スポーティな外観の「JOG」と並んでヤマハ発動機の原付スクーターを代表する「Vino」。1997年のデビューから女性ユーザーを中心に支持され、今や26年の歴史を持つベストセラーだ。近年もも、マンガやドラマが話題となった「ゆるキャン△」や、テレビ東京の人気番組「出川哲朗の充電させてもらえませんか?」など、レトロポップなスクーターとして衰えない人気を誇る。
時代が変わってもユーザーを惹きつける魅力的なデザインはどうやって生まれたのだろうか?
初代から「Vino」に乗っているいちライダーのライターが、デザインからマニアックなパーツの話まで、歴代「Vino」に関わって来た3人のデザイナーの方々に話を聞いた。
⇒ヤマハ発動機「Vino」レトロポップなスクーターの魅力とは?
インタビューにお答えいただいたヤマハ発動機・デザイナーの方々
星野茂さん(写真中央)
クリエイティブ本部 プロダクトデザイン部
「JOG」や「マジェスティ」など、国内外のヤマハ製スクーターのデザインを手掛けてきたデザイナー。20代で初代「Vino」の立体デザイナーとして参加し、二代目ではチーフデザイナーとして企画段階から携わった。中山ルミさん(写真左)
クリエイティブ本部 プロダクトデザイン部
女性中心のカラーリング専門部隊「なでしこチーム」の一員として、2012年から5年ほど二代目「Vino」を担当。女性目線での繊細なカラーグラフィック戦略で「Vino」の人気を支えた。土屋さおりさん(写真右)
クリエイティブ本部 プロダクトデザイン部
初代「Vino」と生まれが同じ年という入社3年目の若き女性デザイナー。現行の三代目「Vino」では、2023年の新色からカラーデザインを担当している。
開発期間12カ月、当初のターゲットは女性ではなかった!?
初代「Vino」が発売されたのは1997年。レーサーレプリカなどスポーツ系のブームも終息し、クラシックやアメリカン、ビッグスクーターにリッターバイクなど、多様性のあるモデルが次々に生まれていた時代だった。
スクーターの人気モデルもスポーツタイプからのレトロ系の外装をまとったモデルに移りはじめたため、ヤマハもこれに対抗するモデルの開発を急ピッチで進めることになったことが、「Vino」開発のきっかけだという。
他社からもレトロデザインのスクーターが続々と出ているなか、どのような点で独自性を出し、ヒットに繋げたのだろうか。
――1997年に登場し、印象的な「PUFFY(パフィー)」のCMも印象的だった初代「Vino」ですが、最初からターゲットは彼女たちのような若い女性ユーザーだったのでしょうか。
星野:実は初代を企画した際は、ターゲットの女性比率はそれほど高くなかったんです。この時代、他社からレトロ風のスクーターが出ていたため、まずは短期間でそれに対抗する製品を作ることが命題でした。
――「Vino」の開発期間は短いとのことですが、どのように短縮したのでしょうか。
星野:「12か月で開発してほしい」と依頼がありました。通常は開発に数年かけるので、相当短期間です。当時、私はヤマハ発動機のプロダクトデザインを手掛ける「エルム・デザイン」に所属するデザイナーとして関わっていました。
実は初代「Vino」は流用品のカタマリだったんです。既存の「JOG(アプリオ)」をベースモデルに外装のデザインを施していきました。またヘッドライトやウィンカーといった灯火類やフューエルメーターなどは、他車用のパーツを流用しましたね。取り付けの関係でカバーが付けられずむき出しにしたり、工夫しながら作った覚えがあります。
当時は会社をまたいでのパーツの流用はよく行われていて、メーカーのマークを入れていないことも多かったです。現在は共通のパーツを使うプラットフォーム開発を戦略的に進めていますが、スクーターはこの頃からすでに行っていました。
また商品企画から、ヤマハの「音叉マーク」を入れたいという要望があり、「音叉マークはさすがに重すぎない?」と驚いた記憶がありますね。当時は「SR」や「VMAX」など、限られたモデルにしか使われなかったので。丁度この頃から音叉マークを押し出すようになったんです。
アイコニックなレトロスクーターとどう変える? 独特のこだわり
独特のオリジナルなレトロ感を出す「Vino」だが、どうやってあのカタチが作られていったのだろうか。
――有名なクラシックスクーターとしては「ベスパ」や「ランブレッタ」などのイタリア車や「シルバーピジョン」といった黎明期の国産車があります。具体的に参考にした車種はあったのでしょうか
星野:確かに、そういったレトロスクーターのデザインは大きなアイコンとして存在します。しかし、それをそのままマネするのはメーカーとしてどうなんだ? という思いもあったので、どうしたら既存のモデルと差別化できるかを意識しました。
星野:たとえば、ヘッドライトをハンドルに持ってくると、どうしても既存のモデルに似てしまいます。ハンドルバーをむき出しにしてネイキッド風にしたいというアイデアから、ヘッドライトをボディマウントにする案が出てきました。
――「Vino」はリアのグラブバーが垂れ下がっていますが、あの形は独特ですね
星野:グラブバーはアイコニックなパーツですね。過去になかったカタチだと思いますが、あえて荷物が乗らないよう垂れ下がったフォルムや、バーの太さや形状など、手描きのデザインと試作を何度も繰り返しました。
大ヒットの初代を受け、二代目のターゲットは?
