2023年度は「食料危機」がテーマ⁉
2023年度の農林水産関係予算の概算要求において、農林水産省は「世界の食料需給を巡るリスク」をコンセプトに食料安全保障の強化を訴えた。
ウクライナ紛争や急激な円安など、2022年は世界情勢が激変し、化学肥料や農業資材の高騰など日本の農業にも大きな影響を及ぼしている。
価格高騰に加えて懸念されるのが、食料需給の問題だ。日本の食料自給率がカロリーベースで40%程度しかないことは、かなり前から指摘されてきた。それが2022年の世界情勢の変化によって顕在化し、安全保障の問題として「待ったなし」で取り組むべき課題となった。
こうした背景を受けて、農林水産省ではどのような事業を進める方針なのか。そもそも現場生産者は、国家規模の事業からどれほどの影響を受けるのだろうか。
2023年度の農林水産関連事業について、現場生産者にとって関係が深いと思われるものをピックアップした。
水田活用の直接支払交付金
稲作農家に関連の深い事業の一つに水田活用の直接支払交付金がある。
農水省は、主食用米の需要が毎年減少する中、水田を活用し、食料自給率・自給力の向上に資する麦、大豆、米粉用米などの戦略作物の本作化を進めるため、水田活用の直接支払交付金で戦略作物の生産を行う農家に対して支援を行ってきた。
2021年12月に、畑作物が連続して作付けられている水田については、畑作化を促す一方、水田機能を維持しながら、麦、大豆、そば等の畑作物を生産する水田については、水稲とのブロックローテーションを促し、2026年までに一度も水張りが行われない農地は交付対象としない方針を示していた。
この方針に沿って、水稲の2023年産に向けて、2022年度補正予算と2023年度当初予算を合わせて、畑地化や戦略作物への作付け転換を支援する予算を用意した。例えば、水田を畑地化して畑作物の本作化に取り組む農家に対しては、畑作物の生産が安定するまでの一定期間、継続的に支援するメニューが新設されるなど、支援が拡充されている。
また、畑地化に伴い土地改良区に支払う必要が生じる地区除外決裁金や協力金に要する経費を支援するメニューも2022年度補正予算で措置されている。内容は以下の通り。
①畑地化支援 ア.高収益作物(野菜、果樹、花き等):17.5万円/10アール イ.畑作物(麦、大豆、飼料作物、そば等):14.0万円/10アール ②定着促進支援 ③土地改良区決裁金等支援 |
また、畑作物の産地形成に取り組む地域を対象に、地域でまとまった畑地化やブロックローテーションを行える体制を整えていくために必要な話し合い等の経費についても支援する。
○体制構築支援:1協議会あたり上限300万円
国内における米の需要が今後も減少する見通しの中、5~10年後、産地としてどのような水田の利用を目指すのか、地域で話し合いを行い、中長期的な将来像を明確にすることが求められている。
加えて、これまで水田リノベーション事業として支援が行われていた低コスト化等の取り組みについては、畑作物産地形成促進事業、コメ新市場開拓等促進事業と名称は変わったが、支援は継続している。地域の実情に合った事業の活用を考えたい。
(担当:農林水産省農産局企画課水田農業対策室)
収入保険制度の実施
収入保険制度は、自然災害による収入減少だけでなく、価格低下なども含めた収入減少を補てんする仕組みである。品目の枠にとらわれず全ての農産物が対象で、農業者の経営努⼒では避けられないさまざまなリスクを補償する。
収入保険は青色申告を行っている農業者(個人・法人)が対象で、保険期間の収入が基準収入の9割(補償限度額)を下回った場合に、下回った額の9割(支払率)が補てんされる。
収入保険制度に関わる2023年度の予算については、加入者数の増加が見込まれることなども踏まえ306億円。前年度から122億円増額され、約1.7倍となっている。
また、2024年加入者からは以下の内容で制度を拡充する方針である。
(1)甚大な気象災害の被災による影響を緩和する特例
(2)青色申告1年分のみでの加入が可能
(3)保険のみで9割まで補償する新タイプの創設
