大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の最大の注目ポイントは瀬名(有村架純)が申し分のないよくできた妻であることだ。

  • 『どうする家康』瀬名役の有村架純

伝承では瀬名と家康(松本潤)の仲は良くないうえ、武田と通じていたとして謀反を疑われ、息子・信康(細田佳央太)ともども命を落とすことになる。それが「築山事件」と呼ばれ、その悲劇を描いた物語も多々ある。ところが、『どうする家康』では、第20回の時点で瀬名は家康と別居しているものの、強い信頼関係で結ばれているし、武田と通じているわけでもない。ただ、第19回のおわりに武田勝頼(眞栄田郷敦)が信康と瀬名に狙いを定め、第20回では瀬名が武田の忍者・千代(古川琴音)を呼び出し「お友達になりましょう」と囁いていた。何かが始まりそうな不穏な気配はある。この流れのすべてが勝頼の策略で、これから瀬名は危機に陥るのだろうか。

瀬名の行く末は心配だが、演じている有村にとってはここからが腕の見せ所であろう。実際、「お友達になりましょう」のときのクールな表情には、「待ってました!」と声をかけたい気分になった。

千代を呼び出し「家臣に手出しされるくらいなら、私がお相手しようと思って。そちらにとっても望むところでは?」と持ちかけたときの瀬名は、これまでの印象とまるで違っていた。これまでの瀬名は、快活で優しく、家康の良き理解者、でも怒ると怖い、という悪い印象のない人物だった。武家の娘として教育が行き届いていて、しっかりしているけれど、出過ぎず、常に家康から一歩引く、しとやかさがある。なんといっても、家康が今川に人質になっていたとき、人形遊びをしている彼をばかにすることなく、一緒に遊んだ理解者である。

正妻としては夫の行動を的確に認識し、お万(松井玲奈)の狙いを察して、うまく解決する才覚も発揮した。だが、お万が登場した第19回から、瀬名に変化が起きてきたようにも感じる。お万が瀬名に語りかけた「政もおなごがやればよいのです……男どもには出来ぬことがきっと出来るはず。お方様のようなお方ならきっと」という言葉、これが瀬名を変えたのではないだろうか。現代的な言葉で言えば「呪い」をかけられてしまったとも言えるだろう。

お万のように、戦で人生が激変した者もいれば、第20回に登場した大岡弥四郎(毎熊克哉)のように、戦が続いてうんざりしてしまった者もいる。山田八蔵(米本学仁)のように徳川と武田の間で揺れて苦しむ者もいる。そもそも、瀬名は父母を戦で失っている。大事な親友・田鶴(関水渚)とも哀しい別れをしているし、ひとり息子の信康を戦場に出すことも心配であろう。戦、戦の日々をなんとかできないものかと考えるのも無理はない。

重いものを背負いながら瀬名は、夫を戦場に送り出し、自身は城を守り、忍耐しながら、笑顔で、決してピリピリしたところを見せない。側室に関しても、広い心で受け入れる。戦国時代の妻として理想的に描かれている瀬名が、千代が岡崎の調略活動をしていることを察知して、彼女を呼び出し、「お友達になりましょう」ときりっとした表情になったのは、意識改革を図ったのか、あるいは、もしかしたら、夫・家康には見せない顔が瀬名にはあるのかもしれないとか、もともとそういう責任感の強い人物で役割を全うしているに過ぎないとか、いろいろ想像が膨らむ。

ここに至るまで有村は、長らく、愛くるしい表情をキープしてきたのであろう。おっとりした笑顔をぺろりと剥いたら、裏側にひんやりしたものを内包していた驚きが第20回のラストにはあった。

これまでも有村は折につけ、意外な顔で、見る者を驚かせてきた。例えば、大ヒットした映画『花束みたいな恋をした』のヒロインはまさにそうで、似た趣味を持つ者と付き合ったけれど、楽しいのは最初のうちだけで、次第に心が平熱になっていく。相手にとって理想的な最高の彼女の面と、それを一枚剥いだ、日常の面の差異にリアリティーがあった。それをあえて極端に演じているわけではない、ちょっとした気分の変化で現れる有村の表情にドキリとなるのだ。

パラリーガルを演じた『石子と羽男-そんなコトで訴えます?』や保護司を演じた『前科者』も、生真面目で仕事熱心な人物が抱える他人に見せない別の顔を、魅力的に演じていた。有村は、ふっと気を抜いたときの冷めた表情がいいのである。筆者は常々、主張しているのだが、有村の良さは姿勢がいいことだ。どんなときでも背筋をしゃんと伸ばしているので一途な印象が強まる。それが彼女が演じる役が懸命に内側を隠しながら毅然と生きようとしているように見せている。

朝ドラこと連続テレビ小説『ひよっこ』(17年度前期)のヒロイン・みね子を演じたときは、大望を抱かず、慎ましく、地味で平凡で堅実な生活をしていく、朝ドラには珍しいヒロイン像を担い、高い支持を得た。真面目だけど、たまに毒づくこともある、単なる真面目一本やりではないみね子は面白く、愛らしかった。有村の愛嬌にはつい油断してしまうが、実は奥底にピリッと辛いものがある、ピンクペッパーを使ったチョコレートのような俳優だ。まっすぐ伸ばした背骨はぴりっと辛い心のようである。『どうする家康』の築山事件がどう描かれるか、目が離せない。

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