パナソニックは、独自の「ナノイー(帯電微粒子水)技術」による真菌(カビや酵母など)における不活化作用のメカニズムの一部を解明したと発表。かつて2011年9月にナノイーによる「8大カビに対する抑制効果」の実証を発表しましたが、ナノイーが真菌をどのようなメカニズムで抑制しているのかは研究を継続していました。今回、大阪公立大学大学院 獣医学研究科 獣医学専攻の向本雅郁教授との共同研究によって、そのメカニズムの一端が明らかになりました。
パナソニック くらしアプライアンス社 くらしプロダクトイノベーション本部 コアテクノロジー開発センター 所長の佐々木正人氏は、「ナノイーは反応性の高い『OHラジカル』を持つナノサイズのイオン。OHラジカルが有害物質を変成することで菌やウイルスなどにさまざまな効果を発揮します」と述べます。簡単にいうと、ナノイーのOHラジカルが物質から水素原子を抜き取ることで、物質を変性させ、本来の機能を失わせます。抜き取った水素原子はOHラジカルと結合して「水(H2O)」になります。
OHラジカルは通常は非常に短い寿命しかないものの、水に包まれていることで長寿命化し、部屋の隅々まで拡散できるとのことです。パナソニックはこれまでも、カビを中心とする真菌に対するナノイーの効果を検証してきています。
「大阪公立大学の向本教授と共同で真菌を有性生殖の方法と形状により分類し、それぞれの分類に属する真菌から環境汚染菌と病原汚染菌を中心に選定して、すべての種で99%以上の不活化を確認しました」(佐々木氏)
「生活環境の中に存在するカビの5割以上は、黒カビと言われています。カビは環境だけでなく健康にも影響を及ぼしており、アレルギーや食中毒の原因にもなっています。近年は新型コロナウイルス感染症によって世界中で多くの人が亡くなりましたが、真菌による感染症に関連した死亡者は世界で170万人と多く、健康被害に関してもカビは放っておけない存在です」(向本教授)
微生物には、ウイルス、細菌、カビなどの真菌――と多くの種類がありますが、消毒液に対してもっとも抵抗性が高いのはカビの「胞子」だそうです。
「カビの胞子と、一部の細菌が作る胞子と同じような『芽胞』は、胞子や芽胞は中心部にほとんど水がなくて眠ったような状態になっており、もっとも消毒薬に強い微生物なのです」(向本教授)
話を戻して、今回の実験ではカビを分類し、中でも環境中に多い、あるいは病原性の高いものをリストアップ。「ユミケカビ」と「ロドトルラ(赤色酵母)」、「クラドスポリウム(黒カビ)」という3種類の真菌を使って、ナノイーの効果を検証したとのことです。
45Lの空間内でナノイーの真菌不活化メカニズムを解明
実験環境は、アクリルで囲まれたボックス空間(体積45L)の中に、菌液や胞子、酵母を滴下したガーゼをシャーレに設置。その約10cm上にナノイー発生装置をセットしてナノイーを照射しました。1つ目の試験では、ナノイーを一定時間照射した後に菌液を回収して、電子顕微鏡によって表面と断面の形態学的な変化を観察しました。
2つ目の試験は、一定時間のナノイー照射後、ナノイー照射を止めて放置。放置した時間に比例して、どのように不活化効果が変化するかを検証しています。
黒カビにナノイーを8時間照射したところ、不活化率は99.99%。ほとんどの黒カビが不活化したとのことです。土壌に存在するユミケカビは、ナノイーを4時間照射した後に99.99%不活化しました。
お風呂場など水回りで「ピンクぬめり」の原因となる菌「ロドトルラ」は、酵母の一種です。こちらも8時間のナノイー照射後に99.99%が不活化しました。
今回検証した3種類の真菌すべてにおいて、ナノイー照射によって不活化する結果になりました。そのメカニズムについて、向本教授は次のように語りました。
「ナノイーが細胞壁に当たり、OHラジカルによって細胞壁が損傷されます。時間の経過とともにその損傷度合いが大きくなり、細胞壁が薄くなっていきます。細胞の内圧と外圧の差によって細胞の中から圧力がかかり、最終的には細胞壁が完全に壊れて細胞質・細胞小器官が流出します。真菌の胞子あるいは酵母の中が空洞化するというメカニズムによって、不活化することが明らかになりました」(向本教授)
