経営者の自覚を持ち、お金と向き合おう
新規就農を考える人がまず意識すべきなのは、農家は「従業員」ではなく「経営者」であるということです。「そんなこと分かっているよ」という方も多いかもしれませんが、特に若い世代の新規就農希望者と話をしていると、その点がいまいち理解できていない人が少なくないと感じます。
会社員の場合、勤務先の企業の大小に関わらず、個人の役割は限定されます。例えば、製造部にいれば、メインの業務となるのはあくまでモノを作ること。一方、管理部門で働いていれば、経理や人事などの業務を担当します。もちろん立場によって会社の経営全般にタッチしている人もいると思いますが、すべてを網羅している人はまずいないでしょう。
経営形態によりますが、特に個人で新規就農する人は、経営に関するあらゆる業務を一人でこなす必要があります。これが会社員との一番の違いです。あなたは農業という新たな世界に飛び込む際、野菜などの栽培技術を習得するのと同時に、経営者として幅広い知識も身に着けなければならない。この部分を見誤ると大きな失敗を招くことになります。
僕は新規就農をする前からずっと個人事業を営んできました。零細ながら経営をかじってきたこと、特にFP技能士の資格を取得し、お金に関する知識を身に着けておいたことが、就農時にも非常に役立ちました。
あなたに経営者としての才覚があるかどうかは、正直やってみないと分かりません。これまで会社勤めをしてきた人が、抜群の営業力を発揮し、一気に成功を収めるといったケースもあるでしょう。ただ、全ての人がいきなり農業を軌道に乗せられるわけではありません。であれば、できるだけ失敗確率を下げることが大切であり、そのためにも就農初期のお金の準備を万全にしておくことが大事だと僕は思います。
就農時の自己資金額は平均451万円
新規就農にあたって最も重要となるのが「自己資金」です。このあたりの実情を詳しく知りたい人にとって参考になりそうなのが、全国新規就農相談センターが全国の新規就農者を対象に行った「令和3年度新規就農者の就農実態に関する調査結果」です。
前回(2016年度)および前々回(2013年度)の調査では、青年就農給付金(当時)を受給する親元就農者も調査対象になっていました。一方、2021年(令和3年)度の調査では、非農家出身の新規参入者のみが対象となっており、非農家出身の新規就農者の実情により近い内容になっているのが特徴です。
上記の調査から就農1年目に要した費用と自己資金の準備状況を見てみると、回答の「平均値」は以下の通りでした。
営農面の費用(機械・施設・種苗・肥料等の経費) | 755万円 |
営農面の自己資金 | 281万円 |
1年目の売上高 | 343万円 |
生活面での自己資金 | 170万円 |
営農面にかかった費用755万円と自己資金281万円の差額は474万円。これを給付金や融資等で補うことになります。
これらの数字から分かるのは、新規就農1年目の資金繰りの厳しさです。農業はほとんどの場合、高額な機械や設備などが必要で、初期費用が大きくなりがちです。ちなみに2021年(令和3年)度の調査結果は、前回2016年度の内容に比べて機械等への費用が+150万円と大幅に増加しています。これは、今回の調査から「親元就農者」が除かれて「非農家の新規就農者のみ」が調査対象になったことが影響していると思われます。非農家出身者は機械設備などを譲り受けたりすることが難しいため、どうしても出費が多くなりがちだからです。
上記の平均値では、就農1年目は収入が343万円であるのに対して支出が755万円。収支は412万円のマイナスです。つまり、営農面と生活面を合わせた自己資金451万円から412万円が消え、手元に残るのはわずか39万円だけ。これが「就農1年目の平均値」です。
平均値は、少数の異常値があると大きく変動して実態にそぐわない可能性があります。そこで、同じ項目の「中央値」を見てみると、以下の数字となっています。
営農面の費用(機械・施設・種苗・肥料等の経費) | 350万円 |
営農面の自己資金 | 150万円 |
1年目の売上高 | 150万円 |
生活面での自己資金 | 100万円 |
