函館市の大泉潤市長が、公約としていた北海道新幹線の函館駅乗入れ実現に向けて動き出した。NHKなどの報道によると、5月23日から新たな役職として「新幹線対策担当課長」を設置したという。6月の予算案に調査費を盛り込むため、急いで調査の内容や手法をまとめる必要がある。そのために専任の課長職を作った。
ただし、新幹線対策担当課長は函館本線函館~長万部間の並行在来線分離や、第三セクターである道南いさりび鉄道の業務も担当する。かなり忙しそうだが、新幹線の函館駅乗入れは並行在来線と同時に進めないとコストメリットを生かせない。並行在来線を第三セクター化するにあたり、道南いさりび鉄道と経営を統合するか、あるいは独自の第三セクターを設立するかについても検討する必要がある。新幹線対策担当課長に情報を集約したほうが良い、という考え方だろう。
新幹線対策担当課長に任命された人物は、函館市企画部計画推進課の升田幸司氏。「北海道新幹線並行在来線対策協議会 渡島ブロック会議」の第6回(2019年8月2日)と第7回(2020年8月25日)において、「随行者名簿」に升田氏の名前が記載されており、当時の役職名は函館市企画推進室政策推進課主査だった。これ以外の開催で「随行者名簿」は公開されていない。おそらく、ほぼ毎回、随行していると思われる。
つまり、升田氏は函館市で並行在来線問題を長く担当した人物ということになる。報道と「随行者名簿」の比較によって、函館市企画推進室が函館市企画部に昇格したとも読み取れる。筆者が入手した情報によると、升田氏は5月25日、函館駅乗入れ発案者で日本鉄道建設公団OBの吉川大三氏から詳細なレクチャーを受けたそうだ。
一方、北海道新聞の報道によると、大泉市長は5月12日に東京で国土交通省幹部に面会し、5月13日に札幌で長谷川岳氏(自民党参議院議員)の会合に出席したという。長谷川氏は自民党の副幹事長で参議院国土交通委員会の筆頭理事であり、鉄道行政に影響力があるといわれる人物。札幌で開催される「YOSAKOIソーラン祭り」の創始者の1人でもある。
大泉市長は5月16日に北海道庁とJR北海道本社、国土交通省北海道開発局も訪問している。挨拶レベルの面会で、どちらも具体的な話はなかったようだ。
北海道の鈴木知事に対し、大泉市長は「北海道と連携を密にしたい」「ふるさと納税の年間100億円目標」「函館駅乗入れの調査を実施する」との意思を説明したという。鈴木知事は、「大泉市長に発信していただく場を持てるよう協力したい」と述べた。JR北海道の綿貫社長、島田会長とも面会したが、「トップ同士で話す段階ではないので挨拶にとどめた」とのこと。
「トップ同士で話す段階ではない」とは言い得て妙だ。北海道新幹線の函館駅乗入れに関して、JR北海道幹部、JR東日本幹部も知らないはずがない。かつて吉川氏と仕事をした人々が多いからだ。つまり、現在のJR側は反対ではないが賛成とも言いがたく、「きちんとスジを通してもらう」ことを待っている。返事はそれからだろう。
北海道新聞によると、JR東日本の深沢社長は5月9日に行われた定例社長会見で、「まだ会ったことはない」としつつ、JR東日本エリアである青森市・弘前市(青森県)と函館市は観光面で連携していることから、「さまざまな取組みをご一緒させていただきたい」と期待を寄せたという。函館駅乗入れについては、「JR北海道エリアのことなので直接関係しないことを理解してほしい」とした。
そうは言っても、JR東日本の協力も必要になる。JR東日本は北海道新幹線と共通の車両を開発するなど関わりも深い。深沢社長は函館出身で、故郷の発展を願っているはず。その意味でも新幹線の函館駅乗入れに関心を寄せているだろう。函館駅乗入れの実現にあたって、いまがチャンスといえる。
■「ミニ新幹線」ではなく「函館方式」と呼ぼう
ところで、新幹線の函館駅乗入れに関連する報道で、「ミニ新幹線方式」のインパクトが強いために、誤解を引きずっている。本誌記事「函館市・大泉潤市長の公約『北海道新幹線函館乗入れ』実現できるか」でも、「ミニ新幹線車両」「ミニ新幹線規格」「新函館北斗駅で分割併結」と紹介した。これは日本鉄道建設公団OBの吉川大三氏が今年2月に開催した講演資料を元にしている。この資料の末尾で、「本命はフル規格車両乗り入れ」という吉川氏の談話も紹介されたが、ここがきちんと伝わらなかった。
大泉氏も選挙演説等で「ミニ新幹線のような形で」と語り、続いて「フル規格新幹線車両の乗入れも視野」と語っていたようだ。
大泉氏の当選後、函館駅乗入れ構想については本誌記事が最も詳しかったと思うが、一方で「ミニ新幹線が主」という印象を与えてしまった。実際には、現在最も有力な方式は「ミニ新幹線」というより「青函トンネル方式」のほうが実態に近い。あるいは独自の「函館方式」と呼ぶべき方式だろう。
山形新幹線「つばさ」や秋田新幹線「こまち」で採用された「ミニ新幹線方式」は、新幹線と在来線を直通させるため、在来線の線路をフル規格に改造(改軌)する。そのために工事期間は長期運休しなければならず、改造後は在来線車両を走らせることができない。
在来線のトンネル断面は小さく、拡大工事は難しい。そこで車両は在来線のサイズでつくる。東京~大宮間はダイヤが過密になっているため、「つばさ」「こまち」単独の乗入れはしにくい。だからフル規格の東北新幹線「やまびこ」「はやぶさ」と併結する。
一方、函館駅乗入れは「在来線に直通する」ことだけが共通で、他の部分は違う。改軌ではなく、青函トンネルのような三線化である。在来線の線路の外側にレールを追加するだけ。だから夜間などの保守時間帯に準備工事ができる。長期運休はしない。せいぜい切替工事の1~2日の運休を何回か、といったところだろう。在来線の線路は残るので、工事完成後も在来線車両を走らせることができる。普通列車も貨物列車も運行可能になる。
車両はフル規格の新幹線車両をそのまま使う。新函館北斗駅から函館間までトンネルはないし、除雪を考慮した構造なので、線路際の構造物も線路と離れている。したがって「ミニ新幹線方式」の車両を使う必要がなく、フル規格の新幹線車両を通せる。
吉川氏は、「新幹線と在来線の直通」という意味で「ミニ新幹線」と呼んだ。かつて「函館にフル規格新幹線の線路を建設」するためのコストが1,000億円以上と言われ、頓挫した経験があり、それゆえに「フルではなくミニ」となった。
しかし、筆者のような鉄道ファンや、鉄道技術に関心のある人にとって、「ミニ新幹線」は「運休して改軌」と「分割併結」の印象が強い。だから函館駅乗入れについてもこちらが強調され、報じられていた。テレビのニュース等で、いまだに「新函館北斗駅で分割併結」のアニメーションが使われている。これはそろそろやめよう。そのアニメーションは今年2月まで正しかったが、もう古い。切り替えてもらいたい。
「新幹線乗入れの函館方式」として再定義し、「函館方式とは何か」をきちんと理解してもらう必要がある。おそらく今後の函館市の調査も、「(本来の)ミニ新幹線方式」と「函館方式」を比較した資料を作成するだろう。誤解を招いた前回の記事を反省するとともに、今後は「函館方式」として紹介していきたい。