高齢化の進む母の故郷に移住し、47歳で新規就農

小林さんは、47歳のとき長年経営してきた学習塾をたたんで大阪から京都の福知山市に夫婦で移住してきました。他界した祖母の田んぼと畑を引き継いだのは2016年のことです。
福知山は丹波北部の日本海側気候で昼夜の寒暖差が激しく、湧き水に恵まれ、土壌も肥沃(ひよく)。しかし、冬場は曇りがちで雪も多いことから農家離れが進み、京都の中でも高齢化が著しい地域の一つとなっています。
そんな場所でなぜ就農することを決めたのでしょう?
「飼っていたミニブタのために月に1~2日通って野菜づくりを始めたら、びっくりするほどおいしかったんです。ここで育てた野菜なら売れる、夫婦2人で生活していけると思いました」(小林さん)
規模の拡大を目指すのではなく、当面は夫婦2人でどこまで売り上げを上げられるか挑戦してみたい。そこで、移住前に農業塾で米作りを学んだ夫が稲作を担当。小林さんは少量多品種栽培から始め、特に評判の良かったトマトの栽培に特化していきます。

地元でしか売れない“超”樹上完熟のトマト

トマトは独自の「かなこ農法」で育てます。目指すのは甘いだけでなく程よく酸味もある、「祖母が食べさせてくれた昔懐かしいトマトの味」。
農薬や化学肥料を使わず、動物性と植物性の堆肥(たいひ)、そして海や山の有機物をたっぷり混ぜ込んだ土で育てます。実がなり始めたら水を極力控えることで、トマトは生命力を発揮し甘みが増すのだとか。実に栄養がいくよう、わき芽はこまめに摘み取り、下葉も取り除いて通気を良くし病気を防ぎます。
そして最大の特徴は、樹上で完熟させること。「一般的な樹上完熟よりも、さらにもう一歩熟させています。だからちょっとぶつけたり強く持ったりしただけでも簡単に潰れてしまいます」と小林さん。クール便で運ぶのも難しいため、地元でしか売れない。それでもいいと割り切れるくらい、樹上完熟は小林さんにとって譲れないポイントでした。

おいしさのピークまで樹上で完熟させる。好きなアイドルの曲を聴きながら世話をするのも、トマトをおいしく育てる秘訣(ひけつ)

しかし、夏場になるとトマトは一斉に完熟を迎えます。作業が追い付かない、割れてしまうなど、処理しきれないトマトが増えていきました。そこで近くの障害者施設が営む加工所でジュースにしてもらうことに。
当初、農業関係者には、ジュースの商品化をことごとく反対されたそうです。「就農して間もないんだから、まずは面積を増やして収量を上げなさい」と。しかし、ならばと商工会に持ち込んだところ「ちゃんとブランディングすれば売れる」と太鼓判をもらいました。
「小さな農家が真心こめて作ったトマトジュース」というコンセプトで、あえてデザイナーには頼まず、パワーポイントを使い自力でラベルやパンフレットを作成。価格も相場に合わせるのではなく、しっかりと商品価値が伝わる1本800円(180ml・発売当初価格)という金額に設定しました。

砂糖も塩も無添加で、完熟トマト6個分を搾ったそのままを瓶に詰めている。実はトマトジュースが嫌いだったという小林さんも「これならいける!」と商品化を決めた(写真提供:小林加奈子)

ビジコンへの挑戦が商品価値を客観視するきっかけに

大手との取引も視野に入れ、小林さん自ら代表となり法人格を取得。そんな矢先の2018年7月、西日本豪雨に襲われました。ハウスは水没し、収穫間近のトマトが全滅。販売開始は翌年に見送られました。しかし何もすることがなくなってしまったこの時期を、小林さんは無駄にしませんでした。周囲のすすめもあり、京都府が開催する女性起業家を対象としたビジネスコンテストに応募したのです。
「エントリーシートを書くだけでも勉強になると言われたのですが、その通りでしたね。ターゲット、マーケティング、優位性……わからないことだらけでしたが、ビジネス目線で考えるきっかけになりました」と小林さんは振り返ります。その結果、見事、近畿経済産業局長賞を受賞。結果だけでなく、審査の過程も小林さんにたくさんの気づきを与えてくれたそうです。

