道具であると同時に、車を運転中のナビゲーションのように「イマ・ココ」のリアルを結ぶ道具でもあるわけですから。これを私は「(マーケット)」というサービスで実現しようとしています。
直売所を中心とした地産地消のシステム
──山中さんは深谷市主催のDEEP VALLEY Agritech Award 2019で「地産地消をスマートにするWebサービス」を提案して最優秀賞を受賞し、その後も各地で実証実験に取り組んでいますね。
はい。深谷市や経済産業省の補助事業を通じて、地産地消のサービスを完成させるための知見を積み重ねてきました。最初はSNSを使って生産者と実需者の自由な発信をもとにマッチングしていたんですが、生産者の能動的な行動に頼ってしまう仕組みだったので、ビジネスとして事業化するのが難しかった。そこで別の方法を模索し始めました。
各地の直売所にヒアリングした時に初めて知ったのですが、直売所は明日店に何が並ぶか把握していないんです。直売所の商品は、その日の朝に持ち込まれたもので成り立っている。もちろん過去の経験から予測はできるんですが、正確ではない。直売所の担当者は「明日生産者さんが何を持ってくるかわかれば、売り場の工夫ができるんだけど」と課題を口にしていました。
そこで我々が考えたのが、地域のキープレーヤーである直売所を中心としたシステムです。直売所を地産Marketの主催者「マーケットオーナー」として、所属する農家さんたちには簡単なアプリを持ってもらいます。このアプリにはちょっとした工夫がされていて、明日何をどのくらい持ち込むかを常に共有できるようにしました。これで直売所は前日に何が入荷されるか把握可能になるわけです。
──これがなぜ地域の地産地消につながるのでしょうか?
この情報を直売所だけが見ているのはもったいないので、飲食店や食品加工場、給食センターといった恒常的に農産物の需要を持った地域の実需者に会員になってもらい、システム上でシェアすることにしたんです。つまり日々の生産情報を地域の資産として共有しようというのが我々の提案です。すると、こうした実需者たちから「明日その野菜があるなら欲しい!」と手を挙げてもらうことができ、出荷の前日にマッチングが成立します。
生産者は直売所に並べる分と一緒にこのマッチング成立分も合わせて直売所に持ち込み、あとは直売所が各実需者に配送するという仕組みです。生産者は商品としての梱包や配達も要らず、いつものルーティンの中で仕事をこなせばよいので、手間は増えません。
──確かに、地域の農産物が地域で使われる機会が増えそうですね。
まず、地域のキープレーヤーである直売所にメリットを出せる仕組みでなければ広がりません。直売所は店舗ビジネスですから、売り上げは店の面積や農家の数によって上限があり、そこから伸びていくことはなかなか難しいんですね。でも、この仕組みなら店の面積を変えずに外販で売り上げを伸ばしていくことができます。
また、我々は地産Marketとは別に、地域の農産物を地域の学校給食のニーズとマッチングする自治体向けのサービスも開発しています。「子供や孫が通っている学校の給食で使ってほしいけど、まとまった量を作っていない」という生産者も、このサービスを通じて少量でも学校給食に自分の野菜を出荷することが可能になる予定です。ごく近い将来こちらも具体化させて、地産Marketと併せ、地域の農業を強くする仕組みとして提供していく計画です。
農家の手取りが2倍に?
──農業が持続可能であるためには、生産者の収入を上げていくことも重要だと思います。地産Marketのような地産地消の仕組みは、これにどのように寄与するのでしょうか?
市場に出荷する場合、スーパーに並ぶ野菜の値段の6~7割が流通経費で、生産者の取り分は3~4割でしかない。私はこれを倍にしたいんです。農家の手取りを6~8割にしても残った2~4割で地域内で流通させることができれば、売値を維持したまま生産者の手取りを倍にすることは可能なはずです。
──しかし、地域によっては直売所がカバーしている範囲に実需者が少ないという場合もあるのでは?
地産Marketの仕組みでは、受注(配送)エリアを決めるのはマーケットオーナーである直売所です。ですから、自治体の境を越えてエリアを設定することも可能です。実は今回のサービスリリースに先立って告知をしたところ、この数カ月で270を超える自治体から資料請求があり、さらに70以上の自治体とは対面やオンラインでサービスを紹介する機会をいただきました。その中には、やはりご指摘のような難しい場所もあって、実際、ある東北の中山間地の村役場からは「直売所はあるけれども地域の中に需要がない」という相談を受けました。でもそこから山を40分ぐらい下ると市街地がある。そこに売り先を作れればこのシステムの運用は可能になります。市境や県境を越えても地域の人や物が行き来するなら、それはひとつの地域であり、地産地消ですから。
──地産地消は、自治体の範囲にこだわらなくてもいいんですね。そうすると、配送の範囲が広がって、直売所の負担も増えそうですが。
なので、無理のない範囲でエリアを設定してもらうことが基本です。一方で、やっぱり自前では配送が難しいという場合、地域の酒屋さんと組むという計画の事例も出てきています。もともと酒屋さんは地域の飲食店に車で配送することを仕事にされていたりします。コロナを通してお酒の売り上げが落ちたことも契機となって、その車に野菜も載せてもらおうと。そこに、地域の精肉業者も加わって、チームになりつつあります。このように、地域にいるいろんなプレーヤーが組んで、地産地消のプラットフォームを作っていくという可能性も広がっています。
──この取り組みを通じて、生産者の皆さんに伝えたいことはありますか?
生産者の中には、大消費地や海外に販売した方が価値を認めてもらえると考える人もいます。でも頑張って東京で売り、たとえ売値が倍になったとしても、手取り率が半分だったら苦労した分だけ損です。
それよりもまず地域にあるニーズをちゃんと見て、地域で使ってもらうのが大事だと私は思います。それが地域にとってプラスになります。
例えば深谷市では、地元の飲食店が深谷のネギを使った料理を作って競っている。それを目当てにやってくる観光客がいて、まちおこしにもつながっています。地域のものを地域で使うのが一番新鮮でおいしいから、そこに行く動機づけとして機能するんですよね。そういうおいしいものを求めて各地を歩けるというのは、日本人にとって幸せなことです。
変化の大きい大変な時代ですが、明るい未来は自分たちで創るものです。地域のものを見直すことが、農産物の正当な評価と生産者の収益の拡大につながると信じていますし、そのような農業の在り方、国のかたちを地域の方々と一緒に「建築」していけたらうれしいです。
【取材協力】