Apple Watch Ultraは、2022年9月に発売されたApple Watchの新カテゴリ製品。頑丈なケースに明るく大きなディスプレイ、機能をカスタマイズできるアクションボタン、バッテリー性能など、ハードな使用に耐えるスペックが特徴です。
初代からApple Watchを愛用するスプリントコーチの秋本真吾さんは、Apple Watch Ultraになって初めて本格的にトレーニングに活用するようになったと言います。コーチとして、また自らアスリートとして走る秋本さんに、デバイスを活用したトレーニングの意義と可能性について聞きました。
秋本真吾さん
SHINGO AKIMOTO. | 秋本真吾オフィシャルサイト
2012年まで400mハードルのプロ陸上選手として活躍。当時、200mハードルアジア最高記録、日本最高記録、学生最高記録を樹立。引退後は走り方の改善を指導するスプリントコーチとして、プロスポーツや代表チームなど多くのトップアスリートをコーチング。年間約1万人、全国の子供達にかけっこ教室を実施。2019年アジアマスターズ陸上において、100mおよび4x100mリレーで金メダルを獲得。
「アクションボタン」搭載で使い方が大きく変わった
——Apple Watchを初代からお使いだとうかがいました。
はい。大学卒業前後だったと思いますが、国内で出たばかりのiPhoneを使い始めて、それ以来Appleユーザーとして出た製品はまず買う、というスタンスです(笑)。なので、Apple Watchも機能云々というよりカッコいいからまず買うという流れで使い始めました。
——初代はスペック的に今よりだいぶ厳しかったと思いますが、どのようにお使いでしたか?
正直、あの頃にスポーツシーンで使うことはほぼありませんでした。通知の確認などの日常的な用途ですね。あとは自分がApple Watchを使っていることそのものへの満足感が大きかったです(笑)。競技中もつけて走っていましたが、タイムや心拍などを計測することはなかったですね。
——では、本格的に活用し始めたのはいつからですか?
Apple Watch Ultraになってからですね。アクションボタンがついたことで、計測のスタート/ストップなど画面を見なくてもやりたいことが当たり前にできるようになったことが大きいです。短距離では全力で走ってゴールした瞬間に画面を見て「ストップ」をタップするのはどうしても難しいですから。
——具体的にどのような場面で使っていらっしゃいますか?
自分自身のトレーニングでは「ワークアウト」を使っています。ランの計測ではペースや心拍数だけでなく、ストライド(歩幅の長さ)、上下動、接地時間などが計測できるので驚きました。実際に自分でいろいろな走り方をして試してみましたが、体感とも合っていましたね。
人が速く走るには、接地時間をなるべく短く、ストライドをなるべく長く、そして足の蹴りを効率よく推進力にするために上下動を抑えることが重要です。これらを計測するには本来専用の機材や設備が必要でしたが、Apple Watchで計測して、その場でiPhone(「フィットネス)アプリ)から確認までできるのはすごいことだと思いました。
——改善ポイントが数値ですぐにわかるわけですね。
はい。経験を積んだランナーならそういったことは目で見ただけでもわかるものなのですが、コーチとして指導する立場からすると、数字があればアドバイスが伝わりやすいし、選手としてもより納得感がありますよね。トップアスリートはそうやって何度も高速でPDCAを回して、走りを改善しているのです。特に個人選手ではこうした活用法との親和性が高いと思います。
——秋本さんはプロ野球やJリーグのチームでも指導をしていらっしゃいますが、陸上以外でも活用の可能性はあるでしょうか?
接触のあるスポーツではプレー中には装着できませんが、トレーニングで活用するのは有効だと思います。特に、目的に応じた心拍数コントロールでトレーニング効果を効率的に得ることに向いているのではないでしょうか。
例えば、300mを1回走るのと、より速いスピードで60mを5回走るのでは、距離が同じでもトレーニング効果が大きく異なります。昨日は自分のトレーニングで、250mを50秒以内(1キロ3分30秒ペース)で走って心拍数を130〜140まで上げ、次に80mをより速いペースで走って筋肉を刺激する。これを3セットやりました。陸上ではこのように距離や速さをカスタマイズした目的別トレーニングのメニュー構成がたくさんあるんですね。こうした知見を野球やサッカーのトレーニングに活かせば、いい相乗効果が生まれると考えています。
個人単位なら、試合後のリカバリー(20分程度の軽いラン)やオフ明け最初の有酸素トレーニングなどでもすぐに活用できるでしょう。ただ、チームで導入するとなると数をそろえるコストや、全員のデータやデバイスの管理などが課題になるかもしれません。
知識×テクノロジーで、より賢いトレーニングを
——秋本さんはトップアスリートから小学生まで幅広い層に走りを教えていらっしゃいますが、どんなメソッドがあるのでしょうか?
私が共通して教えているのは、走りのテクニックです。足をどう動かすか、腕をどう振るか、姿勢はどのポジションがいいか、といった技術的な要素ですね。ただ、それだけで全体のレベルを上げることはできません。
ピラミッドに例えると、一番上が自分の理想とするアスリート像。真ん中がテクニック。そしてもっとも重要なのは、土台となる基礎体力・基礎筋力です。これがないままテクニックを磨いても細いピラミッドにしかなりません。小学生が大谷翔平選手のバッティングを完璧にコピーしても、同じだけ打球が飛ぶわけではないのと同じです。
——では、初心者が土台から作っていくにはどうしたらいいでしょうか?
走りのメニュー構成を増やしてみてはどうでしょうか。1日30分走るとしたら、最初から最後までただ同じように走るのではなく、30分走り続けられるスピードよりもやや速く1分間走り、少し歩いてまた1分間走る。これを10回1セット。間を5分空けて3セット繰り返す。こうすると、トータルで見れば速いペースで30分走っていることになります。さらに、1分ができたら3分、5分と、1回に走る時間を伸ばしていきましょう。
これが、世界のトップ選手が実践しているインターバルトレーニングの基本です。少し速いペースを身体が記憶し、徐々にその距離を延ばせるようになるのがポイントです。ランを「ワークアウト」で記録しておけば、1分間で走った距離、その時のストライドや接地時間などを毎回振り返ることができます。この数字を見るのが結構楽しいことを、市民ランナーの皆さんはよく知っているはずです。
——体力だけでなく、頭と道具を使って走るのですね。
そうなんです。今はスポーツメーカーのシューズテクノロジーが非常に進歩している分、それを履きこなせるフィジカルがなくては逆にケガをしてしまいます。プロの世界はもうテクノロジーに人間が合わせていかないと戦えない世界です。それは間違いなく一般のランナーにも広まってきています。
——日本は市民ランナーのマラソン完走率が高いと聞きます。
はい、世界的に見てもこんなに市民ランナーのいる国はありません。しかもびっくりするくらい皆さん研究熱心で、どうすれば効率よくトレーニングできるか、といった学習へのニーズは恐ろしく高いです。そうした知識を持った上で道具を使いこなすことで、より“IQの高い走り”ができるようになると感じています。
——ありがとうございました。