露地と雨よけ栽培で正品率が大きく変わる紅まどんな
紅まどんなは外皮が薄くてやわらかく、ゼリーを思わせる果肉の滑らかな食感が特徴。百貨店や量販店などでは1玉数百円で売られる高級柑橘だ。ただし栽培上、ある欠点を持つ。果皮に亀裂による障害を起こしやすく、果汁を吸って加害する果実吸蛾(きゅうが)類の被害も多い。愛媛県農林水産研究所果樹研究センターみかん研究所所長の藤原さんはこう解説する。
「紅まどんなは10月以降に雨に当てないことで、正品率(障害果を除いた1・2級品の割合)を高められます。そのためには雨よけ栽培をするか、果実ごとに袋掛けする必要があり、JAを中心に施設栽培を前提とした産地化が進められました。その結果、高い品質のものが供給されてブランドイメージが定着し、今に至っています」
宇和島市吉田町にある同研究所は、柑橘の育種や栽培技術の研究などを担う。県内の柑橘産業を引っ張る存在だ。紅まどんなの雨よけハウス栽培と露地栽培における正品の量と収入額を2015年に比較し、下のグラフの結果を得た。
「これは試験場での栽培結果をもとに試算したものではありますが、露地だと品質が安定しないぶん、ハウスに比べてどうしても半分くらいの正品量になります」(藤原さん)
10アール当たりの粗収益(経費を引いていない総売上額)を計算すると、雨よけハウス栽培は露地栽培に比べ、4年生(育てて4年の木)で37万4000円、8年生で132万8000円の増収となった。その差は歴然としている。
※ 図中の「粗収入」は、粗収益に相当する「農業粗収入」を表す
「ハウス=温州ミカン」から中晩柑へシフト
愛媛県の柑橘における施設栽培の内訳は、大きく変わってきたと藤原さんは言う。
「こちらのグラフにあるように、基本は『ハウス=温州ミカン』だったんですね。とくに昭和の時代は愛媛県に限らずそうで、4~8月くらいまでキロ1000円を超えるような卸売価格で、温州ミカンを出荷していた歴史があります」
ハウスミカンは基本的に重油を使って加温をする。
「10アール当たり年間でおよそ20キロリットルの重油をたいていたので、200万円ほど重油代がかかっていました。それが平成に入って重油の高騰が起きるようになり、一方でハウスミカンの卸売価格はそう上がるわけではないので、不採算だとして栽培を断念する農家も出てきたんです」(藤原さん)
その後、さまざまな中晩柑(ちゅうばんかん)がデビューする。中晩柑とは温州ミカンの収穫が終わった1~5月ごろに出回る柑橘の総称だ。そのうちの不知火(デコポン)やせとかといった人気品種に転換していく農家も増えた。近年、これらの品種を差し置いて急速に面積を増やしているのが紅まどんなであり、それに甘平(かんぺい)が続く。
「ハウスミカンはどんどん減少してきました。紅まどんなについては加温までする面積は少ないですけれど、無加温や、上にビニールを張っている雨よけのような簡易なものまで含めると、かなり面積が増えてこれまでのハウスミカンに取って代わっています」(藤原さん)
なお、愛媛のブランド柑橘である甘平は、紅まどんなと違って施設栽培が推奨されているわけではない。それでも無加温のハウスが増えたのは「甘平に限らず、ハウスを導入する狙いは収穫時期を前倒しする『前進化』と水分コントロールによる『高品質化』です」と藤原さんは指摘する。露地ものが出回る前に高品質な果実を出荷することで希少価値を生むことができ、施設の導入でかかり増す経費を賄えると判断した農家が栽培を増やしている。
ハウスから露地へ移行したせとか
農研機構が育成し2001年に品種として登録したせとかの施設栽培の増減は、この品種ならではの要因がある。せとかは寒さに弱く、気温が下がると果肉が凍結してパサパサして苦みを伴うこともある「す上がり」状態になり、出荷できなくなってしまう。
愛媛県ではもともと加温ハウスで栽培されていたアンコールやマーコットに代わる品種として導入した農家が多く、最初は加温のハウス栽培が多かった。
「せとかが普及していった平成10年代は、冬も温暖な年が続きました。そこで、露地栽培でも大丈夫ではないかと農家が露地栽培へ移行していったところがありました。ところが、平成20年代には厳しい寒波の襲来が数年続き、露地のせとかが被害を受けたんです。1年かけて生産したものが温度が極端に下がると1日で台無しになりますから、凍結が何年か続き、ほかの品種に切り替えた農家もいたようです」(藤原さん)
技術向上につながる施設栽培
施設を使えば、露地に比べて温度やかん水量などをコントロールしやすくなる。たとえばハウスミカンは、生育の段階に応じて1度単位で温度を上げる、下げるといったことが決まっており「なぜこういう上げ下げの仕方をしなければならないのか理解するために、かなり勉強している農家が多いです」(藤原さん)。
露地栽培だと、出荷時の品質は天候に左右されやすい。その点「施設栽培では言い訳できない部分があります。腹をくくってやるという意味では、施設栽培に取り組むことはいいこと」と藤原さんは話す。
「施設栽培は、技術の凝縮されたものであり、挑戦することで経験値が高まるのは間違いありません。そこで培った技術は露地で応用が利く場合もありますから、若いうちに施設栽培にトライしていくのは非常にいいことだと考えます」
異常気象が露地栽培の不安要素
愛媛県は、中晩柑を今後も農業産出の柱となる農産物として位置付けている。より高収益な品種の栽培が増える流れのなかで、施設栽培の重要性は一層高まっていくはずだ。
藤原さんは近年の異常気象も施設栽培を拡大する一因になり得ると指摘する。柑橘は、収穫量の多い表年と少ない裏年で差が出る「隔年結果」が起きやすいが、これまで産地で培われた栽培技術に基づいて基本的な管理をすれば「連年安定生産」が可能という。
「一方、連年安定生産をするうえで気がかりなのが、ここ最近の気象ですね。春先から収穫まで、豪雨や寒波といった極端な気象状況が続いています。いくら農家が基本管理を徹底して、十分良いものを収穫できる予定であったとしても、一瞬で状況が変わってしまうんです」
とくに寒さは、先に紹介したせとかのように収穫間際の果実を一晩で台無しにしてしまう。「そういうことも加味して考えると、露地栽培はこの厳しい環境のなかで、徐々に作りにくくなってきているのかな」と藤原さん。
今は資材が高騰し、施設への新たな設備投資がしにくい状況にある。だが、長期的に見れば施設栽培の重要性は愛媛県においてより高まっていくのだろう。