「書き出しがつまらなかったら、読んでもらえないよ」
私が「つかみ」を強く意識するようになったきっかけは、ライターとしての基礎を叩き込んでくれた文章の師匠に言われた、このひと言でした。
私は大学在学中から、師匠が社長をしている編集プロダクションでアルバイトをしていました。最初は雑用係でしたが、人手が足りていなかったので、「君、ちょっと、記事書いてみる?」と声がかかったのです。
はじめて任されたインタビューの原稿は、小さな異業種交流会の小冊子に載せる記事でした。どうやって書けばいいのかまったくわかりませんでしたが、何本か記事を書くうちに、「おっ、うまくまとめられたのでは!?」と思える原稿も出てきました。そんな原稿を意気揚々と師匠に見てもらったら……、冒頭のひと言を言われたのです。
聞けば、師匠自身も、あるベストセラー作家の方に「書き出しがつまらなかったら、読んでもらえない」と言われたそうで、それ以来、強く意識しているとのことでした。
正直、最初はその言葉に対して、「ええー、読まないのはさすがにオーバーでは? 書き出しでつかめなくても、全部読んでもらえば、面白いとわかってもらえるでしょう」と思っていました。
しかし、ライターの仕事をするなかで、「つかみ」の重要性を日に日に感じるようになりました。
さまざまなメディアで仕事をするなかで、「つかみ」について指摘されたことは少なくありませんでした。
「どこかで見たことがあるような書き出しで、興味を惹かれない」「説明くさくて読む気がしない」などなど。そんな文章を読んでくれるほど読者はヒマではないというわけです。
「つかみ」ひとつで、あなたのキャリアが変わる
文章の「つかみ」が重要なのは、ビジネスの場でも言えるでしょう。
ビジネスの場では、よく「回りくどい言い方をしないで、結論を最初に述べること」が大切と言われます。これもまた「つかみ」の1つのかたちです。報告書の類は、結論を最初に述べる書き方が正解でしょう。
一方、企画書やプレスリリース、ホームページの商品の紹介文、メールマガジンなどでは、「面白そうだ」「役に立ちそうだ」と興味を惹くようなタイプの「つかみ」が求められます。
また、社会人への登竜門である就職活動でも、文章の「つかみ」は非常に重要です。
新卒採用のとき、大手企業には数千通のエントリーシート(ES)が届きます。仮に5,000通の場合、人事担当者が5人で手分けをしたとしても、1人あたり1,000通。
人事担当者はほかの仕事もしていますし、何日もかけている余裕はありませんから、1日あたり何百通ものペースで読むこともありえます。
それだけの量のESを、すべてじっくり読むのは至難の業です。しっかり読んでもらうためには、「自己PR」や「学生のときに力を入れたこと」を書くときに、興味を惹くような「つかみ」にすることが重要です。
たとえば、自己PRが次のように書かれていたら、どうでしょうか。
私は大学1年生からホテルでアルバイトをはじめました。仕事内容はフロントスタッフでしたが、あるとき、「自社のホームページから宿泊の予約がしづらい」という声をお客様からうかがいました。ホームページを見たところ、たしかに不親切だと感じました。
そこで、単に社長に報告するだけでなく、お客様目線で、アクセスしやすいサイト導線や宿泊プランの設定を考えて提案しました。その提案が受け入れられ、ホームページが改善された結果、宿泊の予約が1ケ月あたり30%増えました。このように、主体的に物事に取り組むことが、私の強みです。
内容自体は悪くはないとも思えますが、「つかみ」としてはどうでしょうか? 興味を惹く「つかみ」とは言えないと思います。
自己PRのポイントが最後までわからず、「結論を早く言ってほしい」と感じてしまいますから、人事担当者の印象には残りにくいでしょう。それに対し、次をご覧ください。
私の強みは「どんなことでも、ひと工夫を加える姿勢を持っていること」です。
私は大学1年のときから3年間、ホテルでフロントスタッフのアルバイトをしていました。あるとき、お客様から「自社のホームページから宿泊の予約がしづらい」という声をいただきました。報告するだけでもよかったのですが、ひと工夫を加えようと思い、お客様目線で、アクセスしやすいサイト導線や宿泊プランの設定を考えて、社長に提案しました。その提案が採用され、ホームページが改善された結果、宿泊の予約が1ケ月あたり30%増えました。
「どんなことでも、ひと工夫を加える」という自己PRのポイントが「つかみ」でくることで、その人の特徴がすんなり頭に入りやすくなっています。
内容はほとんど同じですが、「つかみ」でこれだけ変わるわけです。それこそ、このひと工夫で、キャリアを大きく左右するかもしれないのです。
企業によっては作文や小論文の提出を求めるところがあります。作文や小論文は、ESよりも読ませる文章が必要になってきます。そうなると、ますます「つかみ」は重要になってくるでしょう。
著者プロフィール:杉山直隆(すぎやま・なおたか)
ライター/編集者。株式会社オフィス解体新書・代表取締役。『30sta!』編集長。1975年東京都生まれ。大学在学中から編集プロダクション・カデナクリエイトで雑誌や書籍、Web、PR誌、社内報などの編集・執筆を20年ほど手がけ、2016年に独立。