中央値による計算でも、手元に残るのは50万円という結果でした。この結果から、相当多くの人が初年度で自己資金のほとんどを使い果たしていることが分かります。
税金や年金などの支払いも考慮すべし
上記の数字を見て分かるのは、そもそも自己資金が足りない人が多いということです。この調査では、売り上げや経費のみに着目していますが、実際にはここから税金や社会保険料などの支払いが発生し、手取り収入はさらに少なくなります。
「売り上げよりも出費の方が多くなれば、赤字なので税金はほとんど支払わなくていい」と勘違いしている人もいるかもしれませんが、費用として支払った金額を、その年にそのまま経費として計上できるわけではありません。
農業に使われる機械設備の多くは一括で経費として落とせるわけではなく、「減価償却」というルールにのっとり、あらかじめ定められた耐用年数に応じて数年に分けて経費計上するのが基本です。説明が長くなるので細かな部分は割愛しますが、仮に1年目で500万円の機械を購入したとしても、経費に計上できるのはその一部だけ。お金は出ていっているにもかかわらず、経費で計上できる金額は限られるため、数字上は黒字になるということも十分考えられます。そうなれば、税金や社会保険料も相応の金額を支払わなければなりません。機械設備に費用がかかる場合は、このあたりも十分に準備しておく必要があります。
そもそも国民健康保険料は、前年の所得に応じて金額が決まるため、会社員からいきなり新規就農した場合、初年度はかなりの額を支払うことになるケースが多いです。また、国民年金も別途支払わなければいけません。国民健康保険料は自治体ごとに算出方法が異なりますが、前年の所得が多い場合には100万円ほど支払うことになるケースも。国民年金についても1人あたり年間約20万円、夫婦であれば約40万円かかります。所得が少なければ減免申請も可能ですが、前述のような事情で帳簿上黒字になっている場合には減免は難しいため、さらに資金繰りが厳しくなります。
ただ逆にいえば、機械設備の費用は1年目に大きな金額となる一方、2年目以降に発生する新たな出費は少なくなります。出費はないけれど経費は計上できるという状態になるため、初年度をうまく乗り越えれば、次年度以降は資金繰りが楽になる可能性が高い。そのため、借り入れなどを使いながら初年度のお金をうまく工面することが重要になります。
補助金も上手に活用して余裕ある計画を
農業に限らず、経営はお金が回らなくなればゲームオーバーです。僕個人の経験からすると、就農3年目くらいまではそもそも栽培自体に慣れておらず、作業も思い通りに進まないことが多いため、安定した売り上げを確保するのはかなり難しいと思います。そこで生活費の3年分くらいを目安に自己資金を用意しておくことをお勧めします。
ちなみに僕の場合、就農時点で2000万円ほどを準備しました。営農面の自己資金として1000万円、生活面での自己資金として1000万円あれば、売り上げゼロでも月30万円で3年間ほど暮らせます。これくらいの余裕があれば心のゆとりを持って農業に取り組むことができるはずです。
特に若い世代の人の中には「2000万円も用意するのは厳しい」という人もいるかもしれませんが、僕が就農した時は、農業次世代人材投資資金の制度がなく、すべて自己資金で賄う必要がありました。これから就農する人であれば、上記の助成金を活用して就農1年目の機械設備等の費用を工面することも可能だと思います。
また、生活面での自己資金がいくら必要かについては、人それぞれです。僕の場合、すでに妻と子供2人を養う立場だったため、月30万円程度を確保する必要がありましたが、特に単身者や夫婦のみであれば、もっと生活費を切り詰めることもできそうです。
新規就農を考えていて、普段から家計簿などを付ける習慣がない人は、まず自身の毎月の生活費を見える化するところから始めてみてください。ポイントは「固定費」。特に格安スマホへの乗り換え、無駄なサブスクの解約、民間保険の見直しなどは、負担感が少ないため、出費を抑えやすいと思います。今よりもミニマムな暮らしを実践できるようになれば、就農に向けた自己資金をためやすくなりますし、就農後に生活費が足りずに困る心配も減らせるので一石二鳥です。ぜひ少しでも早く着手してみてください。