CMモデルを務めた「PUFFY」とともに大ヒットし、さまざまなカラーバリエーションや限定モデルを追加して一躍人気となった「Vino」だが、7年後の2004年には排気ガス規制によるエンジンの4ストローク化でフルモデルチェンジを行う。
――2004年には二代目にモデルチェンジをしましたが、その時はどうだったのでしょう
星野:男性は「JOG」、女性は「Vino」とターゲットを分けており、なかでも二代目のターゲットは「女子高生」とクリアに決まっていました。ただ女子高生に調査をしても、「かわいい」としか言ってくれず……。「とにかくかわいいのを作ってほしい」という依頼を受けつつも、クラシックな要素も入れて初代とは違った良さをどれだけ表現できるかを考えました。
――確かに初代はバイク乗りが懐かしさを感じる要素がありますが、二代目はバイクを知らない女子高生も直感的に「かわいい」と思えるデザインですね。エンジンが2ストから4ストになることで何か影響はありましたか
星野:どうしても4スト化するとパワーは落ちますが、走りの部分ではライバルには負けたくない思いがありました。メッキシリンダーや3バルブの採用など、かなり凝ったものになっています。そのためには軽量化も重要で、外装カバーの板厚を部分的に薄くしたり、デザインの面では樹脂やステップのゴムマットの厚みなど細部まで工夫しましたね。
Vinoのカラバリはどう決めている?
フルモデルチェンジ後も販売台数を維持するためのマイナーチェンジが必要になる。特に「Vino」は流行に敏感な若い女性がメインターゲットであるため、デザインには定評のあるヤマハといえど、カラーデザインの現場ではさまざまな苦労があったようだ。そのため、二代目では途中から女性デザイナーを中心とした「なでしこチーム」が結成された。
中山さんも「なでしこチーム」に所属していたひとり。様々な「かわいい」をどのように落とし込んでいったのだろうか。
――「Vino」には数え切れないほどのカラーバリエーションがありますが、どのように決めていったのでしょうか
中山:たとえば「かわいい色」といっても、男性目線で考える女性の「かわいい」は違うんですよね。男性が『女性はピンクならかわいいと思うはず』と思っても、特に「Vino」に乗る女子高生はアクティブなので、「ピンク」ならなんでも良いわけではないんです。「ピンク=かわいい」ではなく、パッと見て『これほしい!』と指名買いしたくなる、直感的に思える「かわいいピンク」を模索しました。
――彼女たちがいう「かわいい」という短いワードから明確な答えを探すのは難しそうですね。
中山:同じ女性でも世代によって考え方も異なりますしね。ターゲットである女子高生のニーズを見つけるために、国内の販売店やユーザーなどを回ってのリサーチも行いました。
――調査のなかでどのようなことが見えてきたのでしょうか?