さらに、2023年度予算では、農業共済組合がJA、農業会議、法人協会などの関係機関と普及体制を構築し、説明会や個別相談会の開催、オンライン手続加入申請のサポートなどを行うといった、収入保険への加入対象を拡大する事業への支援も新設された。
「引き続き、農業経営の安定を図るため、多くの農業者の方々に自然災害や価格低下などのセーフティネット対策として収入保険を利用していただけるよう取り組んでいく」としている。
(担当:農林水産省経営局保険課農業経営収入保険室)
みどりの食料システム戦略実現技術開発・実証事業
みどりの食料システム戦略とは、農林水産省が2021年に策定した、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現するための政策方針である。
農水省が進める「みどりの食料システム戦略実現技術開発・実証事業」は、みどりの食料システム戦略の実現に向けて、スマート農業の導入、品種開発、環境負荷低減など、重要な分野の研究開発などを推進するものだ。
本事業は、2023年度予算で31億8600万円が充てられた。
また、本事業に加えて、スマート農業の導入と品種開発については、2023年度より先駆けて実施するため、2022年度補正予算でそれぞれ44億円、10億円が措置されている。
取り組む事業内容は大きく次の二つに分かれる。
(1)農林水産研究の推進
(2)スマート農業の総合推進対策 |
(1)農林水産研究の推進
農林水産研究の推進では、2023年度は新たに「みどりの品種開発研究」を新設し、みどりの食料システム戦略の実現に貢献する主要穀物、野菜、果樹などの新品種をゲノム情報、AI、遺伝資源等を活用して高速・低コストで育成できるスマート育種基盤を開発することとしている。
また、子実用とうもろこしを導入した化学肥料低投入型のブロックローテーション体系の構築や園芸作物における有機栽培に対応した病害虫対策技術の構築など、国主導で実施すべき重要な分野について戦略的な研究開発を進めていくこととしている。
(担当:農林水産技術会議事務局研究企画課)
(2)スマート農業の総合推進対策
スマート農業の総合推進対策は、スマート農業の普及を加速するために必要な技術の開発と実証、環境整備などについて総合的に取り組む事業である。
例えば、農業経営体の枠を超えた産地内で行われる、スマート農機のシェアリングや作業集約による生産性向上・コスト低減などの取り組みを支援する。
また、これまでのスマート農業技術は水稲の開発が先行してきたが、今後は開発が遅れている畑作物や野菜・果樹などの分野にも力を入れていくとする。生産性の向上や収量の安定化、労働力不足に対応した省力化や、非熟練者などによる作業の習熟化・効率化に資する技術の開発・改良を進めていく考えだ。
同省担当課から、現場生産者に向けて次のようなメッセージをもらった。
「農林水産省及び農研機構のホームページでは、スマート農業実証地区の実証成果や『現場』の声をお届けしており、今後の農業経営にスマート農業技術を導入するきっかけにしていただきたいと考えています。また、スマート農業技術の実証を行った経験のある者を中心としたスマートサポートチームが、支援を希望する産地を対象に実地指導を行う取り組みも実施しています。スマート農業推進協議会のホームページ内の問い合わせフォームから、スマート農業技術や実証成果について相談ができますので、ぜひ気軽にお問い合わせ下さい」
(担当:農林水産省農林水産技術会議事務局研究推進課)
総合防除の推進
近年注目を集めている病害虫防除の取り組みとして、総合防除(IPM=Integrated Pest Management)がある。
温暖化などの気候変動に伴う病害虫や雑草の侵入・まん延リスクの高まり、薬剤抵抗性の発達や化学農薬の使用による環境への負荷の低減などに対応するため、植物防疫法の一部が改正された。2023年4月1日に施行されたこの法律に、病害虫や雑草防除の目指すべき方向性として、総合防除が新たに位置づけられている。
総合防除とは、病害虫や雑草の発生及び増加の抑制、駆除、まん延の防止のため、次の各段階において利用可能なあらゆる選択肢の中から、経済性を考慮しつつ、気象や農作物の栽培状況などに応じて、適時に適切な方法を選択して対策を講ずるものである。
