ゴールデンウィーク明けから新型コロナウイルス感染症が「5類感染症」へと移行し、オフィス勤務が本格的に戻ってきた人は多いのではないでしょうか。そんなオフィス環境について、これまで以上に健康や働きやすさへの配慮が求められ始めています。
オフィス環境が企業の業績に及ぼす影響は以前から指摘されており、より快適で仕事の効率や集中力を高められて、従業員が自ら働きたくなるようなオフィスづくりが必要と言われています。現在、優秀な人材を獲得するためにもオフィス環境を整えるのは当たり前。就活生たちの間でも、労働条件より労働環境を重視するというひとつの調査結果も出ています。
快適なオフィスの基準は、建物としての機能や使いやすさに重点が置かれていました。しかし近年、身体的・精神的・社会的に良好状態である「ウェルビーイング」をキーワードにする動きが注目され、新たに「WELL認証」という制度が登場しています。
オフィス環境を評価するWELL認証は、既存の空間デザイン・構築・運用に対して、「人の心と身体の健康」を加えた健康空間を評価するシステム。米国で健康空間のコンサルティングを手がけるDelos社によって開発されました。公平性を保つため、運営は米国の認証機関「IWBI(International WELL Building Institute)」が担当し、認証機関として米国の「GBCI(Green Business Certification Inc.)」によって認証が行われています。
日本で普及しているWELL認証の種類は大きく2つ。2020年9月15日に発表となった最新の「WELL認証 v2」は、健康と幸福に関連する10のコンセプトで構成され、プラチナ・ゴールド・シルバー・ブロンズという4段階の評価です。必須24項目を満たしつつ、加点(総98項目)の取得ポイント数に応じてランクが付きます。取得までには通常、計画~実地審査を含めて1年~2年ほどかかります。更新期間は3年です。
もうひとつの「WELL Health-Safety Rating」は、新型コロナウイルス感染症をきっかけに開発された、感染症対策やBCP(事業継続計画)など空間の健康と安全を評価する認証制度。5つのコンセプトに基づいた28項目中15項目以上を取得すれば認証されます(こちらはランクなし)。取得に要する期間は3カ月〜5カ月と短めですが、毎年更新する必要があります。
WELL認証は審査に時間もコストもかかりますが、取得すると従業員のエンゲージメントが向上し、ESG活動(*)として企業評価や不動産価値が上がるといったメリットが得られます。2014年に最初のWELL認証基準が公開されてから、世界で2万4,000件以上がプロジェクトに登録しています。日本ではオフィス関係業種を中心にWELL認証を取得する動きがあり、現在はそれ以外の業種も増加中です。
※ESG活動:Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)
今回、WELL認証についてパナソニックの取り組みを取材しました。同社は早い時期からWELL認証に力を入れ、Delos社が運営する健康空間のリサーチ組織「Well Living Lab」に創設メンバーとして2017年から加盟。IWBIとの共創関係を築くことによって、健康空間を構築する技術を4年間かけて蓄積しています。パナソニックグループの複数オフィスでWELL認証を取得するだけでなく、パナソニック エレクトリックワークス社(以下、パナソニックEW)を通じて自らWELL認証支援サービスを提供しています。
築40年を超える社屋でゴールド認証を取得
これまで建物を基準としていた評価とは異なり、WELL認証はそこで働く人たちのための評価。これがよくわかる事例が、大阪府門真市にあるパナソニックEWのシステムソリューション開発センターオフィスです。1981年竣工の社屋は2018年にリニューアルし、3階のオフィスエリアで「WELL v2 pilot ゴールド認証」を取得しています(2021年1月)。
正直に言うと、パッと見た目にはあちこちに昭和色がそのまま残っています。せっかくリニューアルするなら、もっとおシャレでカジュアルなキラキラオフィスにできるのでは――という第一印象でした。ですが、同じオフィスでも人によって快適性が異なるという、WELL認証に基づいた最先端の機能を取り入れており、説明を聞くほど納得させられる要素にあふれていました。
大きなポイントは「光と音」による環境ゾーニングです。「ナチュラルゾーン」「リラックスゾーン」「クワイエットゾーン」など、場所や時間帯によって照明の色・照度、BGMの種類を変え、気分や仕事内容に応じて働くエリアを選べるようにしています。イスや什器にもバリエーションがあり、スタンディングテーブルの設置も含めて、これらはWELL認証の評価項目になっています。
例えば照明を細かく見ると、ちらつきやまぶしさの抑制、机上の照度やメラノピック照度といわれる体内リズムを調整する照明を設置。加えて、個人のニーズに応じてオプションの照明器具を用意したりと、さまざまな工夫がたくさんあります。WELL認証の審査においては、こうしたポイントの加点が積み重なってゴールドを取得しています。
観葉植物の配置や置き菓子の中身も基準のひとつ
そのほかWELL認証の評価項目としては、室内の75%以上の席から観葉植物などの緑が見えること、パワーナップルーム(仮眠室)の設置、健康関連の冊子を提供する――などがあります。ユニークなところでは、オヤツは置いていいけど天然素材で砂糖は不使用という、オカン的なものまであるようです。
大きな設備変更よりも、アイデアと改善の継続が大切
体感に個人差が大きい空調に関しては、温熱モニタリングや従業員が身に付けているビーコンを使って細かく調整。モニターでも温度を可視化して、フロア内であえて温度差を生じさせることによって、各人にとって快適な場所が選べるようにしています。
WELL認証を取得するにあたり、建物として大きな変更が必要だったのは古い換気設備のみで、オフィスの換気ムラを抑えるためにも不可欠だったとのこと。それ以外は基本的に建物を生かしつつ、WELL認証の基準を元にして、さまざまな環境整備を行っています。パナソニックはオプション的な設備を自社で開発しているため、導入しやすかったというのもWELL認証ゴールドを取得できた理由のひとつかもしれません。
実は「WELL認証プラチナ」を取得することもできたそうですが、建物も古く、トイレなどWELL認証の最高級ランクに値する万全のところまで改修が間に合わなかったこともあり、ゴールド認証に控えたというエピソードも。いずれにしても、認証は一度の取得で終わるのではなく、従業員の声に応じて細かい改善が必要であり、新しい認定基準にあわせてアップデートされていくということです。なお建物内には、WELL認証を取得したオフィス以外にも、さまざまな工夫を取り入れたスペースがあちこちに設けられています。
そしてこの5月、新しいオフィス拠点「Panasonic XC KADOMA(パナソニック・クロスシー カドマ)」もオープンしています。ここのオフィススペースは一般の人でも利用可能。今回のテーマ(WELL認証)とは直接の関係はありませんが、こうした数々の施策やオフィス環境のアイデア、WELL認証の取得支援サービスによって得られたノウハウから、いろいろな新製品が開発されるかもしれません。