ナノイーによる持続的損傷効果も確認
続いて、2つ目の試験「ナノイーの持続的損傷効果」について。試験1と同じ装置を用いてナノイーを2時間照射した後、2時間、4時間、6時間、16時間と放置します。時間の経過とともに変化する菌数によって、不活化効果を評価します。つまり、ナノイー照射を止めた後でも、真菌の不活化が進むのかどうかの検証です。
この試験で重要なのは「損傷菌」という考え方。損傷菌とは、物理的あるいは化学的な処理によって、構造や機能の障害が生じた菌を指します。向本教授によると「健常菌と死菌との間に位置付けられたもの」とのこと。
損傷菌は、大きく以下の2つに分かれます。
(1)栄養や水分を与えて適当な温度下で培養するなど、蘇生処理を行うことで見かけは正常なものに回復する「亜致死的損傷菌」
(2)蘇生処理をしても回復しない「致死的損傷菌」
「損傷菌の中でも致死的損傷菌の割合を増加させれば、不活化率が上昇すると考えられます」(向本教授)
試験では、ナノイーを2時間照射してから静置し(2時間、4時間、6時間、18時間)、時間の経過ごとの不活化率を計算しました。
「ナノイーを2時間のみ照射した場合は不活化率が23.9%であるのに対し、静置時間が2時間、4時間、6時間と増えていくにつれて、不活化率が上昇しました。特に、6時間以上静置することで90%以上の菌が不活化したことが示されています。さらに4時間以上静置すると、静置しなかった場合に比べて完全に有意な差が見られます。4時間以上静置すると効果が増強することが分かりました」(向本教授)
「ナノイー照射後、『菌が回復する環境でない条件』で放置することによって、ナノイーによる菌の不活化効果が継続されます。菌の回復が不可能な程度に細胞質や核内物質が損傷を受け、外部への細胞成分が流出する菌の割合が時間の経過とともに増加します。つまり、損傷菌の中で回復が不可能な致死的損傷菌の割合が増加した結果、致死率が静置時間に比例して上昇したと考えています」(向本教授)
ただし、損傷菌のメカニズム、特に亜致死的損傷菌の回復メカニズムというのはまだ明らかになっていないとも。
「今回の検証では真菌の分類における代表的なものを対象としており、すべての種で形態変化が認められました。その結果から、帯電微粒子水(ナノイー)の照射による真菌の不活化メカニズムを構築しています。また、一定の損傷を与えると、ナノイーを照射し続けなくても菌の不活化が進むことが分かりました。今後もメカニズムの解明を進めていきたいと思います。今回の結果は、未検証の真菌に対しても同様の効果が期待されます」(向本教授)
最後にパナソニックの佐々木氏は次のように語りました。
「新型コロナウイルスに続いて、新たなパンデミックを引き起こす病原微生物が出現する可能性は否定できません。コロナ禍の3年間で得られた教訓とあわせて、ナノイーも感染症対策の一翼を担えるかもしれないと考えております。パナソニックのナノイー技術は20年を超える研究開発の歴史の中で、世界の45機関で効果やメカニズムを検証し、対象の菌やウイルスは60種類を超えています。花粉やアレル物質を含めて、これまで100項目を超える検証を積み重ねてきました。今後は有害物質そのものへの効果だけでなく、例えば免疫力を高めたり、花粉症やアレルギーを予防につなげたりと、人への直接的な効果や臨床試験にもチャレンジしていく計画です」(佐々木氏)
今回の検証は「45Lの狭い空間」ではあるものの、ナノイーを数時間照射することでカビや酵母などの真菌が不活化することが分かりました。住宅といった実使用空間での実証実験は予定していないとのことですが、ナノイー発生装置は空気清浄機やエアコン、扇風機、冷蔵庫や洗濯機などさまざまな機器に搭載されています。今回はあくまで閉鎖空間における検証ではあるものの、ナノイー搭載機器でも一定の効果が得られることが期待できます。