老舗梨農家の6代目、フードロス削減を価値化する

市内に約100軒の梨農家、80軒の直売所がある船橋市。新京成線の三咲駅からほど近い県道沿いに「芳蔵園(よしぞうえん)」(船橋市二和東)の看板があります。今年改装した直売所は、磨いて残された古い部材と、ガラス張りの開放感あるつくりが心地よく、視界には180アールもの梨園が広がります。今年11月、ここに「農園カフェ」が開業します。

果樹農家6代目、株式会社芳蔵園代表の加納慶太さん(画提供:芳蔵園)

代表取締役の加納慶太(かのう・けいた)さんは、今年31歳になる若手農業経営者。父が現役の会社員であることから、大学卒業後すぐに家業を継ぎ、祖父ら家族と梨・ブドウを栽培する傍ら、農園のブランディングと6次産業化に着手しました。注力するのはフードロス削減です。

中学生の頃から農園を手伝っていた慶太さんは、傷や色形を理由に畑で廃棄される梨を見て「食べられるのに何で?」と違和感を抱きました。高校の恩師の勧めで大学は生産工学部のマネジメント工学科へ。卒業研究ゼミで6次産業化を知り、規格外の野菜や果物を廃棄せずに有効利用することに興味を持ちました。

6次産業化の始まりは長雨に見舞われた2020年。クラウドファンディングで資金調達し、ドライフルーツ、ジャム、ジュースの委託加工を始めました。「加工品は作るより売ることが難しい。もったいないけど捨てたほうがいいと農家が考えるのは妥当ですが、僕はフードロス削減を価値にしたい」と慶太さん。芳蔵園の経営方針に据えました。

JAの退職金元手にはじめたフルーツサンドのキッチンカー

妻の智恵(ちえ)さんが慶太さんと出会ったのは、高校の友人に誘われたフットサル。「運命を感じました」と笑う智恵さんは、もともと農家になりたいという思いがあり、大学で農業を学んだのちに地元のJAへ入組しました。2人は2019年3月に結婚。慶太さんと同じく6次産業化に強い思いを持っていた智恵さんは、JAの退職金などを元手に、フルーツサンドのキッチンカー事業をスタートしました。2021年のことです。

芳蔵園のアンテナショップとして快走してきたキッチンカー(画像提供・芳蔵園)

屋号はFromFarm(フロムファーム)。アンテナショップとして自園の梨・ブドウのほか、近隣農家から仕入れた果物や野菜を使ったフルーツサンドは農家直営であることが話題になりました。SNS映えでブームの追い風も受けて、地元の百貨店から声がかかり催事に出店するほどの人気店に。

自身の愛車を売ったお金でキッチンカーの箱を買い、義祖父から借りた軽トラに載せて営業してきた智恵さんは、やりたいことを実現できた理由について「できることから、お金をかけずにスタートしたことです」と話します。

百貨店の催事出店では学生アルバイトスタッフも活躍。智恵さんのセールスマネージャーとしての手腕が光る(画像提供:芳蔵園)

「これ1本で生計を立てるわけではない」と心にゆとりを持ち、利益に執着しすぎずにアンテナショップとしての目的と信念を貫いてきた智恵さん。「自分一人ではなく、母、妹、友達が手伝ってくれたことが大きな自信と勇気になりました」と振り返ります。キッチンカーの出店を重ねるうちにイベント運営や集客方法を学ぶことができ、芳蔵園でのマルシェや生演奏会、他農園や料理家とコラボした収穫体験などの企画・運営も手掛けています。

夫婦連携でスモールスタートからのスケール化

「農業は作物ありきのプロダクトアウトですが、マーケットインで売れるものを買いやすい価格で商品開発し、生産効率の面でもロスを出さないようにしたい」と慶太さん。智恵さんは生活者目線での商品開発やユーザー体験の創造にたけ、大学で生産効率化などを学んできた慶太さんはシステム化が得意。スモールスタートから事業をスケール化させるのが慶太さんの仕事です。

新京成線習志野駅の改札前にフルーツサンドがいつでも買える自動販売機を設置(画像提供:芳蔵園)

FromFarm事業の拡大でキッチンカーでは手狭になり、直売所の休憩室だった10畳ほどのスペースを加工所に改造し、智恵さんと正社員2人が商品開発にあたっています。フルーツサンドのほかにも、パフェなどのスイーツを商品化。デパ地下の催事でケーキ缶を発売したのは、自動販売機での取り扱いも視野に入れてのこと。直売所と習志野駅に設置されている自動販売機は、近々西船橋駅などに台数を増やしていく予定です。

旬の果物を使ったスイーツを次々と商品開発。すでに人気のケーキ缶とキッチンスタッフが商品開発した初夏の新作タカミメロンパフェ(画像提供:芳蔵園)

加工所の作業動線も慶太さんが設計。催事で1日数十万円を売り上げる商品の製造をこの加工所で全てまかなっています。催事出店でのオペレーションの安定性で信頼を得て、ふなばしアンデルセン公園内の売店経営の声がかかり、今年3月にFromFarmの常設店第一号をオープン。既存の設備を活用して前の店舗オーナーがやっていた唐揚げとオムライスも提供しています。

「最繁忙期のゴールデンウィークに欠品もロスも出さずに営業できたことが自信になりました」と慶太さん。智恵さんの夢である「農園カフェ」開業に大きく近づきました。

農園カフェはゴールではなくスタート

加工所に、新たにコンベクションオーブン、ガステーブルなどの設備が導入され、農園カフェは、梨の繁忙期が終わるのを待ってオープン予定。事業化にあたり、慶太さんは経済産業省の事業再構築補助金を申請。補助金活用のノウハウも農業仲間に伝えています。農家には珍しく船橋市商工会議所に所属。2022年に芳蔵園を法人化し、企業としての経営を目指しています。

「夢の話になりますが、ゆくゆくは農家が喜ぶ道の駅を作りたい」と慶太さん。「農家が喜ぶ」のコンセプトは、農家が生産に打ち込める環境を作ること。農業は非効率が多い産業ですが、そのクラフトマンシップが魅力でもあり、価値を伝えるブランディングが大事。農作物の物流、加工、流通をシステム化して生産者と需要者をマッチングできる農業経営者を目指し、その活動も一歩ずつ進めているところだそう。

農園の旬を届けるフルーツサンドは芳蔵園の飲食事業の原点

アンテナショップとしてのキッチンカー1台から飲食事業を築き上げ、満を持して開業する農園カフェ。「本当にオープンできるのかドキドキしています」と話す智恵さんですが、「マネージャーとして任せられる」と慶太さんは太鼓判を押す。この2人なら「農家が喜ぶ道の駅」もそう遠くない話かもしれません。