第36期竜王戦1組ランキング戦(主催:読売新聞社)は、決勝の羽生善治九段―稲葉陽八段戦が5月25日(木)に東京・将棋会館で行われました。対局の結果、117手で勝利した稲葉八段が自身初となる1組優勝を決めました。敗れた羽生九段も1組2位での決勝トーナメント進出が決まっています。

相掛かりの研究勝負

振り駒が行われた本局、先手となった稲葉八段は相掛かりの戦型に誘導。玉を6筋に立ったのが用意の作戦で、後手から横歩を取られたときに自陣の憂いなく反撃に出られる利点があります。2年前の実戦例(渡辺明名人―藤井聡太竜王戦、2021年朝日杯)を中心として水面下で研究が進められているテーマ図を前に、ともに早いペースで指し手を進めます。

8筋に歩を打って桂を捕獲した稲葉八段は、続いて右辺の端攻めからポイントを稼ぎます。これに対し真面目に受けてもきりがないと見た羽生九段はむきだしになった先手の角頭に注目。飛車先に重ねてロケットの香を打ったのが期待の反撃で、垂れ歩からのと金攻めで飛車先突破を目指しました。稲葉八段は香得の実利を、羽生九段は竜の存在を主張して互角の中盤戦が展開します。

悲観していた羽生九段にチャンスが到来

左辺での攻防が続きます。手番を握った先手の稲葉八段は「駒得のときはゆっくりと」の原則通り、取られそうな桂を活用しつつ丁寧に後手の攻めの芽を摘む方針を一貫。手順に竜を追い返された羽生九段は有効な反撃を見出せません。ここでは形勢を悲観していたという局後の振り返りを裏付けるように、羽生九段の持ち時間はみるみるうちに減っていきます。

難解なねじり合いののち、後手の羽生九段にもチャンスが訪れます。先手が2筋に手裏剣の歩を放った場面がそれで、この瞬間は羽生玉が安全なので稲葉八段も怖いところ。持ち時間が10分を切った羽生九段が飛車を打ち込んで王手をかけた局面が本局の終盤におけるポイント図となりました。この手に代えては先手玉をしばる金打ちが有力とされました。

難解な終盤戦乗り切って稲葉八段が優勝

羽生九段からの王手に対して先手の稲葉八段は力強く金打ちの合駒で応じます。これに対しては金捨ての王手による送りの手筋が厳しそうに映りますが、ここは稲葉八段の読みが光りました。一見危険に映る左辺に玉を逃げ出したのが決め手で、直後に銀を取られても自玉に詰めろがかからないことを見越しています。

終局時刻は20時25分、合駒請求の手筋で自玉の詰めろを解除しつつ敵玉に詰めろを続けるという難しい条件戦を乗り切った稲葉八段が制勝。一局を振り返ると、羽生九段としては中盤戦における悲観的な形勢判断が最後まで不運に働いた格好です。勝った稲葉八段は自身初となるランキング戦1組優勝を飾りました。

  • 1組優勝の座を獲得した稲葉八段は本戦で1勝を挙げれば挑戦者決定戦に進める(写真は第80期順位戦B級1組のもの 提供:日本将棋連盟)

    1組優勝の座を獲得した稲葉八段は本戦で1勝を挙げれば挑戦者決定戦に進める(写真は第80期順位戦B級1組のもの 提供:日本将棋連盟)

水留 啓(将棋情報局)

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