インフラ企業として、特に近畿地方の人には身近な存在である関西電力。関西電力が意外にも「エビの陸上養殖」に乗り出していることをご存じだろうか。
2020年10月、関西電力の子会社として「海幸ゆきのや」が発足。SDGsを意識したブランドエビ「幸えび」を販売している。
関西電力から出向し、現在は「海幸ゆきのや」の代表職務執行者を務める秋田亮氏は、「単においしいだけでなく、幸えびを食べることが持続可能な社会につながることを知ってほしい」と語る。そんな秋田氏に、知られざる陸上養殖のメリットと可能性を聞いた。
■「環境負荷低減」と「安定供給」が陸上養殖のメリット
――まずは、従来の養殖における課題を教えてください。
世界的に魚の需要が高まっている一方、天然物の供給量には限りがあるので、養殖の重要性が増しています。従来の養殖は海面養殖が中心ですが、海面養殖に適した場所が減ってきているという問題があります。
さらに、現時点では深刻な問題にはなっていませんが、養殖魚のエサやフンによって海を汚染してしまう可能性や、将来的には、海上で養殖されている魚がマイクロプラスチックを飲み込んでしまい、それが人体に影響を及ぼす可能性が出てくることも考えられます。
海面養殖は海を疲れさせてしまう側面があるので、海を休めつつ爆発的な需要増に対応するためには、海面養殖に替わる持続可能な手段が必要だと考えています。
――海面養殖に替わる手段が「陸上養殖」ということですね。陸上養殖について、海面養殖との違いやメリット・デメリットを踏まえてお聞かせください。
陸上養殖の大きなメリットとして、海面養殖に比べて環境負荷が低いこと、供給が安定しやすいことが挙げられます。陸上養殖の場合、エサやフンを取り除いたきれいな水を川や海へ戻すので、海の汚染が防げます。
また、海面養殖は自然環境に影響されやすいため、海水由来の菌や、鳥などが運んでくる菌によって魚が死んでしまうこともあります。ところが、陸上養殖の場合、完全に閉鎖された環境で養殖を行うため、鳥や昆虫などによって菌が持ち込まれる可能性は限りなく低いです。水を地下からくみあげて使用しているため、海水由来の菌に影響されることもありません。
一方、陸上養殖は多額の設備投資を必要とするだけでなく、管理にも手間暇がかかります。そのぶん品質の良いものができるのですが、販売価格も高くなってしまうのがデメリットと言えます。
■「食もインフラの一部」と捉えて、水産業にチャレンジ
――関西電力が陸上養殖でのエビの生産・加工販売に参入された背景を教えてください。
エネルギー事業に頭打ち感がある中、関西電力は2019年7月、経営企画室内に「イノベーションラボ」を設置し、新規事業の創出に取り組んできました。
ご存じの通り、関西電力はインフラ企業です。食分野はまったくの畑違いと思われるかもしれませんが、我々は食もエネルギー同様、人々の生活に欠かせない「インフラ」だと考えました。
食分野で、エネルギーやグループ会社の情報通信技術といった関西電力が持つアセットを生かせる事業を考えたときに浮上したのが、陸上養殖だったのです。陸上養殖は工場のようなコントロールされた環境で魚を育てる技術なので、我々のアセットを活用できると考えたからです。
その中でなぜ水産業に目を付けたかというと、スマート化が進んでいる農業に比べて、水産業、特に陸上養殖はまだまだ未成熟な分野で、関西電力が参入することに社会的意義があると考えたからです。関西電力が陸上養殖の取り組みを成功させることで、参入企業が増え、産業化ができれば、自社の利益だけではく、産業の活性化にもつながるとの想いがあったんです。
――食もインフラの一部と捉えて、陸上養殖に目を付けたということですが、なぜ「エビ」だったのでしょうか?
ひとつ目の理由は、日本で消費されているエビの約95%を輸入に頼っていることです。関西電力の利益だけでなく、社会課題の解決にもつなげたいという想いがあったので、手が届きやすい国産エビの生産は、食料自給率の向上や消費者の選択肢の拡大にもつながると考えました。
2つ目の理由は、エビは商品化までのリードタイムが短いことです。4カ月ほどで出荷できるサイズになるため、投資回収が早いエビは新規事業の足がかりに最適だったのです。
■コロナ禍の逆風も乗り越え生産開始
――異業種からの参入にはさまざまなハードルがあったと思います。事業の構想から生産・販売に至るまでの過程で、苦労したことや大変だったことをお聞かせください。
お恥ずかしい話ですが、最初の関門は社内調整でした。エビの陸上養殖事業に収益性や社会的意義があることなど、私の言葉だけではなく、社内外のさまざまな立場にある人の声も拾って、集合体にして経営層に説明して納得を得るのは思いのほか大変でした。
2020年2月に社内で事業化へのGOが出ましたが、直後に新型コロナの流行が始まったのも逆風になりました。特に、食品業界はコロナ禍で先行きの不透明感が強まっていたので、プレ営業への反応が目に見えて悪くなりましたね。海幸ゆきのやが発足したのは2020年10月だったので、コロナ禍でのリカバリーに半年以上の時間を費やしたことになります。
新会社発足後の陸上養殖設備の建設にも苦労しました。非常に大規模な設備ですし、世の中にお手本がない設備なので、建設に向けた調整に2年弱かかりました。
ただ、2022年7月に養殖場が完成してからは、順調に生産が進んでいます。思っていたより早く生産が軌道に乗ったので、今はむしろできたものを売るために頑張っているところです。
――静岡県磐田市で「幸えび」の養殖をされていますが、なぜ磐田を選んだのですか?