中山:例えば、「日本向けのVinoは、ステッカーを使った模様は敬遠される」という認識があったんです。しかし深掘りをしていくと、ステッカーがダメなのではなく、安っぽいことが受けないと分かりました。高そうに見えてかわいくて、他の人とかぶらないグラフィックならステッカーでもOKなんですよね。そこからデザイナーが知恵を絞って、ステッカーでもかわいいデザインを作っていきました。
カラーチェンジだと大幅な変更はできないのですが、設計に直談判してグラブバーを塗装したり、細部のこだわりを重ねて人気を盛り返しましたね。
令和のVinoは「ジェンダーレス」
初代「Vino」が生まれた90年代から現代にいたるまで、女性のライフスタイルや好みは大きく変化を続けている。三代目となった現行の「Vino」も女性ユーザーをメインターゲットとしているが、何か変化はあったのだろうか。
――最新モデルのカラーリングの場合はどうでしょうか
土屋:私は2023年モデルの新色から担当しているのですが、アイデアを練っている期間は丁度コロナ禍だったので、対面のリサーチができないことが大変でしたね。大学の友人たちに意見を聞いたり、街中を走っているバイクなども観察しました。
――コロナ禍でユーザー調査にも影響があったのですね。街中を走るバイクを見て、変化はありましたか?
土屋:赤い「Vino」に男性が乗っていたり、ジェンダーレスの時代だなと感じるようになりました。「もう女子らしいものに乗る女子の時代は終わった」と実感しましたね。
そういった背景も踏まえ、2023年モデルはは男女問わずに乗れるようなカラーにシフトしています。またポップでキュートな印象のイエローも、インナーを黒にしたりと「女子過ぎない」カラーに仕上げました。ビジュアルだけでなく、汚れが目立たない機能面のメリットもあります。
世代を重ねても変わらない「Vino」らしさ”とは?
――初代の誕生から26年、三代目となった「Vino」ですが、デザイナーの立場から一言で「Vino」らしさを表現するとしたら何でしょうか
星野:一言でいうと「元気さ」ですね。二代目は「かわいい」にフォーカスしましたが、初代が2ストロークエンジンだったため、やはり「元気さ」もないと「Vino」じゃないな、という思いもあったんです。この「かわいい」と「元気」を表現するデザインのバランス見るため、試行錯誤を重ねています。
土屋:「元気さ」という点では、最新版のカタログには「ビーノと見つける新しい毎日」というキャッチコピーを入れているんです。元気な「Vino」に乗ることで、ただの日常が特別なものになり、いろいろなところに行きたくなってほしいな、という思いを込めています。
中山:海外では「華麗」や「スタイリッシュ」、「クール」などの要素がないとなかなか買ってもらえないため、「かわいい」のひとことで納得できちゃうのは日本独特の感覚ですね。この丸いボディの「かわいさ」を継承しているのが「Vino」の味なのかなと。世代を通して「元気」かつ「かわいさ」は変わらないですね。
Column:実は「Vino」のデザインは世界一売れた!?
今や中国は3億台を超えるEVバイク大国だが、「E-Vino」の発売後にデザインをコピーしたEVバイクが大量に販売され、その数は1,000万台以上だったという噂も。中国ではEVバイクのベーシックなカタチとして「Vino」のデザインが認識されているのかもしれない。
「元気」と「かわいい」、シンプルで強い「Vino」の魅力
ベストセラーの「Vino」だが、歴史を振り返るってみると、どのモデルも苦境の時に誕生している。初代は原付市場の縮小、二代目は厳しい排気ガス規制、そして三代目も市場の激減によってライバルメーカーであるホンダのOEM供給を受けた。ビジネスとしては厳しくても「原付を提供するメーカーの社会的責任」という両者の意見が合致したためだ。しかし、いつの時期でも「Vino」は消えることなく輝き続け、新しいバイク乗りたちを増やしてきた。
私事になるが、時々知人の「Vino」に乗ることがある。自分のリッターバイクとは比較にならないほど非力で小さいが、30km/hでトコトコ走っていてもなぜか楽しく、自分のものではないのに洗車してワックスまでかけてかわいがってしまう。そのことを不思議に思っていたが、作り手の口から出た「元気」と「かわいさ」という言葉ですべてがストンと腑に落ちた気がした。
モノには、それを作った人たちの魂が宿る。それは強ければ強いほどだ。今回のインタビューでは3人のデザイナーのほかにも、ブランディングや広報など多くの方が同席して「Vino」の想い出を楽しく語り、動態保存された初代モデルの前で目を細めていた。みな、このとても小さなスクーターに愛着があることがわかる。
大げさかもしれないが、デザイン=創造力というのはそこまでのエネルギーを持っている。この力こそが「Vino」のヒットの秘密であり、ヤマハの原動力ではないだろうか。
ヤマハ発動機 コミュニケーションプラザ
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