第32回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『旦過で生きる』(テレビ西日本制作)が、フジテレビで12日(27:20~)に放送。吉瀬美智子がナレーションを担当する。
2022年4月19日午前2時20分、炎は瞬く間に「北九州の台所」を襲った。福岡・北九州市で100年以上続く「旦過(たんが)市場」の一帯、42店舗が被災。その3カ月後にも再び大火災が発生し、45店舗が焼失した。
失意のどん底の落とされた店主たち。しかし、「また店をやりたい」と前を向く人の中には、九州の郷土料理「だご汁」が看板メニューだった86歳の女性店主もいた。全焼した店は取り壊され、店の再開は物件を探すところから。「死ぬまでがんばる」と意気込む女性店主の”根源にあるもの”とは…。再起までの道のりを見守り続ける。
「だご汁」の店を営む徳岡朱美さん(当時86)は、明治生まれの“何でもできる”母親のもとで育ち、23歳で結婚後、3人の男の子の母親としてたくましく生きてきた。40歳の頃からは地域住民の見守りなどを行う民生委員として街のために尽力し、時には非行少年たちとも真正面から向き合った。
60代で始めた店「田舎料理いちべえ」の看板メニュー「だご汁」は、小さい頃に母親がよく作ってくれた料理。20年以上愛されてきた店だったが、2022年4月19日未明に発生した大火災で一夜にして奪われた。店がある建物の2階が自宅だったため、数多くの思い出の品は無残な姿に。母親のさらに上、祖母の時代から代々受け継いできた “手回しミシン”も真っ黒に焼け焦げていた。
それでも、徳岡さんは「また、だご汁店をします!」と前を向いた。被災から2カ月後、旦過市場の空き店舗への入居が決定。極端に狭い建物だったため、改装工事が不可欠だった。客が気持ち良く過ごせるように、料理の見た目や味だけではなく、店内の装飾など細かいところまでこだわるのが、徳岡さんの流儀。「これからお店が変身するから!」と再建作業が軌道に乗っていたとき、再び旦過を大火が襲った。
新店舗の被災はかろうじて免れたものの、一度目の火災がフラッシュバックして気持ちが落ち込み、家からほとんど出られない生活が続いた。食べ物も喉を通らず、体重は激減。そんな時に心の支えとなったのは、店を愛してくれていた常連客や旦過で商売をする仲間たちからの励ましの言葉だった。86歳の徳岡さんは少しずつ活力を取り戻し、1日も早い営業再開に向けてギアを上げる。
そして、被災から9カ月あまり。「田舎料理いちべえ」の店主としての人生が、再び幕を開けた。注文が入ってから1人前ずつ丁寧に作る「だご汁」を、「おいしい!」と言って食べる客たち。かつての光景が帰ってきた。
徳岡さんが最後に語ってくれた言葉に、改めて1年間のすべてを見た――「何歳まで生きられるか分からないけど、死ぬまでがんばります」「“命ある限り”店をやり抜きます」
テレビ西日本の鑓水航ディレクターは「深夜0時に帰宅し、眠りについた約3時間後。同僚カメラマンから電話が入りました。“旦過で火事だ。早く来て!”。現場に到着した私の目の前に広がっていた光景は、想像をはるかに超える惨状でした。当時北九州で暮らしていた私にとっても、“旦過”はよく訪れた特別な場所。その場所が失われる瞬間を見るのは、絶望以外の何ものでもありませんでした。現場で取材を続ける中で、後輩の記者のインタビューに最初に応えてくれたのが、徳岡朱美さんでした。86歳にしてお店の再建を決意し、営業再開に向けて次々と行動に移していく徳岡さん。年齢を感じさせない並外れたエネルギーに、取材をする私たちの方が元気をもらっていました。それと同時に、“諦めない気持ちがあれば不可能はない”ということを強く実感しました。徳岡さんや旦過の人たちのたくましさを通して、“生きていく活力”を感じていただければ幸いです」とコメントしている。