第32回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『空白の海~KAZU I沈没 家族と捜索隊の1年』(北海道文化放送制作)が、フジテレビで26日(27:30~)に放送される。

  • 行方不明の男児と母親

北海道東部・世界自然遺産に登録されている知床。大自然を体験するために欠かせないのが観光船だ。知床岬付近は道路の建設が規制されているため立ち入りができない。「秘境」に近づく唯一の手段が船なのだ。

「知床遊覧船」もそうした観光船を運航してきた。桂田精一社長は地元の名士だった父親から宿泊事業などを引継ぎつつ事業を拡大。2016年に「知床遊覧船」を買収。KAZU Iなどの観光船を運航してきた。しかし、その経営の内実は「安全」を最優先しているとは言い難いものだった。コロナ禍でベテランの従業員を解雇し、要件を満たしていると虚偽の申告をして自らを「運行管理者」としていたのだ。

そして2022年4月、KAZU Iは乗客乗員26人を乗せて沈没した。桂田社長は事故4日後に会見を開き「お騒がせした」と土下座した。しかし、家族への説明をその後行うことはなかった。

事故はいくつもの「空白」を浮き彫りにした。北海道にはヘリコプターから降下して救助を行う「機動救難士」が函館市に配備されているが、知床は450キロ以上離れていて、1時間以内に到着することはできなかった。救助の空白地だったのだ。さらに、監督官庁と観光船運航会社の緊張関係も失われていた。KAZU Iは前年に2度事故を起こしているが、その「改善報告書」の書き方を国の運輸局が“指南”し、会社は「コピペ」して提出していた。安全管理の内実も「空白」と言っていいものだった。国交大臣は事故後、「会社は当事者意識が欠如している」と批判したが、それは国も同じだった。

十分な説明もなく苦しみ続けてきたのが乗客家族だった。7歳の子が行方不明になっている男性は今も息子が出てきた夢の内容をノートに書き記している。乗り物が大好きだった息子。安全だと信じていた乗り物が、これほどずさんに運行されていたことへの憤りは決して消えることがない。

そうした中、家族のために動き始めたのが、地元の漁師たちでつくる捜索ボランティアだった。漁師歴40年以上の桜井憲二さん(60)を筆頭に事故の10日後から沿岸を歩き続けた。ヒグマもいる危険な道。捜索の空白を作らないよう、丁寧に歩く。その結果、2人の遺体の発見につながる。ボランティアの存在は乗客家族にとって救いになっていく。

流氷に覆われていた知床の海にも春が近づく。漁師たちは再び捜索に向かった。一方、乗客家族の男性は事故を風化させないため、子どもの存在を広く伝えていくことを決めた…。

北海道文化放送の涌井寛之プロデューサーは「太平洋、日本海、そしてオホーツク海。3つの海に囲まれた北海道では毎年90隻ほどの船が海難事故にあっています。どんな事故も悲惨で、家族の悲しみは計り知れません。一方で北海道の東部と北部に広大な救助の空白域(1時間以内に機動救難士がたどり着かない)があることは、多くの人が知らずにきました。また、監督官庁と運航会社が“なれ合い”とも言えるような関係にあり緊張感が失われていたことも、KAZU Iの事故以前には知られていませんでした。こうしたことが乗客家族の無念をより強いものにしました。こうした背景に早い段階で気づき、警鐘を鳴らすことができていたら…。取材する私たちの後悔も今回の番組には込められています。乗客家族のためにひたすら歩き続けた捜索隊のみなさんの姿は、自分にできることを最大限やるべきだ、というメッセージだと受け止めました。捜索チームへの敬意も込めて番組を送り出したいと思います」とコメントしている。