リスクヘッジから生まれた三方良しの「農家フランチャイズ」

福知山は昔から水害が多い地域でした。トマトが病気にやられる心配も常にあります。そんなリスクをどうカバーしていくのか。また夫婦2人で今後いかに売り上げを伸ばしていくのか。審査員からの質問や意見が、小林さんに1つのアイデアをもたらします。
それが、「農家フランチャイズ」でした。

農家フランチャイズの特徴

・苗と肥料とノウハウは無料で提供(ハウス、機材、堆肥など、必要資材は農家が用意)
・できたトマトは全量買い取り(契約時にキロ単価を決定)
・栽培期間中、ハウスは小林ふぁーむ専用とし、他への販売は禁止
・ロイヤリティーはなし

農家フランチャイズのメリット

●小林さんにとってのメリット
・人を雇うことなく、品質を維持しながら生産量を増やせる
(多少の品質のブレは、加熱時間の長いペースト用にするなど加工方法でカバー)
・畑を地域内(車で30分以内)に点在させることで水害や病気のリスクを分散

●農家にとってのメリット
・新規就農者や売り上げに伸び悩んでいる農家の収入サポートやスキルアップに
・就農を検討している人が農業を体験する機会に
・農家の家族などが本業のかたわらで収入を得られる
(米農家は育苗用に必ずハウスを所有しており、田植え~稲刈りまでの期間はハウスが空いている)

フランチャイズ農家の植田智美(うえだ・さとみ)さん。家業の米作りのかたわら、夏場は1人でトマト栽培に精を出している。提供している肥料は圃場(ほじょう)に合わせて小林さんが配合(写真提供:小林加奈子)

「それってフランチャイズみたい」という仲間の一言から名付けられたこのアイデアは、小林さんと農家双方にとってwin-winの仕組みであり、かつ高齢化という課題を抱えている地域にも貢献できるものでした。
「夫婦2人が食べていける農業」から、「人をつなぎ、地域を盛り上げていける農業」へ。小林さんの農業人生は次第に外へと開かれていきました。

仲間が成長し羽ばたいていくのを後押ししたい

2020年3月には、中丹地域(綾部・福地山・舞鶴)の農業女子グループ「のら×たん ゆらジェンヌ」を結成。農業者の勉強会があっても男性ばかりで肩身が狭い、京都の農林業に携わる女性たちの集まりも南部で行われることが多く参加しづらいなどの理由から、この地域の女性農業者が集える場が求められていました。
結成から3年、SNSでの情報発信をしながら、食育活動、マルシェの開催、勉強会の3本柱で活動をしています。

「のら×たん ゆらジェンヌ」のメンバー。農業だけでなく、畜産や漁業など一次産業に関わる女性たちが参加(写真提供:小林加奈子)

それぞれが独立した農家でありながら、チームを組んで活動するのには、どんなメリットがあるのでしょうか? 小林さんはこう説明します。
「女性は結婚や出産、親の介護などライフステージによって働き方が変わるし、悩みも変わる。女性同士だからこそ共感し合えるものがあるように思います。私自身、進もうとしている道がまちがっていないと背中を押してくれる仲間の存在はとても心強いですね。それに、一人一人は小さな農家でも、野菜を少しずつ持ち寄って、ゆらジェンヌとしてマルシェに出店すれば立派な八百屋になります」。現在、福知山駅前の共有スペースには、ゆらジェンヌの無人販売所も常設され、人が集まるスポットになっています。

元パチンコ店の雰囲気を残して作られた駅前共有スペースに、ゆらジェンヌの無人販売所が常設された。キャッチコピーは「明日のごはんを背負って立つ!」(写真提供:小林加奈子)

もともと人と積極的にコミュニケーションをとって前に出ていくタイプではなかったという小林さん。それが就農から10年もたたないうちに、多くの人とつながり、地域の農業女子をリードする存在に。
「私がそっと背中を押してあげることで、人が成長し羽ばたいていくのを見るのが好きなんです。これまでの人生で経験したことがすべて今につながっているように思います」(小林さん)