(1)予防:健全種苗の使用や作物残さの除去など、病害虫が発生しにくい生産条件の整備
(2)判断:発生予察情報の活用などによる、防除の要否及びタイミングの判断
(3)防除:化学農薬だけに依存しない、多様な防除方法を活用した防除
みどりの食料システム戦略に掲げる化学農薬使用量の低減目標を達成するため、土壌くん蒸剤の低減や天敵の利用など環境にやさしい栽培技術と、省力化のための先端技術などを取り入れた、各地域の実情に応じた病害虫・雑草防除技術の検証・定着を図る。
また、IoTやAIを活用した、より精度の高い病害虫の発生予察情報を速やかに発出するための技術開発や、総合防除の普及のための指導者育成の取り組みも引き続き支援することとしている。
(担当:農林水産省消費・安全局植物防疫課)
農山漁村振興交付金
近年、農林水産省が特に力を入れている事業の一つに、農山漁村振興交付金がある。
農山漁村振興交付金は、農山漁村などにおける地域住民の所得の向上や雇用の増大に向けた取り組みを総合的に支援する事業である。
2023年度は、前年度より7億円増の105億円の予算が組まれている。
2023年度においては、これまでと同様に次のような取り組みを支援するものとしている。
・地域資源を活用した「農山漁村発イノベーション」を軸として農山漁村における「しごと」の確保につなげること
・「農村RMO(農村型地域運営組織)の形成」により農用地保全を含めた農村の「くらし」を支える取り組みを推進すること
農村RMOとは、農業従事者だけではなく、農山村に住むさまざまな人や団体により、農地の保全や地域資源の活用、生活支援といった取り組みを行う組織のことである。
農山漁村振興交付金の対象となる具体的な取り組み内容として、以下5項目を挙げる。
(ア)中山間地域等における農用地保全を図るため、地域ぐるみの話し合いによる最適な土地利用構想の策定、基盤整備等の条件整備、鳥獣被害防止対策、粗放的な土地利用等の総合的な取り組み (イ)複数の農村集落の機能を補完する農村RMO(農村型地域運営組織)の形成、中山間地域等におけるデジタル技術の導入・定着を推進する取り組み (ウ)農泊や農福連携を含む、他分野・多様な主体との連携等により地域資源を活用した新事業や付加価値の創出を図る「農山漁村発イノベーション」の取り組み (エ)農業・農村のインフラの管理の省力化・高度化やスマート農業の実装を図るとともに、地域活性化を促進するため、情報通信環境を整備する取り組み (オ)都市部での農業体験や交流の場の提供、災害時の避難地としての活用、都市部の空閑地を活用した農地や農的空間を創設する取り組み |
特に広く知られているのが「農泊」だろう。農業をはじめとする農山漁村の地域資源を活用した観光ビジネスを推進し、地域住民の所得向上・雇用増大を図る事業で、農業者だけではなくさまざまな事業体が参加できる取り組みだ。
農作物の消費需要が減少していくことが見込まれる中、生産・販売だけで農業経営や農地機能の維持を進めていくのは難しい。
農山漁村振興交付金は、多角的な視点から地域の農業を維持していくに当たって活用しやすい制度である。
(担当:農林水産省農村振興局都市農村交流課)
政府予算案は農業の流れを読み解くカギ
国の予算の動向とは、お金の流れのことである。予算が組まれれば、それに合わせて資本や事業が動く。
補助金という形で直接関わってくることもあれば、新品種の研究やスマート機器の開発などに取り組む農業関連事業者を通して間接的に生産現場に影響が出てくることもある。
今後どういった変化が起こるか。その傾向を見るのに役立つ指標の一つが政府予算である。特に前年度の事業内容や予算額との違いを比較すると、どのような意図によるものかが推測しやすい。
これから国がどのような農業政策を進めようとしているのかを知ることで、その波に乗るために必要な準備をすることができるだろう。
今回紹介した2023年度事業予算はほんの一部であり、他にも多くの事業計画が組まれている。どのような事業計画があるかを知ることは、自身の経営を守ることにもつながるだろう。