ゴールデンウィークが明けて間もない5月某日。九州のほぼ最南端に位置する鹿児島県頴娃(えい)町では、青々とした立派な葉が畑一面に広がっていた。たばこの原料になる「葉たばこ」である。

「葉たばこを作るのは簡単じゃありません。上の世代の先輩たちはみんな、『たばこは毎年1年生だ』と言いますが、それくらい葉たばこの出来は毎年違うんですよ。ベテランでさえ難しいんだから、僕なんて全然まだまだです(笑)」

  • 鹿児島県の葉たばこ農家・青年部長なども務めている岩下健作さん

そう話すのは、鹿児島県の葉たばこ農家で青年部長なども務めている岩下健作さんだ。

普段、我々が何げなく愛煙しているたばこは、どのような生産過程を辿ってユーザーの手元に届くのか。今回は岩下さんの収穫作業に同行し、その長い工程の一部分を拝見させていただいた。

■一般的にはあまり知られていない、“葉たばこ”の収穫作業

「鹿児島では5月上旬から葉たばこの収穫が始まります。すべて収穫し切るのに3カ月弱ほどかかるので、7月下旬頃までは作業が続きますね。今日は朝9時スタートですが、夏は日中の気温が高くなりすぎるので、朝5時くらいから作業を始める日も増えてきますよ」

この日、岩下さんが収穫していたのは幹の最下位の葉っぱ。1株につき2枚ずつ収穫しているという。下段の葉っぱはニコチンの含有量が低め、上段にいけばニコチンの含有量が高くなる傾向があるそう。

「1株あたり約18枚の葉っぱがついているのですが、下の8枚は1週間から10日ごとに2枚ずつ収穫していきます。6月10日くらいまでには下の段はすべて取り終える流れになります。上段の残り10枚は1日で一気に収穫します。それが大体6月25日から7月25日の間ですかね」

合計240a(=2万4000㎡)の農地面積を手掛ける岩下さんは、この時期では1日に約64袋分、1袋あたり約8kgを収穫するが、当然、収穫スケジュールは天候や気温などの影響で微妙に前後する。葉を収穫するかどうかは、一枚一枚「熟度」をみて見極めなければならない。

初心者にもわかりやすい指標となるのが、色ごとに番号が振られた色見本である。

「収穫に適した理想的な葉たばこの色が、『4』『5』『6』あたり。『2』や『3』のような色だと熟れすぎているので使えません。逆に、『7』や『8』のような葉っぱでは熟度が足りず、収穫するにはまだ早い状態です」

収穫で活躍するのが「AP-1」という葉たばこ専用の管理作業車だ。座席は2シーターで、畝(うね)を跨いで前進する構造となっている。葉たばこの株と同じくらいの高さに目線が位置するように座れるので、腰に負担をかけず収穫作業にあたることができる。

また、AP-1には収穫した葉たばこを積載するスペースや重さを量る計測器、収穫済みの葉たばこを直射日光から守る日除けなども実装。葉たばこ農家にとってAP-1は欠かせない相棒で、別の畑へ移るときもトラックで牽引しながら移動しているという。

収穫した葉たばこは、専用の乾燥機で長い時間をかけて丁寧に乾かす。乾燥は葉たばこの味と香りを決めるうえで非常に重要な工程で、乾燥時の温度や湿度によってたばこの味は大きく左右される。

  • 収穫から間もない葉たばこ

適切な温湿度条件下で葉たばこを乾燥させることによって、酵素の働きを高め、葉に蓄積されたタンパク質やデンプンなどがアミノ酸や糖に分解され、葉たばこ特有の香りや味が作り出される仕組みである。

  • 乾燥から3日ほどが経った葉たばこ。色も水分もだいぶ抜けている

乾燥させた葉たばこはその後、荷造り・出荷され、売買契約を結んでいるJTにて全量を買い上げることがたばこ事業法で定められている。葉たばこが「安定した農業」と評価される由縁である。

■鹿児島の青年部長が見据える、たばこ農家の未来

安定しているとはいえ、たばこ農家の数も年々減少傾向にある。岩下さんはなぜ、この道を選んだのだろうか。

「僕の生まれ育ちは頴娃町ですが、専門学校を出てから30歳になるまでは福岡の運送業者で働いていました。でも、妻の妊娠を機に、子どもは田舎でのびのび育てたいと考えるようになったんです。やっぱり、自分の育った環境がすごく恵まれていたんだと感じましたね」

岩下さんによると頴娃町周辺は海に面した温暖な地域で、たばこの歴史も長く、1600年頃には「指宿葉」という在来品種の産地として知られていたそうだ。

岩下家は3代続く葉たばこ農家で、当然、岩下さんも幼少期から父親たちの作業姿を見ながら育ってきた。

「親父も大変そうだったし、とにかくたばこ作り=キツイというイメージでした。でも、それ以上に楽しそうだったんですよ。何かあるたびに農家同士で飲み会を開いていて、うちで飲んだり、相手の農家の家に僕も一緒に連れていってもらったり……。そんな親父の後ろ姿を見て、幼心地に『自分もこうありたい』って感じたんだと思います」

とはいえ、「たばこ作り=キツイ」のイメージが覆ったわけではない。むしろ、3代目として後を継いでからは、葉たばこ農家の大変さを一層実感しているようだ。

「覚悟していたこととは言え、やっぱり大変でした(笑)。忙しいときは朝5時に家を出て、夜9時過ぎに仕事が終わる日もあります。他の農作物と違い、毎年の出来も全然違うので、本当に試行錯誤しています。台風被害に遭ったときもすごく辛かったですね。もう葉っぱがボロボロで出荷できないから、お金にもならない後処理をひたすらするんですよ。 それでも農家を辞めようと思ったことはないし、何より楽しいんです。同じ自治会で育った仲間もいるし、葉たばこ農家は横の繋がりも強いので、よくみんなで一緒に飲んでいます」

“人と人のつながり”こそが葉たばこ農家の最大の魅力だと岩下さんは言う。

「葉たばこ農家って、いい情報があれば隠さずにシェアするんです。葉たばこの値段は最初から決まっているから、豊作貧乏もありません。みんなが同じように安定しているんです。そのあたりは他の農作物と全然違いますね」

一方で、農家同士のつながりが強いからこそ、仲間が農家を辞めていくのは寂しいようだ。当然、農家数の減少は葉たばこ農業の未来、または喫煙文化の継承問題にも直結する。

「『人手がなくなった』という理由で農家を辞めてしまうのが一番残念ですね。誰か雇用できれば続けられるのに、と嘆く人も少なくありません。最近、外国人のアルバイトを雇えるようになったのですが、こういう制度が今後の葉たばこ農家の助けになる気がしています。

親が作業できなくなれば畑の面積を減らして、子どもが帰ってきたらまた面積を増やして……といった流れを変えなければいけないんです。もっと安定した経営を維持できるような体制を作らないと、子どもたちが『農業っていいね』と感じてくれませんから。

実際、葉たばこ農家は魅力的な仕事です。今から自分たちの世代がこうした問題について考えて、改善に取り組んでいけば、僕たちの背中を見て育った子どもたちが、いつかきっとまたこの町に帰ってきてくれると信じています」

葉たばこ農家の道を選択し、すでに10年になろうとしている岩下さんだが、「僕なんてまだまだ一人前にはほど遠いですよ。でも、青年部長としての責任も出てきましたし、先輩たちから吸収できることは吸収して、1年でも早くたばこのプロとして成長したいですね」と意気込む。

肌に照り付ける日差しを感じながら、岩下さんはきっと今日もAP-1を走らせている。