磐田を選んだ理由のひとつは、「幸えび」が南米原産のエビで温暖な地域を好むことです。
大消費地に近いことも磐田を選んだ理由です。磐田は東京と大阪の中間地点ですし、名古屋にも非常に近いです。お客様の手元にすぐ届く場所で生産すれば、商品を運ぶ過程で排出されるCO2量の削減にもつながります。
また、養殖には水が必要不可欠です。天竜川が近くを流れ、たくさんの水脈が地下に眠っている水に恵まれた土地であることも磐田を選ぶ決め手になりました。
■SDGsを意識したブランドエビ「幸えび」
――現在「幸えび」はどのような形で販売されているのでしょうか?
エビの冷凍パックとエビチリなどの加工品の2軸で展開しています。冷凍パックはレストランやホテルでご使用いただく業務用が中心ですが、地元を中心に量販店・スーパーでも販売していますし、ECサイトであれば全国からご購入いただけます。
一般消費者向けが中心の加工品は、現在はECサイトを中心に展開していますが、今後は量販店などの販売も視野に入れています。
――製品化にあたってはSGDsも意識されたそうですね。製品としての「幸えび」の特徴を教えてください。
生鮮ではなくあえて冷凍パックで販売しているのは、消費期限切れによる食品ロスを減らすためです。冷凍パックは1年半の賞味期限があるので、長くお楽しみいただけます。
冷凍とはいえ非常に鮮度が高いので、1度の解凍であれば、加熱せず刺身としてお召し上がりいただけます。エサやフンを掃除して水槽の中をきれいに保っていることから、不純物がエビの体内に取り込まれないので、背わたを取らず食べることができると、シェフの方々からもお墨付きをいただいています。
頭や殻が柔らかく育つので、頭も殻を取らずに丸ごと食べられるのも「幸えび」の特徴です。磐田市内の小学校では、給食に小さな「幸えび」を丸ごと素揚げにして出しているのですが、その際に「丸ごと食べるとゴミが減らせていいですよ」と動画でメリットを伝えています。子どもたちも喜んでくれていて、お手紙をもらうこともあるんですよ。
また、「幸えび」の養殖設備の特徴として、脱皮したエビの殻をこまめにロボットで取り除いていることが挙げられます。そして、これまではゴミだったエビの脱皮殻を冷凍保存しておけば、出汁やせんべいといった新しい食品に生まれ変わります。このようなアップサイクルもSDGsを意識した取り組みのひとつです。
■世界に羽ばたく可能性を秘めた生産技術
――「幸えび」の養殖には、関西電力グループのDX技術が活用されているそうですね。
現時点では、水槽の中のエビを正確にカウントする技術が使われています。具体的には、写真を撮影して、AIによる画像解析により、高精度で瞬時に尾数をはじき出すというものです。
稚エビは0.002gほどしかないので、目視で数えるのは非常に大変です。エビの尾数を正確にカウントすると、過不足なく適切な量のエサを与えられるため、売上・コストの最適化を図れるというメリットがあります。
加えて、養殖場内にたくさんのセンサーを設置して、日々温度や水質などのデータを取っています。今後はこれらのデータをAIに解析させて、生産の効率化や最適化につなげることで、「スマート養殖」を実現したいですね。
――まだまだ新しい陸上養殖技術、これからますます発展の余地がありそうですね。
「幸えび」は日本国内向けの商品ですが、生産技術自体は日本が誇る素晴らしい技術だと感じています。
発展途上国を中心に、世界的に陸上養殖技術への注目が高まっている中、すでに海外要人の視察も受け入れています。実は、「天然神話」は日本特有のもので、欧米ではむしろ天然物や海面養殖魚よりも、きちんとコントロールされた環境下で生産される陸上養殖魚のほうが安心だと考えられているんです。
「幸えび」の生産技術は、日本発のジャパンブランドの技術として世界に羽ばたいていく可能性を秘めているのではないでしょうか。
■「幸えび」を食のSDGsに目を向けるきっかけにしたい
――今後「幸えび」をどのように消費者に届けていきたいか、展望をお聞かせください。
気軽に食べられる質の良い国産のエビが少ないので、「幸えび」をブランド化して認知を広げていきたいです。そして、単においしいだけでなく、食べることが持続可能な地球環境や人間社会につながっていくことを新しい文化として伝えて、食に関するSGDsの意識が高まるきっかけになればと考えています。
ただ、現状ではまだ多くの人が日常使いできる価格帯ではないので、輸入エビと比べ遥かに品質の良いものを、価格的には同程度まで下げて、普段使いのエビにすることを目指したいです。
そのためには、陸上養殖業界への参加者を増やして産業化することで、コストを下げる必要があります。産業化するとスケールメリットが発揮できるので、そのメリットを消費者に還元して、自宅で気軽に食べられるようなエビにしたいですね。